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マネを見逃してはならない!―『コートールド美術館展:魅惑の印象派』―

現在、上野の東京都美術館で『コートールド美術館展:魅惑の印象派』が9月10日から12月15日の会期で開催されている。なかなか作品を貸し出さないことで知られるこの美術館だが、今回、久々の改装を契機として、約20年振りに近代フランス絵画の傑作群を日本に送り出してくれた。今回はこの展覧会を不知火検校がリポートしよう。

誰かが近代フランス絵画の作品群を見るとしたら、当然ながらパリの諸美術館に行くしかないであろう。とりわけ、印象派の作品となれば、その宝庫とも言うべきオルセー美術館は当然のこと、オーランジュリー美術館、マルモッタン美術館を巡れば、その大部分の作品は鑑賞することが出来る。しかしながら、そこでも見ることが叶わない傑作が、海を隔てた外国にある、ということも事実なのだ。そして、このコートールド美術館こそがイギリスで印象派の傑作群を所有する稀有な美術館なのである。今回はそこから60点を超える作品が来ているという。

ルノワールの『桟敷席』、セザンヌの『カード遊びをする人々』、ゴッホの『花咲く桃の木々』、ゴーガンの『ネヴァーモア』など、誰もが画集で一度は見たことがあるような作品のみならず、通好みのホイッスラー、モネ、ブーダン、シスレー、ピサロなどを目の当たりに出来るのだから、印象派を愛好する人々には堪らない展覧会であろう。そして、実際、こうした作品群を目にすると、実業家のサミュエル・コートールドという人物がいかに確かな審美眼を持った人物だったのか、ということがはっきりと分かる。さらに、こうした作品を所有するイギリスの美術館に対し、崇敬の念まで抱いてしまうかもしれない。

しかし、いま述べた作品をはるかにしのぐ魅力を持つのが、マネの傑作『フォリー・ベルジェールのバー』である。この作品についてはこれまで様々なことが言われてきたが、やはり実物を見なければ話にならないであろう。「なぜ、鏡に映った女の後ろ姿があれほど右にずれているのか?」、「女が話す相手は誰なのか?」などなど、この作品が放つ謎は尽きることがない。この絵画の不思議な魅力についての鮮やかな解読の例を知りたければ、ミシェル・フーコーの『マネの絵画』(ちくま学芸文庫、2019)を繙かなければならないだろう。この本は、マネが絵画の世界でいかに革新的なことを成し遂げたのかを哲学者フーコーが見事な手捌きで明らかにしてくれる。こうした書物を予め読んでからこの絵に臨めば、一層、楽しめることは間違いない。

書物と言えば、フーコーのような稀代の思想家によるものではなく、美術史研究の領域ではどうなっているのか。英語圏においては、『近代生活の絵画:マネと彼の追随者の芸術におけるパリ』(プリンストン大学出版、1985)の著者T・J・クラークから『マネのモダニズム』(シカゴ大学出版、1996)の著者マイケル・フリードに至る迄、マネの作品はやはり特権的な研究対象として研究者たちの前に聳えているようだ。日本においても印象派研究のレベルは昔から高かったが、現在も高度な水準の研究書が続々と出版されていると言えるのではないだろうか。その中でも三浦篤の仕事は群を抜いている。三浦は『近代芸術家の肖像』(東京大学出版会、2006)のような専門家を対象とした学術的な著作のみならず、一般向けの書籍においても非常に興味深い視点を提示してくれる点が素晴らしい。昨年上梓した『エドゥアール・マネ 西洋絵画の革命』(角川選書、2018)は、読者の誰をも満足させる充実した内容であり、この本を読めばマネの絵を見るのが一層楽しくなってしまうことだろう。

何はともあれ確かなことは、マネという画家は、その絵を見ると(研究者に限らず)誰もが何かを語りたくなってしまう画家だ、ということだ。そうした不思議な絵を量産した画家の作品の中で、飛び切りの一枚が海を越えてやってくるとあらば、「見に行かない」という選択肢はないだろう。マネを決して見逃してはならない。

(この展覧会は東京展の終了後、以下のように、愛知、神戸に巡回します)

「コートールド美術館展:魅惑の印象派」
<東京展>東京都美術館 2019年9月10日~12月15日
<愛知展>愛知県美術館 2020年1月3日~3月15日
<神戸展>神戸市立博物館 2020年3月28日~6月21日

Un bar aux Folies Bergère Par エドゥアール・マネ – The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202.



posted date: 2019/Oct/21 / category: アート・デザイン

普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中

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