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FBN読書会番外編:フランス映画『汚れた血』Mauvais Sang

text by / category : 映画

第6回となるFBN読書会は、いつもと趣向を変え、我々の世代のフランス好きにとって伝説ともいえる『汚れた血』を課題映画としました!夏めいた日差しが降り注ぐ中、阪急六甲駅に集合したのち、80年代洋楽を代表する名前の一人、スティングの声が漂う静かな空間(六甲茶房店主(み)さんの気遣いでしょうか)で、『汚れた血』を皮切りに、映画についてのおしゃべりを存分に楽しみました。

1986年に発表されたレオス・カラックスの『汚れた血』は、当時のフランス大好き人間たちに衝撃を与え、80年代から90年代にかけて圧倒的な人気を誇ったリセエンヌ・ファッション誌オリーブを愛読されていた Exquise さんをして「新しいフランス映画に開眼させてくれた作品のひとつ」「当時の私にとってはいろんな意味でバイブルのような存在」と言わしめています。次の作品『ポン・ヌフの恋人たち』(1991)の公開後には、パリのポン・ヌフ橋の袂で憂鬱そうに佇む日本人が続出しました。

私たちのおしゃべりがきっかけとなって、2019年に改めて観ても古さを感じさせなかった『汚れた血』を(もう)一度観てみようと思われたら幸いです!

Nevers (以下 Ne):初めて見ましたが大変楽しめました(先に見たカラックス監督の作品『ポーラ・X』の沼のような暗さが後を引いてこれまで見るのをためらっていました)。かっこよすぎ、です。若干26歳の青年が、詩的なだけでなくエンターテイメントの要素もしっかり入れ込み、ストーリーもセリフも背景も音楽も練り上げた映画を作り上げたのはやはりすごいこと。全編を貫いている疾走感に魅了されました。
Noisette(以下No):カラックス監督と同世代です。今回観返していて、望月峯太郎の漫画作品『バタ足金魚』を思い出しました。どちらも同じ頃の作品なのですが、今では顰蹙を買いかねない「好きだー!!」という純な衝動が社会に溢れていた事実に驚きます。公開時から年月が経って、ぐるり360度回って戻ってきた今だからこそ、作品の青さもひっくるめ更に楽しめたと同時に、あのころ自分がどれだけロマンティシズムに浸っていたかということ、そして今は「愛」がもはや無条件に信じられない時代になってしまったのだということに気づき愕然としました。たとえその行為に愛があったとしても、今だったらストーカーになってしまいますからね。
Exquise(以下Ex):公開当時は大変影響を受けました。意味深な台詞からアンナの着ている赤いカーディガンまで(似たものがないか探しました)。今見ると作り込んだ台詞からして随分とロマンティックな映画だなという印象を持ちました。過去の映画へのオマージュが全編にちりばめられているのもよくわかります。親の世代の視点から「若者の映画」を楽しみました。
Goyaakod(以下Go):色遣いの美しさが印象的でした。この映画の人や物の捉え方、撮り方に大いに影響を受け、今仕事をしている映像関係者は多数いるのでは。この映画は地べたを離れた「夢」のようなもの。「夢」に乗れるかどうかで映画への評価、思いが変わってくるのではないでしょうか(エイズとの関連性を言われる架空の感染症“STBO”も、それを巡る犯罪も所詮「書き割り」に過ぎない)。また、これだけ時が経っても今なお「青春のエネルギー」を発している映画でもあると思います。

*父の世代と子供の世代*

No: 今回見て、父と子の世代の対立を感じました。製薬会社でのSTBOの血清奪取後姿を消したアレックスに対し、マルクがひどい悪態をついてましたが、アンナはそれを諌めますね。アレックスはそんな人間じゃないと。しかしアンナがなぜおじさんのマルクに惹かれるのかちょっとわからない。
Ne: アレックスの疾走も印象的でしたが、アンナも走りますよね。最後の飛行場でのシーンで。血で顔を汚して。それをマルクが走って追いかける。結局途中でやめてしまうわけですが。心臓も悪いのに。「走るのやめたほうがいいって」と見ながら思ってしまいました。
No: この時マルクを演じたミシェル・ピコリは61才。それなら今は…。
Ex: 93 才ですね。
Ex: 映画の設定ではアンナは30才ですが、演じたビノシュの年齢は22才だったんです。
No: アレックスとアンナの関係は、コクトーの『恐るべき子供たち』の姉と弟をちょっと彷彿させるところがありますね。
Go: シェービングクリームまみれになってのお戯れのシーンも、男と女というより姉弟同士で遊んでいるようなところがある。
No: アレックスって、やたらタバコをふかす一方で牛乳も飲むんですよ。ワインじゃなく。ちょっとお子様的ですね。やはり学生時代ハマった『時計じかけのオレンジ』(1971)を思い出しました。

