何もかもお膳立てされた幸せスイスからパリに戻れば全て一人でこなさねばならない一週間の幕開けである。
こんなシャワーって・・・&スリの指をつかむ?
水回りの呪いはここではじけた。
1週間だけパリの語学学校でフランス語をするつもりで、その学校を通してレジデンスを予約してあった。レゲエな運ちゃんはナビ付きの車で「へええ、俺こんなとこ、パリ市内にあるって知らなかったぜ」と首を振りながらスーツケースをおろしてくれる。「に、してもあんたの鞄重いね、マダム。何が入ってんだい?」スペイン人カップルがくれたでっかいカヴァの瓶よ(スペインのシャンパン)と心で答える。嬉しいけどでもすごく重たいの・・・
ついたのはパリ市内といっても外れも外れ、ヴァンセンヌの森近く、パリ周回高速のすぐ横である。パリには珍しい高層住宅が居並ぶ移民の多い、ま、よく言えば新興住宅地。
ものすごーく無愛想な受付嬢に渡された鍵は9階。部屋はすこぶる清潔。プールではしゃぐ人の声もしてくる。カフェテリアもあり。一見よさそうなんだけどちょっと待った。このシャワーは何?
トイレとシャワーが近すぎるでしょ(その間2センチ?)(写真①)。しかもトイレの方が高いってなによ? しかも水の開閉は洗面台しかないってことはいちいちカーテン開けて洗面台で開閉するわけだ。で、その間頭から水はでっぱなし?
一応浴びてみたけどこんなものやってられるかい!便所ブラシがシャワーより高いとこにあるってあり得ない!
払い戻しがあるかどうかわからないと超無愛想姉ちゃんにけんか腰で言われたがこちらも無愛想がえしで翌日ホテルを変わることにした。
泊っていた他の人々(主にフランス人ね)はなにも不便を感じていないということで、これは文化の違いである。彼らにとって風呂とは別に体をすみずみまで洗うとか、リラックスするとかの場所ではない。たださっと汗を流すだけの場所なのだ。
いいもんね。こちとらバカンスも半分入ってんのに、便所ブラシがシャワーより高いところで一週間も過ごせるか!! もう一人の受付のおじさんはすごく親切だったのでなんだか悪かったのだけれど、実は潔癖症の黒カナリア、水回りだけは譲れないのだ。
代わったホテルは再びリヨン駅のすぐ近く。観光スポットではないが地元民が多くかつこじゃれたカフェやビストロも多く週末には朝市も開かれる素敵エリアである(写真②)。部屋は小さいがシャワーブースはシャワーブース。トイレはトイレ。きっちり分かれていて水回りはすこぶるキレイ。しかしこれでまた荷物をしまっては解くという作業を余分にこなしたわけである。若干精神的肉体的に弱りつつ地下鉄に向かう。学校までは一番線で直通。かくしてメトロを降りてエスカレーターに乗ったところでー
ん?
こう見えてかなり敏感な黒カナリア、カナリアたる所以である(炭鉱でガス探知に使われていた)が、なんとなく先ほどから背中に気配が・・・。後ろ手に伸ばした手がつかんだのは・・・
ええっ、指?!
いや、そんなはずない。と言い聞かせる。ミニリュックの持ち手が丁度そんな太さ。いや、でも握った感触がまさに指?しかもジッパーが開いているし!
がっと振り向くと小柄な青年が素知らぬ顔で目を逸らす。変だなと思いつつ、ジッパーを締め直して歩き始めるとまたなんか感じる!
今回は彼がばっくり開かれたリュックに手を伸ばす瞬間を抑えた。
「ちょっとなにやってんのよー!」
リュックを抱きしめて思い切り睨みつけると「僕何も知らないよ」的な顔であわてて逃げて行った。
幸いあまりにも色々なものが入っていたのと盗るだけの時間がなかったので何も被害はなかったが。
疲れから気が緩んで2ウェイの鞄をうっかりリュック的に持っていたのが狙われた。これを境にショルダー式の開閉口が見えない持ち方に変えました。パリの地下鉄の苦い洗礼である。
しかしあのスリもいきなりむんずと指をつかまれて驚いただろうね。今思うと笑える。
綺麗になったメトロは駅名も放送されるし、クーラーの効いた車両も増えた。ただスリにはご注意くださいの放送も流れる。ことにバカンスシーズンは慣れていない観光客を狙ってスリが普段よりもさらに横行する。荷物から目を離さなければ大丈夫ですが。油断大敵ですぞ、みなさん!
