フランスで、中国人が経営している安い日本料理店に入ると最後に小さなおちょこに入った正体不明の蒸留酒が出される。おそらくフランス人はそれをずっと日本酒だと思ってきたのだ。フランスの知り合いのおじさんの別荘に呼ばれたとき、何度か富山の「満水泉」をお土産に持っていった。夕食の席で一杯目は美味しいと言ってもらえるが、そのあとはいつも台所の片隅に追いやられてしまうのだった。まだ機は熟していなかったのだ。
今年の5月にフランスの社会党下院議員、ジルベール・ル=ブリ氏 Gilbert Le Bris を中心にフランスの議員たちによる「日本酒友の議員協会」l’Association parlementaire des amis du saké japonais が結成され、ル=ブリ氏は共同会長への就任をツイッターで報告した。
フランスの議員のあいだには、「タンタンの冒険」のファンクラブや「シガレット愛好会」などがすでに存在するが、「日本酒友の会」には社会党だけでなく、UMP の議員も名を連ねる。
“Nous avons découvert cette tradition il y a deux ans, à l’occasion d’un voyage au Japon, explique Gilbert Le Bris. Après la catastrophe de Fukushima, la production de saké était sinistrée et nous voulons, aujourd’hui, par notre initiative, non seulement donner un coup de pouce à nos amis nippons, mais aussi améliorer l’image de cet alcool dans notre pays.”
「私たちが2年前に、日本を旅行したときに、この伝統を発見しました。福島の原発事故のあと、日本酒の醸造元も被災しました。今は私たちが率先して日本の友人たちを助けたいだけでなく、フランスにおける日本酒のイメージも改善したいのです」(ル=ブリ氏)
去年の9月には、フランスで日本酒の魅力をアピールするために、大七酒造(福島県二本松市)や剣菱酒造(神戸市灘区)など、日本の酒造メーカー約30社がパリ市内で合同試飲会を開いた。会場は何と、フランスを代表する俳優、ジェラール・ドパルデューの邸宅だった。ドパルデューは日本酒愛好家団体 Becs Fins de Sakés の会長を務める大の日本酒好きで、自宅を会場として提供し、日本酒の普及に一肌脱いだのだった。
食事をする際、ワインに向かない食材や料理でも、日本酒ならばマッチする場合がある。それは寿司に限った話ではない。例えば卵や根菜アスパラガスといった食材だ。これらはワインのタンニンとは合わないが、日本酒とはすばらしくマッチする。パリの高級ホテルジョルジュサンクのシェフを務めるエリック・ブルファールは12銘柄の日本酒をそろえ、よく冷やしたものをクリスタルのガラスで客に出す。きのこ類やバター付マテガイ、カシスとミラベルのデザートといった料理にはワインではなく、あえて日本酒を勧めているという。そして客の反応はといえば、日本酒と知らずに飲んだ彼らの多くは「素晴らしい白ワイン」と混同してしまうのだ。
6月にオランド大統領が来日したが、フランスから17年ぶりに国賓として大統領がやってくるとあって安倍首相主催の午餐会のメニューにも注目が集まった。午餐会で用意された酒は甲州ワインと、日本のロマネコンティと呼ばれることもある、日本酒の瀬祭だった。獺祭は首相の出身地でもある山口県の旭酒造が製造している。酒蔵ではもろみから酒を搾る際に遠心分離機を使い、日本酒本来の味と香りを生かしている。
獺祭はパリで1万前後で売られているが、ヨーロッパへの輸出は2010年で生産量の2%にすぎない。これを14年には倍増させ、来春にはパリに販売拠点を設けるという。 そのために、旭酒造は約25億円を投じて生産能力を14年末までに3倍に引き上げようとしているが、思わぬ所から足を引っ張られることになった。獺祭の原料となるコメ、山田錦(「酒造好適米」と呼ばれる)が調達できないのだ。山田錦は、最高級の酒造好適米としてランクされる。その多くは山田錦を生み出した兵庫県の北播地域を中心に生産されているが、これ以上の増産は難しいというのだ。というのも、山田錦をはじめとした酒造好適米は、主食用米と同じく「生産数量目標」の内数となっていて、生産数量に制限がかけられている。主食用米の価格維持のために、需要見通しをもとに生産数量目標を決めるという国策の一環だ。
