恒例の年末企画、第2弾は2017年のベスト映画です。フランス映画を中心に、アメリカ映画から日本やアジア圏の映画まで、幅広いセレクションになっています。ちなみに老舗仏映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』のベスト1は映画ではなく、テレビドラマの『ツイン・ピークス The Return』(デヴィッド・リンチ)でした。FBNのライターの他、ベスト音楽に引き続き、仏系ライターの丸山有美さん、サツキ(Small Circle of Friends)さんにも選んでいただきました。
たかが世界の終わり(グザヴィエ・ドラン監督)
D・ヴィルヌーヴと並ぶ、カナダの俊英監督ドランの新作です。フランスで著名な劇作家J=L・ラガルスの戯曲を映画化する勇気には感動させられました。それに、これだけ癖のある俳優たち(N・バイ、M・コティヤール、L・セドゥ、V・カッセルetc.)を統御する力量も並大抵のものではありません。まだまだこれからが期待される監督だと思います。
https://youtu.be/iCZZAxlMPkQ
クーリンチェ少年殺人事件(エドワード・ヤン監督)
25年振りに公開されたこの作品を見て、この頃の台湾映画(台湾ニューシネマ)がいかに高いレベルの作品を世に送り出していたのかを改めて思い知らされ、心底、驚かされました。4時間という上映時間をまったく感じさせない真の傑作です。
https://youtu.be/dG-7eZEDgjM
午後8時の訪問者(ダルデンヌ兄弟監督)
ダルデンヌ兄弟はいつも変わりません。常に真摯にこの世界を見つめ、小さな作品を送り届けてくるだけです。主演女優アデル・エネルはまだそれほど知られた人ではありませんが、なかなか優れた演技力を持っていると思います。
https://youtu.be/l2XsQuxNmug
散歩する侵略者(黒沢清監督)
黒沢清という監督は一体どこまで行くのでしょう? 昨年の『ダゲレオタイプの女』で頂点を極めたと思ったら、また、今年も涼しい顔で新作を発表しました。このように毎年新作を律義に発表していくこの監督の底知れぬエネルギーに畏怖のようなものを感じます。
https://youtu.be/qww3E-MgVsE
戦争のはらわた(サム・ペキンパー監督)
40年振りに劇場公開された伝説的な戦争映画。設定は昨年のエルマンノ・オルミの『緑はよみがえる』と似ていますが、そこで起こることや人物の描き方は対照的です。強烈なメッセージを含んでおり、こういう映画を見ると、現在のほとんどの映画が消し飛んでしまうほどです。
https://youtu.be/hpaRX9z0Hi8
番外 無限の住人(三池崇史監督)
これに関しては掲載記事をご参照ください。
■その他、海外の作品ではK・ジョーンズ『ヒッチコック』、M・スコセッシ『沈黙』、O・イオセリアーニ『皆さま、ごきげんよう』、C・ノーラン『ダンケルク』、D・ヴィルヌーヴ『メッセージ』、『ブレードランナー2049』などが印象に残りました。ジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダの特集上映も秀逸な企画でした。日本映画では『花いくさ』(篠原哲雄監督)がこの時代ならではの秀作でした(いつもながら、森下佳子の脚本は素晴らしい出来です)。残念だったのは『Elleエル』(ポール・バーホーヴェン監督)で、昔はそれなりに優れた監督だっただけに、いささか落胆しました。
『オン・ザ・ミルキーロード』エミール・クストリッツァ監督(2017年)
監督のクストリッツァが主演を務め、撮影にほぼ4年をかけたという本作はポエティックなおとなのおとぎ話。深い絶望を味わい、死んだように年を重ねてきた主人公とモニカ・ベルッチ演じる花嫁が、戦渦で身につけた逞しさや知恵を駆使し愛のために再び生きようとする姿にたまらなく心惹かれる。脇を固める俳優陣、動物たち(はやぶさ、ロバ、アヒル、羊、蛇…)の芸達者ぶりにも脱帽!