睡蓮に囲まれる
今回のパリでの目的は改装なったオルセーとオランジュリーに行くこと。確かに新装のオルセーも素敵だったが、オランジュリーでモネの睡蓮に囲まれる幸福の方が大きかった。 美術館自体もチュイルリー公園にあり、絶好のロケーション。
楕円形の天井(写真③)から降り注ぐ自然光と角度によって微妙に色合いを変える睡蓮。中央の長い椅子に座って時間を忘れて堪能できる。睡蓮に囲まれた後は公園でくつろぐもよし、リボリ通りを下るもよし、オペラ座に向かうもよし。観光スポットのど真ん中ながらに静かな空間。印象派好きならばぜひ。お土産物も充実してます。
気さくなパリジャンたち
パリ滞在中オリンピック真っただ中で、パリ市庁舎前(写真④)でパブリックビューイングをやっていた。テレビの放送はフランスも例にもれず自国の選手ばかり。例外はボルトくらい。
観光客にあふれるこの辺りは警官の警備も、マシンガンを抱えた特別警備隊も目に付くのだがー
「あ、僕のと一緒だねー!なんで笛かけてんの?」
警備中の若い警官が、実に嬉しそうに私の胸のホイッスルを指さす。これはなんというかお守りみたいなもので、いまだ黒カナリアを雛カナリアだとおもっている母がくれた緊急事態用の笛である。まあ馬鹿にならないことは確か。だってタイタニックでも凍てつく海から最後にローズが笛を吹いて助けられたでしょ。
「あ、ほんとね。これね、助けがほしい時に吹くといいでしょ」「いい考えだね、ところでパリで何やってんの」「半分バカンスで半分勉強」「ソルボンヌの夏期講習?」「違う。語学学校よ」「パリは何回目?」などとちょっと君たち勤務中じゃないの?
にこにこしちゃって。さすがパリ。勤務中の警官も女の子に声かけるわけね。(女の子からは程遠いんですが、本当は) ちゃんと仕事しなさいよ。全く。
一人だとアプローチもあれば助けを差し伸べてくれることも多い。
ホテルに帰ろうとリヨン駅で降りたはいいが、地下鉄の出口を間違えてしまった。リヨン駅は大きいのでこうなるともうわからない。しかもホテルは路地に入ったところにある。むむむ。と一人地図とにらめっこである。しまいにぐるぐる地図を回していると「先ほどからずいぶん長いこと地図を見てるけど大丈夫?」と男性が近づいてきた。寄ってくる人には用心すべきと最初は生返事をしていたが、それでも「僕は近くに住んでるから、アドレスを言ってくれたら教えるよ」という彼に「実は迷ってしまって、ホテルに帰りたいの。近いことは確かなんだけど」とホテルのカードを見せると「ああ、これならわかるよ。駅の反対側にいるんだよ。すぐそこだから連れていってあげる」
日本人の友人もいるという彼は日本にも行ったことがあるという日本通。本当にご近所さんらしく、途中ですれ違った友達とハイタッチしていた。
「はい、あれが君のホテルだよ」ホテルの見えるところまで送ってくれ、握手して別れた。まことにジェントルマンである。
重いスーツケースを電車から降ろす時にも3,4人がさっと駆け寄ってくれたり、すごく痩せたおじいちゃんドライバーなのに、荷物を手伝って下ろそうとすると「ノン、女性がそんなことしちゃだめだ」ときっぱり拒否して運んでくれたりとか、いまだにギャラントリ(騎士道精神)の名残があって、それが東洋女の心を揺さぶるのは確か。
でも大阪に帰る国内線でも、年配の女性のスーツケースをあげてあげる男性や、子供連れの女性と席を替わってあげる若い男性もいて、海外生活に慣れた人たちだからか(海外からの乗り継ぎ便だったので)なかなか大和男子も捨てたものではありません。
黒カナリア
身体と心に気持ちのいい事が大好きな、自分に甘いO型人間。 映画は堅すぎるドキュメンタリーをのぞいて、こてこて恋愛物からホラーまでとりあえずなんでも食いついてみる系。