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追悼 トミ・ウンゲラー

2月9日、絵本作家のトミ・ウンゲラー(Tomi Ungerer)が亡くなった。享年87歳。子供の頃から『すてきな3にんぐみ』に親しんでいた読者として、感謝と追悼の意を表したい。

フランス人イラストレーター、と紹介されるウンゲラーは、ほとんどの作品を英語で発表したが、もともとはアルザス地方の出身である。周知のとおり、アルザス地方は、普仏戦争後にドイツ領となり、第一次大戦後はフランス領、ナチス時代の5年間は再びドイツ領、そして1945年以降はフランス領となった場所である。1931年生まれの彼は、ちょうど少年時代をナチス支配下で過ごし、フランス語の使用を禁じられる。主権がフランスに戻ってからは、今度はアルザス語が禁止される。戦争のたびに、使用言語が入れ替わり、友人の国籍まで入れ替わってしまう。そんなアルザス人としての経験が、のちにウンゲラーの作品には反映されている。

代表作『すてきな3にんぐみ』(1961)は、夜の黒をベースにした絵がおしゃれで、しかも泥棒3人が主人公という意外性が楽しいが、彼らは物語の後半で孤児を集めることになる。なぜ、孤児がそんなにいるのか。それは大人たちが彼らを捨てたからだ。では、大人たちはなぜ、子供たちを捨てたのか。作中ではとくに示唆されてはいないが、戦争はその理由のひとつであり得る。ちなみに、ウンゲラー自身は3歳のときに父親を亡くしている。

戦争で真っ先に犠牲になるのは、いつも子供たちだ。とりわけ、立場の弱い子供たち。『オットー 戦火をくぐったテディベア』(1999)では、ホロコーストを生き延びたユダヤ人が、かつて仲良しだったドイツ人の友だちに託した熊のぬいぐるみの数奇な運命を通じて、いかに戦争が彼らの人生を破壊したかを語る。ぬいぐるみは黒人米兵に拾われてアメリカに渡るが、米兵の娘が持っていたところを悪友に取り上げられてしまう。このくだりには、ニューヨークで成功したウンゲラーが目の当たりにした人種差別への関心が窺える。

人種差別の問題は、『あおいくも』(2000)でより直接的に取り上げられている。擬人化された「青い雲」は、最初は地上の出来事に無関心だったが、人々が「ころしあってる」のを見て、自らを空っぽにして青い雨を降らせ、肌の色の違いをなくそうとする。人々は訪れた平和を祝福し、その経緯を記憶するために、青い町を建てる。この最後のページは、『すてきな3にんぐみ』のラストを思わせる。孤児たちが作った村では、3人組を忘れないために、村人が彼らのとんがり帽に似た塔を3基建てる。記憶は継承していかなければならない。平和はただそこにあるのではなく、人間がつくり出し、維持していくものなのだというイメージを、これらの絵本は与えてくれる。そうしたイメージが、いずれ大人になる子供たちのなかに残っていけば、風向きは変わっていくかもしれない。

もちろん、『へびのクリクター』(1958)のようなナンセンスな絵本や、エロチックなイラストも多数描いたウンゲラーの業績を、こうした戦争関係の絵本だけに還元する訳にはいかない。しかし、僕にとってのウンゲラーは、やはり傷ついた子供たちをいかに恢復させるか、という視点をもった絵本作家なのだ。

2月15日には故郷アルザスの主都ストラスブールの大聖堂で、ウンゲラーの葬儀が行われた。作家の生前の希望に沿って、フランス語、ドイツ語、アルザス語、そしてユダヤ人の言語であるイディッシュ語で歌が歌われ、プロテスタントの牧師が弔辞を述べた。ウンゲラーの生涯を見事に要約する葬儀である。言語や宗教や人種の違いを超えて、分かり合えるプラットフォームを作り出すこと。絵本を通じてトミ・ウンゲラーが実現したのも、まさにそういうことだった。

■トップの写真はパリの児童書専門店 Chantelivre のショーウィンドウ



posted date: 2019/Feb/14 / category: 本・文学アート・デザイン

1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。

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