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「奇跡」を生きた二人 ―特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」 ―

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かつてはジャック・ドゥミと言えば『シェルブールの雨傘』、アニエス・ヴァルダと言えば『冬の旅』だった。確かにそれでも間違いではないが、彼らの映画はそれだけではない。今回の特集上映(2017年7月22日から8月18日、イメージフォーラムにて)はこの二人の映画作家の原点へと迫ろうとする企画だ。観客にとっては、ヌーヴェル・ヴァーグの「左岸派」と言われた二人映画作家がどのような思いから映画を作り始めたのかを知る絶好の機会となるだろう。

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「ヌーヴェル・ヴァーグ」と言えばゴダール、トリュフォー、ロメール…のような監督たちの名前が次々に浮かぶが、そんな特異な才能が煌く中で独特のポジションを占めたのがドゥミとヴァルダであった。ゴダールやトリュフォーが常に運動の中心にいて、絶賛を受けることもあれば、政治問題に関わって非難の嵐に晒されるなど、波乱万丈の生活に明け暮れたのに対し、ドゥミとヴァルダは「どこ吹く風」とばかりにそんな状況に背を向け、自分たちの好きな映画を撮り続けたという点では、「奇跡的」に幸福な映画作家だった。

ジャック・ドゥミの映画と聞くと誰もが直ちに『シェルブール』を思い起こさざるを得ないが、今回のプログラムには彼の長編第一作『ローラ』と第二作『天使の入江』が組まれている為、まさに第三作『シェルブール』へと至るドゥミの軌跡を私たちは辿ることが出来る。この二作を観れば、まさに映画を作り始めたばかりの段階においてドゥミが驚異的なまでの完成度に到達していたという事実に誰もが気付かされざるを得ないだろう。そのような反応は私たちのような観客だけでなく、ゴダールのように映画を知り尽くした者でも同じだった。彼は早くも1959年の時点でドゥミの才能に驚嘆し、その最大の美点を「驚くべき的確さ」と記しているのだから(山田宏一『友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』、平凡社ライブラリー、2002年、p.379)。

「ドゥミと言えば舞台は港」という訳で、『ローラ』はナント、『天使の入江』はニースという具合に、フランスを代表する港町が舞台となる。アヌーク・エーメを主演に据えた『ローラ』の素晴らしさについてはすでに多くの批評が書かれているので、ここではむしろ今回初公開される『天使の入江』に注目しよう。ギャンブルの魔力から抜けられない女(ジャンヌ・モロー)とその女と関わり続ける男の物語なのだが、こんな話を美しくまとめられるのはドゥミだけかもしれない。似たような設定でTricheurs『詐欺師』(バルベ・シュローデル監督、1984年)という作品があるが、こちらはジャック・デュトロンとビュル・オジエの二人組がギャンブルと詐欺の世界に溺れ、悲劇的な結末へと向かう話だった。しかし、ドゥミの方は『天使の入江』というタイトル通り、物語は「奇跡的」なまでに美しく終結する。『シェルブール』の悲劇性になじめないという観客も、この作品には惹かれるのではないか。

ローラsub1

 

そう、「奇跡的な美しさ」と書いたが、ドゥミの映画に起こることはほとんどすべてが奇跡に近い出来事である(『ローラ』では幼馴染との「奇跡的」再開、『天使の入江』では主人公の「奇跡的」回心、『シェルブール』でも戦場から恋人が「奇跡的」に帰還する)。普通ならば反発が起こっても良さそうなのに、観客はそれを怪しむことなく受け入れてしまうから不思議だ。恐らくその理由は、物語が常識を外れた「美しさ」の中で描かれる為に――雪が降りしきる中での再会!――、そのあり得ぬ展開の中に観客は否応なしに取り込まれてしまうからなのだろう。それはまさに映画ならではの魔術であり、ドゥミは魔術の使い方を知り尽くしていた映画作家だったと言えるだろう(中条省平はドゥミ作品の特徴を「お伽話」「絵空事」と呼ぶが、ドゥミにとってそれは最大級の賛辞であろう。『フランス映画史の誘惑』、集英社新書、2003年、pp.197-198)。

このような魔術的魅力を持つドゥミの映画に対して、ヴァルダの映画は実人生から離れることは決してない。今回上映される『5時から7時までのクレオ』にせよ、『幸福』にせよ、彼女が作品のなかで希求する幸福はあくまで実人生と密接に結びついた幸福であり、ドゥミのような「映画的幸福」――奇跡によってもたらされる幸福――ではない。そこがドゥミとヴァルダを分つ点である。つまり、ヴァルダが「実人生を豊かにするために映画を撮った」のに対して、ドゥミは「映画そのものを豊かにするために映画を撮った」と言えるのではないか。そんな二人だからこそ、互いが互いを補うような良好な関係を最後まで続けることが出来たように思われるのである。

そんなヴァルダの最高傑作が『ジャック・ドゥミの少年期』であるのは当然かもしれない。文字通り、この映画はドゥミが映画作家として誕生する様を再現するドラマだ。ドゥミの映画の一場面を現実の出来事に還元してしまう点には鼻白む者がいても仕方がない。だが、あくまで実人生に固執するヴァルダにとって、「映画監督ドゥミ」という現実こそが、映画としての最高の素材になったように思われてならない。ここでは夫に対するノスタルジーや個人的な感情は可能な限り排除され、「ドゥミがドゥミになる」までの過程が淡々と描かれる。その手腕はさすがであり、ヴァルダの面目躍如となる一品と言って良いだろう。

ドゥミとヴァルダ。奇跡のような関係を続けたこの二人の映画作家の世界を知ることは、ヌーヴェル・ヴァーグの奥深さを知る上で、決して逸することが出来ない体験だ。恐らく、私たちにはまだまだ観るべき映画が残されているに違いない。

特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」

7/22(土)~8/18(金)、シアター・イメージフォーラムにて開催、他全国順次ロードショー
上映作品:『ローラ』『天使の入江』『ジャック・ドゥミの少年期』『5時から7時までのクレオ』『幸福(しあわせ)』
HP:JACQUES DEMY ET AGNES VARDA, 5 FILMS SUR LE BONHEUR

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普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中