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フランスの小学校に入学してみたら

text by / category : ライフスタイル / 教育

前回の投稿からずいぶん時間が経ってしまいました。サバティカルでトゥールーズに滞在していますが、今回は小学生の子どもを二人連れてきたので、就学させなければなりませんでした。その顛末と、興味深い出来事について、遅ればせながら報告したいと思います。

フランスでも、もちろん子どもは義務教育ですので、まずは市役所を訪ねて、手続きについて聞いてみました。Maison des familles(家庭支援所、とでも訳すのでしょうか)に必要書類を提出し、最寄りの小学校の校長と面談して、登録申請書にサインしてもらわなければならない、と言われました。その通りに手続きを進め、校長先生と面談したところ、フランス語がまったく話せない生徒の受け入れに難色を示され、EANA (élèves allophones nouvellement arrivés:新しく到着したアロフォンの生徒たち) の管轄事務所まで行くように勧められてしまいました。アロフォンとは「非当該言語話者」を意味し、ここではフランス語を話せないということです。EANA 事務所ではフランス語補修クラスを併設している学校を紹介され、紹介状を持って再び Maison des familles まで登録申請しに行き、またその学校の校長先生と面談し、申請書にサインを貰って、ようやく登録完了です。

私の子どもたちは、UPE2A (unité pédagogique élémentaire des allophones arrivants:新規アロフォン生徒向け初等教育単位) と呼ばれる補修クラスでフランス語を学び、算数や体育などの教科は、年齢に応じた通常クラスを受講しています。同級生は、企業で働いている外国人の子どもから、イラクやスーダンからの難民の子どもまで、さまざまです。ロシアから宗教的な迫害を受けて逃げてきたという女の子は、キルギスタンから来た別の子とロシア語で話しているそうです。

そういえば、EANA の事務所では子どもたちの学力検査がありました。フランス語力を測定されるのだろうと思って、せめて数字とか曜日くらいは覚えさせようと、付け焼き刃の特訓をしていったのですが、計算問題と、なんと日本語教科書のコピーの朗読をさせられました。担当者はもちろん日本語は分かりませんが、すらすら読めているかどうかを確認していました。なぜかというと、移民や難民の場合、フランスに来るまで学校というものに通ったことがない子どもも少なくないからです。文字がすらすら読めるということは、母語で初等教育を受けた証明になるわけです。

ある日、子どもたちから、同じクラスにいるイタリア人の生徒がよく「アンキモワ」と言っているが、どういう意味なのか、という質問を受けました。「モワ」はフランス語の moi だろうけど、「アンキ」って何だろう? と思って、いろいろ考えた結果、“moi aussi” のイタリア語訳 “anche io” と似ていることに気づきました。io = moi なので、そこにイタリア語の anche をくっつけてしまったのでしょう。こういう言語の使い方はとても興味深い。ある種の個人的なクレオールとも言えます。

また、スコットランド人の子どもが、« Regarde mon pocket ! » と叫んでいるところに遭遇したことがあります。彼は pocket を「ポケ」と発音していました。最後の子音tを発音しなければ、フランス語として通じるかもしれないと思って、試していたのでしょう。こうした発想は、共通の単語を多く持つ言語の使い手でなければ、そもそも思いつきません。

子どもたちは、手持ちの知識を柔軟に応用しながら、フランス語を覚えようとしているようです。たった半年程度で帰国してしまう私の子どもたちと違って、移民や難民の子どもたちは、フランス語を話し、フランス社会に適応することが求められています。それがどれだけ困難で、かつ日々の訓練によってのみ獲得されるかということ、またスタートラインがどれだけ不平等かということを垣間見るきっかけとなりました。

外国語を話すということが「一芸」ではなく、生存に関わる切実な技術なのだということを忘れられるとすれば、それはその人が母語だけでやすやすと生きていける環境にたまたまいるからです。その幸運を噛みしめつつ、それがあたりまえではないことを、外国語として日本語を話す人と出会ったときに、あらためて思い出せるようにしたいものです。






posted date: 2020/Jan/22 / category: ライフスタイル教育

1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。

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