https://youtu.be/kdUA2803DmA
『ファスター・プシィキャット! キル! キル!』ラス・メイヤー監督(1965年)
DVDにて鑑賞。近頃の筆者の髪型は主演トゥラ・サターナを真似ではありません(←念のため)。アメコミのキャラが三次元に抜け出したかのようなダイナマイトボディに強烈なメイク、媚びないセクシーさ、しかも最強の腕っ節と残忍さ……と「これでもか!」の特徴がてんこ盛りのアンチ=ヒロインにメロメロです。キッチュでデビルなB級傑作。ヴァイオレンスシーンの音楽の使い方が笑っちゃうほど秀逸!
https://youtu.be/Nwe3Ikngwyk
『マリリンヌ』ギヨーム・ガリエンヌ監督(2017年)
第20回東京国際映画祭上映作品。努力と才能と運のどれが欠けても成功が困難な役者の世界で、周囲に翻弄され挫折を味わいながら道を見出していく女優の姿を描く。ことば少なで不器用な性格のヒロインに、フランス語でまくしたてられた時にうまく言い返せずに下唇を噛む自分を重ねあわせて思わず感情移入しつつ鑑賞(苦笑)。彼女を励まし導くスター女優役にヴァネッサ・パラディ。10代から第一線で活躍する彼女が発する台詞の一つ一つはリアルに深く突き刺さる。劇場公開希望!
https://youtu.be/dnvjILm68To
1. 『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(エドワード・ヤン)
長い間メディア化されなかった1991年の幻の作品が、マーティン・スコセッシ財団により4Kレストア・デジタルリマスターされて公開されたものを、ついにスクリーンで見ることができた。制作されて25年以上経つ4時間もの大作だが、内容はなんら色あせることなく、映画のすばらしさ、すごさが全部詰まっていた。若きチャン・チェンをはじめ、少年少女たちがみんな瑞々しい。
https://youtu.be/dG-7eZEDgjM
2.『ツイン・ピークス The Return』(デヴィッド・リンチ)
「25年後に会いましょう」という前シリーズのセリフどおり、オリジナルキャストの多くとともに戻ってきたテレビドラマだけれど、監督は「18時間の映画」として制作したそうだし、「カイエ・デュ・シネマ」も堂々1位に挙げてるから映画でいいですよね? 今回はすべてリンチが監督し、アート色が強くなったため、特に前半はワケわからん内容でどうなることかと思われたが、後半急速に展開し、どんどん面白くなっていった。これまで投げ出されていた数々の謎を回収するかに見えて、また私たちを新しい迷宮に連れて行くラストもリンチらしい。 https://youtu.be/NvSagg1E664
3.『パーソナル・ショッパー』(オリヴィエ・アサイヤス)
この監督は作品ごとにカラーが変わってつかみどころがないように思っていたが、この映画は静かだが緊張感のあるホラーで楽しかった。ホラー描写が日本映画、特にちょうど同じ頃見ていた黒沢清作品に通ずるものがあってそれも興味深かった。何よりもお気に入りの女優クリステン・スチュワートが魅力的で、ボーイッシュな普段着からエッジーなドレス姿まで見られる「目の保養」映画でもありました。
https://youtu.be/kyCcZ0v8jd4
■このほか3位には『パターソン』(ジム・ジャームッシュ)、『ほとりの朔子』(深田晃司)も挙げたかった。そのほかにも今年は面白い映画をたくさん見たように思います。
■気がつけば年末!今年も映画館やDVDで割とたくさんの映画を観ましたので、選ぶのは悩みます。グザヴィエ・ドランの『たかが世界の終り』は悪くなかったし、『エル ELLE』のイザベル・ユペールの熱演には感心させられた。珍しく観た韓国映画『お嬢さん』には結構なインパクトを受けたし、『銀魂』や『ジョジョの奇妙な冒険』等の漫画原作物も決して悪くなかったなぁ、などと考えていたのですが。ベスト3を選ぶにあたって「絶対にもう一度観たい作品」そして「今年映画館で観た!とすぐに思い出せた作品」という基準を設けました。
1. 怪物はささやく
イギリスの作家パトリック・ネスによる世界的ベストセラーを、あの『パンズ・ラビリンス』のプロデューサーが映画化。孤独な少年と怪物による魂の駆け引きを幻想的な映像で描いたダークファンタジー。これは老若男女誰にでも自信を持ってお勧めできる作品です。やっぱり子どもの内面世界とファンタジーって相性良し。迫力ある映像美を堪能し、苦悩する少年の姿に泣けて感動してそして勇気をもらいました。