さすがに農水省も制度的な矛盾を認め、やっと重い腰を上げようとしている。「酒造メーカーと農家の契約がある新規の酒造好適米の需要増加分に関しては、来年から生産数量目標の枠外にすることを検討している」ようだ。
日本の場合、何か新しいことをしようとすると必ず「規制」にぶちあたる。国が制度的な地ならしをすることは不可欠だろう。 運搬手段など物理的な流通の問題があるため、日本酒の造り手が農家と直接契約することはないが、地元のJA、流通業者を介して、直接訪ねた農家が生産する山田錦を調達することができる。そうすれば、流通経路の透明化にもつながる。ワインを造るときは当然ブドウの品種や産地の情報開示は欠かせないし、それがブランド化につながるが、日本酒の場合も同じようにどんな人が、どんな方法で原料米を生産しているのか、消費者に知らせることができる。 p>
以前紹介した『ローマ法王に米を食べさせた男』の著者、羽咋市のスーパー公務員、高野誠鮮氏は、もともと高品質な米であった神子原米(石川県羽咋市神子原村産)をまさにローマ法王に食べさせ、世界に知らしめたあと、さらに神子原米をワイン酵母で発酵させた酒、「客人」(まれびと) を造り、1本3万3600円の値段をつけて東京のデパートで売り出した。
高野氏が「客人」を外国人記者クラブで宣伝したら、フランスの有名レストラン、アラン・デュカスのチーフ・ソムリエの知るところとなり、彼自身が参加して、神子原米でフランス料理に合う新しい微発泡酒(写真⇒)をプロデュースし、アラン・デュカスで供されるという連鎖が次々と起こった。3万円以上の値段がつくのは、このようなメディアを使った高野氏の高付加価値作戦が功を奏したからだ。
また同じ能登半島にちょうど今年の3月、フランスのテレビ局TV5が、番組制作の取材のために能登町松波の松波酒造を訪れた。雪がちらつく中、築100年以上の酒蔵で、仕込んであった純米酒を手作業で絞る様子をTVのクルーが撮影し、そこにあった神棚にまで深い関心を示したという。番組はこの秋にフランス全国で放映され、家族経営で守られる日本の地方の伝統文化が紹介される。つまり日本酒そのものだけでなく、それがどうやって作られているのかに関心が向いている。日本酒の味わいと、受け継がれた技術と受け継ぐ人々の立ち振る舞い、そして背景となる自然がセットになって、フランスの人々の興味を掻き立てているのだと、私たちは改めて認識するのだ。
今日は偶然、神戸市長選の投票日だが、先月市長候補の樫野孝人さんと偶然、灘の酒について話す機会があった。パリの試飲会には灘の剣菱酒造も参加していたが、灘の酒は、日本全国の清酒産業を牽引できる力とブランドがあるにも関わらず、神戸市は全く力を入れてこなかった(何を思ったが「神戸ワイン」を立ち上げ失敗している)。
樫野さんは、元からあった清酒産業という神戸の強みを生かし、イベントを通して情報発信しつつ、世界の日本食ブームに乗せて海外への市場拡大を後押ししたいと具体的なビジョンを提示されていた。 ローカルに埋もれていた「良いもの」が発掘され、世界的に正当な評価を受ける。そして日本の地方と世界が直接つながる。これもグローバリゼーションの効果のひとつだろう。
日本酒が飲まれなかったのは、美味しくなかったからではなく、単に誰も知らなかったからだ。また能登のTV番組の取材からもわかるように、日本酒は単なる商品ではなく、物語を備えた文化コンテンツなのだ。円安のおかげで、新幹線に乗るとすでに外国人旅行者であふれていることに気が付く。去年の同時期に比べると旅行費は20~30%オフなのだから。しかし日本には彼らの興味を惹くものがまだたくさんあるのに、ショーケース化されていないために、その存在を知らずに帰ってしまう。単に「日本に来て下さい」というだけでなく、「日本に来て何を見て、何をするのか」、私たちは外国からの客人たちにわかりやすく示す必要がある。
日本人は他者の視線を自覚するのが苦手だ。外国人がどんなものに興味を持つのかを問う以前に、日本はどんなものを外国人に見せることができるのか、まだ日本の自己像さえきちんと捉えられていなのではないだろうか。漠然と意識している自分たちの伝統を文化コンテンツとして捉え直し、世界に向けて発信すること。日本政府観光局の予算は世界でも最低水準(隣の韓国の10分の1)だというが、その作業は新しい雇用生むだろう。そして語学の需要も!
参考記事
□ Le saké, nouvel alcool chouchou des Français (12/06/2013 L’Express)
□「日本酒ブームなのに酒米・山田錦が足りない」(2013年9月17日、『WEDGE』)
cyberbloom
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