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自由人、フレデリック・ワイズマンの輝き ――偉大なるドキュメンタリー映画の巨匠を偲ぶ――

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出身国アメリカのみならず、ヨーロッパやアジアを含む世界を代表するドキュメンタリー映画作家であったフレデリック・ワイズマンが2026年2月16日、他界した。1930年生まれで享年96歳とのことだから、大往生と言うべきであろう。

1960年代後半から活躍を始めたワイズマンの作品は、その質の高さから世界各国で上映されており、早くから極めて極めて高い評価を受けてきた。ベルリン国際映画祭やシカゴ国際映画祭など、世界の主要な映画祭は他の追随を許さぬワイズマンの仕事ぶりを見逃すことはなく、重要な賞を授けてきたと言えよう。

そのようなワイズマンが受けた栄誉の頂点は、2014年のヴェネツィア映画祭における栄誉金獅子賞かもしれない。基本的にはフィクション映画の監督、俳優、スタッフ(錚々たる面々だ)が受賞してきたこの賞をドキュメンタリー映画の作家が受賞するのは1988年のヨリス・イヴェンス以来だったようだ。いずれにせよ、この分野の映画監督としてこれほどの評価を受けた例は稀であり、まさに「聖別化」された映画監督、ということになろう。

日本ではすでに『全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する』(土本典昭・鈴木一誌編、岩波書店)という浩瀚な書籍が、2011年の「フレデリック・ワイズマン映画祭2011」開催に合わせて刊行されている。映画監督船橋淳によるワイズマンへの独占インタビューを含む、多種多様な論考から成るこの書籍は、この時点でのワイズマンという映画作家の全貌に肉薄する充実した内容であった。

ワイズマンはフランス文化に対しても高い関心を持っており、フランスを舞台とするドキュメンタリーを4本製作している。1996年の『コメディ・フランセーズ――演じられた愛』、2009年の『パリ・オペラ座のすべて』、2011年の『クレイジーホース・パリ――夜の宝石たち』、そして遺作となった2024年の『至福のレストラン/三ツ星トロワグロ』もフランスの地方のレストランが対象となっている。

いずれも評価は高いが、なかでも『コメディ・フランセーズ』はいま観ても圧倒的な素晴らしさである。300年以上に亘って続くフランス演劇の殿堂が、いつもながらの綿密な取材と根気を伴う撮影により、その実態が赤裸々に明らかにされる。この劇団=劇場を維持するために途轍もない努力を続ける関係者(俳優、演出家、スタッフ)の数々の姿を目の当たりにすると、演劇に関心がある者ばかりでなく、そうでない者も圧倒されるのではないだろうか。

つい最近でも、2017年の山形ドキュメンタリー映画祭(ワイズマンはこの映画祭の常連だった)のインターナショナル・コンペティション部門で上映された『ニューヨーク公共図書館――エクス・リブリス』(2017)がヴェネツィア国際映画祭では国際批評家連盟賞を受賞、同じく2021年に山形に出品された『ボストン市庁舎』(2020)も多方面で高い評価を受けるなど、衰えを全く感じさせない活動をワイズマンは続けてきただけに、今回の逝去はいささか唐突に感じられるほどであった。

それにしても、なぜ、ワイズマンが撮影すると、単なる公共図書館がかくも興味深い空間へと変貌するのだろうか。恐らく、世の中に存在する事物の一部の隙も見逃すことなく捉えようというワイズマンの強い意思が、他の人が決して気付かないようなこの世界の隠れた側面を明らかにするからなのかもしれない。『ニューヨーク公共図書館』の画面上に迸る熱狂の渦のようなものを私たちが感じてしまうのは、多分そういう理由からなのだろう。

想い出されるのは、船橋淳から「あなたのキャリアを通して、ドキュメンタリー映画製作に限らず、人間の行動や習性を観察しつづけてきたなかで、学ばれてきたこととは、いったい何でしょうか」と質問されたワイズマンが、「それは映画のなかにある!」と答えていることだ(『全貌フレデリック・ワイズマン』、p.198)。

そして彼はこう続ける。「(…)50語や100語に要約できるのならば、映画なんてつくるまでのことはない。「わたしが学んだこと」とは、すなわち、映画のなかで「見る人が発見していくこと」なのだ」と。何と、素晴らしい言葉であろうか。極めて水準の高い作品を撮り続け、自らの仕事に絶対的な自信を持つ映画作家ならではの返答であり、有無を言わせぬ説得力がここにはある。

山形では、昨年2025年も国際ドキュメンタリー映画祭が開催された。1989年の第一回開催以来35年以上続くこの映画祭で、ロバート・フラハティ(1884-1951)、クリス・マルケル(1921-2012)、ロバート・クレイマー(1939-1999)、小川紳介(1935-1992)らと並んで、ワイズマンはこの映画祭に参加する誰もが仰ぎ見る特権的な存在であったろう。だが、すでに土壌は十分に耕されている。ワイズマンの後を追う者はすでに数多く誕生しており、恐らくこれからも現れ続けるに違いない。

自由人、フレデリック・ワイズマンの名は永遠に輝き続ける。

TOP PHOTO by Charles Haynes from Bangalore, India – frederick wiseman, CC 表示-継承 2.0



posted date: 2026/Mar/02 / category: 映画

普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中

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