*アレックスの存在感*

Ne: アレックスはいわゆるボー・ギャルソンではないですね。昔読み聞かせた絵本の中にでてきた「あまのじゃく」にそっくりだなと思いました。“小鬼”系ですね(笑)。
(一同爆笑)
Go: いやーわかります。まさしくその通り。
Ne: しかしリーズのようなぴかぴかした女の子をガールフレンドにして、追いかけ回されるわけです。アンナとも絡むし。
Ex: カラックスは自分と背格好が似通った役者を探して、ドニ・ラヴァンを見出したそうです。
Go: カラックスの本名は”Alex Oscar”なんだそう。アメリカのレビューではこの映画のアレックスはカラックスの分身だと述べていました
No: トリュフォーにとってのアントワーヌ・ドワネルのような関係でしょうか?
Ex: トリュフォーと少年から青年まで一貫してドワネルを演じたジャン・ピエール・レオーとはプライベートでも親密でしたけど、カラックスとラヴァンは違うそうです。ご飯を一緒に食べたことが一度もないとか。
Ne: 分身と一緒にいると落ち着かないんじゃないんですか。

*過去の映画へのオマージュ*

Go: アメリカのレビューによると、この映画には過去の名作映画へのほのめかし、言及がたくさんあるとのことでした。例えば犯罪者の情婦であるアンナのヘアスタイル。あの唐突なボブは、ルイーズ・ブルックスが演じたルルのスタイルであると。
Ex: その間にゴダールが挟まっていますね。アンナ・カリーナのヘアスタイル。役名もまんまアンナですし。スクリーン上に表示される文字の使い方なんかもゴダールですね。
Go: セルジュ・レジアニが飛行場で突然現れたのにびっくりしましたが、レジア二といえばジャン=ピエール・メルヴィルのフィルム・ノワールのヒーローとくるわけです。
Ex: 何故か犬を抱いて(笑)。
No: ミシェル・ピコリの起用もオマージュと関係がある?
Ex: ゴダールの『軽蔑』に主演していますね。ブリジット・バルドーにひたすら嫌われるという役で。ビノシュもデルピーも子役としてゴダールの映画に出演しています。
Ne: マルクたちと絡む犯罪グループの親玉でアメリカ人と呼ばれる女ボスも、いかにも犯罪映画にでてきそうなキャラクターでしたね。
Ex: カラックス作品以外にはこれといった作品に出ていない女優さんのようですが。フランス語を喋る時のアクセントの感じが、『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグを彷彿とさせます。
Ne: あのシーンはこの映画のこことリンクしている、と観た人同士であれこれ話がはずむだろうことを計算にいれて作っているんでしょうね。
Ex: 後日ジュリー・デルピーが語っていたんですけれど、演出方法や撮り方についてカラックスに意見すると、「あの監督はこの手法でやった。この監督はこうやっていた」と言うばかりだったそうです。自分の意見、というのは聞かせてもらえなかったと。そういう先人の仕事への傾倒ぶりが、この作品以後のカラックスの意外に地味なフィルモグラフィの理由の一つなのかもしれません。過去の作家たちの作品に囚われたまま、前へ進めないというか。次の作品となった『ポンヌフの恋人』も今回一緒に見返したのですが、本作のお金のかかった焼き直し?という印象を持ちました。最も新しい作品である『ホーリー・モーターズ』はこれまでの作品とはかなり異なる奇抜な内容ですが、過去の映画作品への憧憬という根本は変わっていないように思います。