https://youtu.be/42VlBDRYlaM
2. HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY & HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION
えーっと、これは大好きだと公言するのに色んな意味で勇気が要る作品ですね。EXILEや三代目JSB等のLDH所属メンバー総出演のバトル映画。HiGH&LOWシリーズとは…何から説明すれば良いのだろうか。元々TVドラマシリーズから始まり、各グループの音楽活動や様々なメディアミックスがあり、とてつもない予算が組まれた映画製作にまで発展した作品。彼らは基本的に歌やダンスが本業だから演技にはあまり興味なかったのですが、恐る恐るTVドラマを見始めたら、思いのほか嵌ってしまい。この2.5次元的な世界観にはたまらなく痺れてしまう何かがあります。それは役者陣の魅力だったり、アクションだったり、音楽だったり、ファッションだったり、様々な小ネタだったり。そして予想以上(!)にドラマがしっかりとしていて、テーマとなる友情や絆がシンプルながらも確実な重みを持って伝わってきたのでした。後は、何といっても製作陣の熱量が素人目にも半端ない。LDH以外の俳優陣の顔ぶれの豪華さから衣装からセットからそしてアクション演出から、絶対に手を抜かないっという「気合」が画面を支配している。そんな暑苦しさ、以前は苦手だったはずなのに、小難しい理屈は抜きでただただ頑張っている感満載のエネルギーが、何だか心地良く感じてしまったのでした。なかなか無邪気にお勧めはできないのですが、もし何かひっかかる点があればぜひトライして頂きたいシリーズです。
https://youtu.be/Q5qaFuiuS4U
3. 『ダンケルク』
クリストファー・ノーラン待望の新作。ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍40万人の救出劇を描いた99分間。「撤退」という形で戦争を描いた視点が新鮮だし、空中戦の映像は映画館で観るにふさわしい迫力。ただ、淡々と進むし、3つの時間軸についていくのは少し難しいかもしれない。また、各登場人物のドラマ性や掘り下げが物足りないかもしれない。実際、知人は早々に寝てしまったらしい。だけれども自分が40万人中のひとりになれる感覚、そして戦場を過不足なくリアルに感じられるこの描き方は万人に自信を持ってお勧めできる作品です。
https://youtu.be/WaGE0evEpgQ
1. Raw~少女のめざめ~
若い女性監督ジュリア・デュクルノーの初長編作。フランス映画祭で観ることのできた、今年もっとも印象深い映画だ。生々しい場面はあるが、度を超えたグロテスクさを狙ったものではない。その意味で、失神者続出のカニバリズム物というのは大げさで、ダークな青春ドラマ辺りが妥当だろう。ただ本作の魅力は、その奇妙な面白さにある。どのジャンルの定型にも収まりきらない不思議な世界観、5分先の読めない展開、見終わったときの寓意の明快さ、そして何より、滑稽さと不気味さと美しさの入り混じった新鮮なツボを押された心地になれる。来年2月から正式に日本公開。
https://youtu.be/YLVP13jX900
2. 人と超人
TOHOシネマズで上映された英国ナショナル・シアターでの舞台上演のライブ映像(いわゆるNTL)。映画ではない。ただ、たいていの作品が早々にソフト化されてしまう今日、映画館でぜひとも見る価値のある作品とは何かと考えてみると、Wimax、3D、4DXの体感映像を別にすれば、実はこの手のシアターライブなのではないだろうか。ニーチェの思想、さらにはツァラトゥストラの言葉使いさえも織り込んだ、若い男女のツンデレなラヴコメ。ラノベにあっても不思議ではない。原作者バーナード・ショーは、路上の演説で鍛えたというだけあって、登場人物たちの弁舌がキレキレ。そして何より、われわれは、これほど凄まじいレイフ・ファインズの演技をかつて見たことがあっただろうか。否、否、三たび否。
https://youtu.be/2VBiwdFnau0
