FrenchBloom.Net フランスをキーにグローバリゼーションとオルタナティブを考える

ガラス越しの哲学?

トゥールーズの街角にあるベビーシッター斡旋所の窓に、こんな表現を見かけました。

0歳から3歳:わたしがわたし自身になるのを手伝って。
3歳から6歳:わたしが自分でできるようになるのを手伝って。
6歳から12歳:わたしが自分で考えられるようになるのを手伝って。

「わたし自身moi-même」という言葉を反復しながら、子供の成長を見事にまとめています。
「わたし自身になる」とは、名前を呼ばれ、言葉を覚え、親や兄弟や友だちとの関係を築いていきます。アイデンティティの確認です。
「自分でできるようになる」とは、食べたり、排泄したり、服を着たりといった基本的な作業を独力で行うことです。物質的な側面での独立と言えます。
「自分で考えられるようになる」とは、親に言われたことをするのではなく、自分で判断して行動するということです。こちらは精神的な独立と言えるでしょう。
この3つを完成させてこそ、はじめて一人の人間になれるわけですが、突きつめていくと、「自分で考える」ことを達成しない限り、「わたし自身」になれない気もします。個人的には、アレッホ・カルペンティエールの短編「時との闘い」を思い出しました。記憶が確かなら、死を迎えた主人公が時間を遡り、「ドアノブに手が届かない自由」を手に入れた、という一節がありました。何もできないということ、何も話せないということは、幼児がもつ絶対的自由なのだということを、強く印象づけられます。

もうひとつ、パリのレストランの窓に書き殴られたメッセージを紹介します。

魂を盗む者たち

この世には3種類のマフィアがいる。
自分の利益のために神を差し押さえる宗教家
嘘を真実にする政治家
こいつらに仕える犯罪者
哀れな人間よ!

こちらはもっと挑発的な文面ですね。マフィアと呼ばれる犯罪者集団は、宗教勢力や政治勢力と結びついたときに、最大の力を発揮します。宗教と政治は、表向きには暴力を排除する世界観を(偽善的に)表明しながら、実際には物理的にも精神的にも、人々を抑圧しがちです。そんな現状を「哀れな人間よ!」と嘆くのは、大衆の立場からの発言です。レストラン店主としては、ただ商品を消費してもらえれば客は誰でもいい、と考えているのではなく、楽しい食事を脅かす(「魂を盗む」)ものと対峙する必要を感じているのでしょう。そこに気概を感じるか、説教くさいと思うかは、もちろん客の自由ですが、こうして考えを簡潔にまとめて表現してみせるところに、フランスの哲学の伝統を感じずに入られません。





posted date: 2019/Jun/20 / category: ライフスタイルバカンス・旅行

1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。

back to pagetop