*疾走するアレックス*

Ne: アレックスがデビッド・ボウイの”Modern Love”が流れる中、全身ではじけてパリの通りを疾走するシーンは特に好きでした。あのシーンで、主人公をドニ・ラヴァンが演じることに納得がいきました。
No: 今夜はマルクが寝室で待っている2階には行かないで、とアンナに懇願したら聞き入れられて、すっかりはしゃいじゃって。いかにも男の子な直情的な行動ですよね。
Go: アメリカのレビューには「『雨に唄えば』の雨に濡れるのも構わず通りで歌い踊るジーン・ケリーの場面に比肩する」というのがありましたけど、それはちょっと褒め過ぎかなと。
Ex: この場面には公開当時からちょっと抵抗があるんです。ロック少女の屈折といいますか(笑)。この映画が公開される前、デビッド・ボウイはナイル・ロジャースと組んで“Let’s Dance”というダンスチューンをリリース。世界的な大ヒットになります。それまで奇抜な衣装に化粧は当たり前だったのに、プロモーション・ビデオではリーゼント風にきめたヘアスタイルにイタリアのスーツ姿で小綺麗に登場しちゃって。前作の“Scary Monsters”が彼のキャリアの中でもとりわけ難解かつ繊細な作品だったのにどうしてこう来るわけ!こんなの歌謡曲じゃない!とファンとしては憤慨しました。だからこういうボウイの曲の使い方がベタに思えてちょっと許せなかった。
No: 『戦場のメリークリスマス』への出演も、このポップなスターとして大人気だったころだったでしょうか。
Go: 玖保キリコのマンガ『シニカル・ヒステリー・アワー』を思い出しました。小学生のツネコちゃんとキリコちゃんが、怪我して動けない親戚のお姉さんからチケットもらって”Let’s Dance”を引っさげて来日したボウイのコンサートに行く話。周りの客の大盛り上がりをよそに途中で持参のおにぎり食べたりして。
Ex: そのコンサートツアー、行ったんです。高校生でしたが。はるか遠くの豆粒サイズのボウイを眺めただけでしたけれども。校則で「夜間の外出は親同伴でなければならない」というのがありまして、友人のお父さんに会場まで一緒に来てもらいました。コンサート会場の側で終わるのを待っててくださって。
Go: いいお話。
Ex: でもクラシックの使い方に関しては、カラックスはいいセンスをしていると思います。例えば、プロコフィエフのバレエ音楽『ロミオとジュリエット』からの選曲。今ではソフトバンクのCMのおかげですっかり有名になりましたが、当時はバレエファンかかなりクラシックに明るい人しか知らなかったと思います。CMで使われるまで私的には、あのメロディーは『汚れた血』の音楽、とカテゴライズされていました。

*タイトルを巡って*

Go: フランス語の原題は”Mauvais Sang”。邦題は『汚れた血』、アメリカでは”Bad Blood”と訳されていますが。
Ex: このタイトルはアルチュール・ランボーの詩から引かれています。日本語にすれば、悪い血筋、という感じでしょうか。
Go: アメリカのDVDのカバーやポスターのイラストが日本のそれ(頰を血で汚し走るアンナの姿)とは違い、懐かしの犯罪映画風なのが納得いきました。
Ex: 父から子へと流れる犯罪者の血脈。でもそれだけでもなさそうです。映画に出てくる感染症、STBOのことも意識してのネーミングではないでしょうか。
No: ランボーといえば、商売をしにアフリカへ行きましたね。「自分の生活を立て直したい」と言って。「金を手に入れたら、人生をやりなおしたい」と語っていたアレックスに通じるところがありますね。話は飛びますが、この映画のDVDを某レンタルショップで借りたんですが、「ヨ」のコーナーを探しても探してもなくて。もしやと思って「ケ」のコーナーを見たらありました。たしかに、ケガレタとも読める。この映画を見たことないスタッフなら置きかねないですね。

*パラシュート降下のシーン*

Go: 本筋に関係なく唐突に挟み込まれたアンナとアレックスのパラシュート降下のシーン。こういうシーンをどーんとやってしまうところ、実に詩的な映画だと思います。
Ne: あの場面はよかったですね。飛び降りるところを横からだけでなく、上空からも撮影してましたね。
No: メイキング映像を見たら、俳優の乗る飛行機の近くに気球を飛ばして撮影してました。
Ne: 好ましく思う女性が失神したところを男性が助けようとする。よくあるシチュエーションで、男性が騎士でも王子でも誰であってもバナルな感じしかしないんですが、これを空中でやられてしまうとなかなかぐっときますね。

こんな風に話は尽きず、ロメールの映画にも話は及び、あっという間に過ぎた午後のひとときでした。






posted date: 2019/Jun/26 / category: 映画
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