3. ゴッホ~最期の手紙~
ロトスコープという技法を用いているので、アニメ版『惡の華』やディック原作の映画『スキャナー・ダークリー』、もしくはベビレ(ベイビーレイズJapan)の「Pretty Little Baby」やa-haの「Take On Me」のMVを思い出す人もいるだろう。ゴッホの死をめぐる謎に、ゴッホの油絵のテイストで迫った作品。耳たぶを切り落とす自傷行為のせいもあって村で狂人扱いされ、やがて左わき腹に銃創を負い、苦しんだ末に死ぬ。今にして思えば自殺とは考えにくい。かなり陰惨な話なのだが、本作は、そのことに気づきつつも、ゴッホの絵のモデルとなった青年の青春物語に落とし込んでゆくため、皮肉にも、映像のテイストと相まって途方もなくノワールな怪作となっている。原田マハの『たゆたえど沈まず』と一緒に味わうのがタイムリーでお勧め。
https://youtu.be/OYPVXAFDLcw
今年思い起こすと「映画好き」を言えないくらい案外映画を観ていない中、「LA LA LAND」「MOONLIGHT」 「Logan」「Manchester by the Sea」などなど…。確かに傑作で、アカデミーもとった作品もありました。だけど思えば、改めて『心に一番フィットした』映画が結果一本。そのくらい今の自分にバランスのとれる物語だったんだなと反芻するのです。
Paterson パターソン
Jim Jarmusch ジム・ジャームッシュ
2017年8月26日公開
http://paterson-movie.com
佐賀のシアターシエマで観たJim Jarmusch最新『Paterson』。「ジム・ジャームッシュ印」にやられないよう」にと、そんな気持ちで観たけれど、結果まんまと…。目指す、日々の変わらない生活の中にこそある「Philosophy」が最後まで淡々とつづられる物語。日頃、歌のために詩を書いている私にとって。「詩は?生活のどこかしこにある」ことを反芻するよな思いです。それに、7日間を綴るというのもとても良かった。それにしても「永瀬正敏」の『アレ』に、妬けるよなジムの計らい感じ、うっかりと乗せられたことは言うまでもなく…..。「ジム・ジャームッシュ印」変わらず愛が溢れ、見事でした。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩集を買おう。
*Small Circle of Friends
ムトウサツキとアズマリキの二人組。1993年、united future organizationのレーベル”Brownswood(日本フォノグラム)”よりデビュー。以来、11枚のフル・アルバムをリリース。自身のレーベル「75Records」より2016年、11枚目のCDアルバム『Silence』をリリース。4曲目「サマーソング」は、オランダのpopマエストロ「Benny Sings」をフィーチャー。7インチアナログとして6/21にMUSICAÄNOSSAレーベルより発売しました。そして、待望のSmall Circle of Friendsのインストルメンタルシリーズ『STUDIO75』の4枚目「Over Your Shoulder」を2017年10月25日に発売!代表曲「波よせて」は2017年20thを迎えました。
今年はがんばって映画を見にゆきました。満たされた気持で映画館を出ることが多く、個人的に当たり年だったと感じています(『20センチュリー・ウーマン』を見はぐったことが最大の心残り)。フランス映画については既に書かせて頂いてますし、フランス以外の国の映画でこれだけはぜひ!をセレクトさせて頂きます。といっても全てアメリカ製ですが。
1. ムーンライト
今年のベスト・オブ・ベスト。貧困、LGBT、ドラッグ問題といったタームに引っ掛けて語られたきらいがありますが、本質は違うところにあると思います。子供のころから「私」を押し殺して生きざるをえなかった主人公が、人を愛することを自分に許してゆくさま、相手に身も心も開いてゆくさまをつぶさに描いた映画です。ラストシーンの主人公の眼差しは、ついに開放され、月光に黒光りする「私」の現れなのだと思います。音楽の使い方もすばらしい。イキがってひけらかしたり寄りかかったりせず、音楽そのものの持つ情感でもってその場の感情を見事に表現しています。メインに据えてはいないのですが、ありありと伝わる。音楽への本気のリスペクトを感じます。主人公の母親を演じたナオミ・ハリスにも脱帽。出番はそう多くありませんが、一人のしんどい女性が抱える様々な心のありよう、毒・弱さ・愛情がぐちゃぐちゃに入り乱れたさまを演技を超えたと思わせるクリアさと瞬発力で体現し、忘れ難い印象を残します。
https://youtu.be/t7e29AjSHCM
2. ノクターナル・アニマルズ
あのファッションデザイナーのトム・フォードが手がけたスタイリッシュな映画、というところばかりを強調した宣伝がされていましたが、大間違い。思い返すだけでも身の毛がよだつ恐怖と暴力が映像美と無理なく共存しているとんでもない映画です。まず映像の独特な感覚に惹きつけられました。風景ひとつとっても、映画しか知らない作り手が切り取ったそれとは違っている。世界の見方が違うといったらおおげさかもしれませんが、テキサスの荒野がこう見えるのかと驚かされました。絵だけでなく中身がよりしっかりしているのもすごい。トム・フォードがリアルクローズという生活を送る主人公の中年女性が読む小説—夜間のドライブ中に降り掛かる悪夢のような物語—がぞっとする切迫感で描かれるのと並行して、小説の作者と短い結婚生活を送った主人公の回想、かつての二人の物語も語られます。ストレートプレイなみの台詞の応酬があるのですが、これが全く自然に感じられる。映像や言葉にならない雰囲気でごまかさず、会話を通じて二人が寄り添い離れてゆく過程を観る側が体温や手触りすら感じるほどのリアルさで見せる。ジェイク・ギレンホールとエイミー・アダムスの力量もあるかとは思いますが、久しぶりに手応えのある芝居をスクリーンで堪能しました。賞を取ったアーロン・テイラー=ジョンソンのいかれ具合もたいしたものですが、ローラ・リニーが演じた主人公のママも怖かった。
https://youtu.be/AuNdHjQ3THU
3. ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー
絵コンテ作家とリサーチャーとして長きに渡り戦後のハリウッドを支えてきたカップル、ハロルド&リリアン・マイケルソン夫妻についての重層的なドキュメンタリー。二人が関わった数々の映画の裏話はびっくりすることだらけ。監督一人に全ての賛辞を捧げちゃダメ、という典型例がばんばんでてきます。東海岸から駆け落ち同然でハリウッドに移り住み、映画の仕事に携わることになった二人の物語もとても興味深い。妻を熱愛し記念日にはいつも「作品」と呼びたい出来映えの独創的で心のこもったカードをプレゼントするハロルドと、家族をしっかり支えつつ映画人としての道を自ら切り開いていった聡明で素敵なリリアン。経済的な問題やケガ、心の病と格闘し、世間の無理解と戦いながら自閉症の長男を育んできた二人の山あり谷あり過ぎる道のりが、いかにもアメリカなカートゥーンタッチのイラストを回想シーンにたっぷり使い、明快に描かれています。また、「チャーミング」という形容詞はこういう人のためにある、と言いたくなるようなリリアンが実は複雑な半生を背負っていて、ハロルドと出会ってからゆっくりと花開いた人であったことも明かされます。そして、相手を思いやるあまりに踏み出せずにいた「心の境界線」を二人が年月をかけて乗り越え、お互いを真っすぐに受け止められるようになったことがさりげなく触れられていることがとても印象的でした。タイトル通り、愛の物語なのです。
https://youtu.be/8Csqa63GDS0
ノクターナル・アニマルズ
不穏な映画だ。ひどく暴力的で時に悪趣味なのだけれど、どこまでもゴージャスな深い真紅の余韻を残す。ヒロインと同様に、観るものも心のざわめきがとまらない。デザイナーとして名をはせたトム・フォードのとても初監督作とは思えない作品。のっけから度肝を抜く全裸で踊る巨体の女たち。真紅の台に横たわる脂肪の塊。すべてがのちの伏線になっている。アートディレクターとして社会的な成功を手にしたものの、夫とは冷めた関係のヒロイン、スーザン。ドレスや濃いメイクの疲れた顔から、人生にも人間関係にも飽いた空虚さが漂う。そんな彼女のもとに別れた小説家志望の前夫から、「ノクターナル・アニマルズ」というタイトルの小説が送られてくる。眠らない彼女をからかって彼がつけたあだ名だ。かつて真剣に愛したものの、目が出ない男にいら立ち、手ひどく傷つけて別れた過去がよみがえる。包みを解こうとして指を切るスーザン。不吉な予兆。その小説というのが、深夜のドライブで下品な三人の男たちに絡まれ、妻と娘を奪われるというもの。どうしても自らをその妻に、善良だが気弱な夫に前夫を反映しながら小説の世界に入り込むスーザン。激しい暴力を予感させる、砂とサボテンと闇しかない片田舎。ヒステリックにおびえる妻と娘。なんとか状況をコントロールしようとする無力な男。発見された全裸の妻と娘が美しい人形のように横たわる真紅の長椅子。カウボーイの生き残りのような刑事。復讐に燃える男。「こんなことを許してはならなかったんだ」と叫ぶ小説の中の男が、子供を知らぬうちに奪われた前夫と重なる。苦い復讐心が傑作を生んだ。それは乾ききったスーザンの心にも切りつける。流れる血が見えそうな、深い真紅の世界。華麗な映像美に酔うしかない一本。
パーソナル・ショッパー(オリヴィエ・アサイヤス)
映画の中でヴィクトル・ユゴーの降霊術が引用されていることを軽視してはいけない。ユゴーは肉体が滅びても、魂は生き続けると信じ、亡命先のジャージー島の邸宅で当時流行っていた降霊術を使って、死んだ愛娘レオポルディーヌとの交信を試みた。降霊術が流行した背景には、19世紀に生まれた新しい技術、電信技術の普及が背景にあったと言われる。「情報が瞬時に遠方に伝わる」という衝撃的体験は、当時の人々にとっては本当に魔術のように思えたのだろう。そして現在、ハリウッド版が公開された「Ghost in the shell」のように、一方でスピリチュアルな世界はインターネットによってさほど違和感のない、むしろ親和性のあるものになってきている。インターネットの中に生きているように、死んだルイスは遍在している。そして妹のモウリーンにサインを送り続ける。彼女もまたパーソナル・ショッパーという仮初めの仕事をこなしながら、都市を転々とする根無し草だ。またパリで英語を話す外国人でもある。定職に就いて定住するよりも、インターネットを供給源にして、グローバルに、彷徨う霊魂のように生きている。
https://youtu.be/kyCcZ0v8jd4
「ELLE」(ポール・バーホーヴェン)
64歳のイザベル・ユペールの身体を張った演技が話題を呼んだ作品。ユペールが演じるミシェルが自分をレイプした近所の銀行員を手玉に取るように、さらに意図的に戯れを続けるのは、何か共感に近いものがあったからなのだろうか。つまり自分は嫌われ者だという銀行員(金貸しは歴史的にユダヤ人の仕事だった)と、父親が連続殺人犯で、迫害され続けてきたミシェルという立場だ。しかし、その中で男の欲望のワンパターンさと融通の利かなさが際立つ。ミシェルが性的関係を持っている仕事のパートナーの女性の夫もそうだ。対象に向かって猪突猛進し、視野狭窄に陥り、気の毒なほど不自由だ。それに引き換え、女たちの視野の広さと、社会のすそ野をすり抜けるようなしなやかさと、ラストシーンに象徴される彼女たちの欲望と関係性の自由さときたら。
https://youtu.be/_hycHCHryVI
「あさがくるまえに」(カテル・キレヴェレ)
心臓移植をテーマにしたフランスの女性作家、メイリス・ド・ケランガルのベストセラー小説を映画化。ノンフィクション好きのビル・ゲイツも推薦していた。事故で脳死状態と宣告された青年と、彼の両親、彼の恋人、医師、臓器移植コーディネーター、臓器提供を待つ女性音楽家とその息子たちの心の動きを描いていく。かといって心臓移植の啓蒙映画と言うわけでは決してなく、映画としてのクオリティも非常に高い。この映画を、臓器移植に関わっている医師の友人と、実際に心臓移植を受けた方と一緒に見に行く機会を得た。終わってからお好み焼きを食べながら、日本の臓器移植の厳しい現状について話を聞いた。自己決定という日本人が最も苦手なことが日常的になる、そう遠くない未来に思いをはせる。
https://youtu.be/TX_RiI-SXAg
当サイト の管理人。大学でフランス語を教えています。
FRENCH BLOOM NET を始めたのは2004年。映画、音楽、教育、生活、etc・・・ 様々なジャンルでフランス情報を発信しています。
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