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Just Two of US Sabine Devieilhe & Alexandre Tharaud “Chanson D’Amour”

text by / category : 音楽

ニューヨークでは「10分間だけベートーヴェンの音楽を独り占めする」というプロジェクトがあるそうだ。指定された日時に、指定された場所へ行く。ドアを開けると室内でスタンバイしていたカルテットが、あなたのためだけに10分間ベートーヴェンを演奏してくれる-そんな仕組みだ。コロナ禍の最中でも生の音楽を共有したいという切望から生まれた苦肉の策ではあるのだが、聴く側には思いがけない新鮮な体験だったという。数メートル先で音楽が一から生まれるところに立ち会うと、気づかなかったことが見えてくる。音のみで親しんできた曲が、音以外のさまざまな要素の介在により成り立っていること。目くばせといった奏者たちの身体による無言の「会話」、コミュニケーションの積み重ねによって初めて音楽として形をなすこと。オーディオの前や大きなコンサートホールの片隅に座っていては知り得ないことがたくさんあった、と。

これには頷かされた。コロナ禍といえど身近には音楽は溢れていて、その気になればいつでも聴くことができる。音から完全に遠ざけられているわけではない。しかし、音楽が紡ぎあげられ音の固まりとなって発散されていく過程、奏者達が全身で交わすインティメイトな熱気を目撃し共有することはかなわない。かつて当たり前のように享受していたあの場を取り戻せるのはいつになるのだろうか。

そんな気持ちに応えてくれるアルバムに出会った。ソプラノ歌手とピアニストによる、19世紀末から第二次世界大戦の頃までにフランスで作られた作品からなる歌曲集。ユニークなのは、メインの歌手とその歌を引き立てる脇役の伴奏者というパターンから離れ、デュオであることをはっきり打ち出している点だ。歌手もピアニストも対等の立場で演奏に臨んでいる。おかげで、音楽が作られてゆく過程がよりはっきり伝わる。しかもこの二人、よく稽古しきっちり合わせて立派な仕上がりを目指すのではなく、意思疎通をしながらお互いの音楽を出し合いどんな化学変化が起きるかを楽しんでいる節さえある。

そして、上出来のパ・ド・ドゥのようなアルバムに仕上がった。相手の引き立て役に回らず、どちらか一人だけが気持ちよく目立つようなことにもならず、互いの個性を持ち寄って自分の仕事をきちんとこなす。その結果、お馴染みの曲も新鮮な出来ばえとなった。

「ピアニスト」タローの存在感がとりわけ効いている。歌われる美しいメロディの下で単音を鳴らすだけであっても、すっと耳が引き寄せられるようないい音で弾く。結果、歌曲そのものが立体的に立ち上がって、耳馴染んできたものと違った印象を与える。特に顕著なのがドビュッシーの『星夜』。タイトルそのものの音楽なのだが、夜空を埋めた星を彷彿とさせるピアノパートが伴奏であることを忘れてしまいそうな程ヴィヴィッドなきらきら感で表現され、清楚で親しみやすい声の持ち主であるドゥビエルの素直な歌とあいまって、楽曲の高揚感が酔わされるほどに高まった。

フォーレ、ラヴェルの楽曲もよかったが、個人的にはプーランクの作品群が印象に残った。真摯な響きの歌から遊び心たっぷりの超小品、白粉の匂いのする「流行歌」調と多彩な選曲だが、二人はプーランクがこれらの歌曲に込めた「詩から喚起された言葉にならないふわりとした何か」を声とピアノで上手くすくい取っているように感じた。

とりわけ上手くいっているのが、アポリネールの詩を歌曲に仕立てた“Hotel”。たった5行の詩で表された、ホテルの一室に閉じこもる「私」の中にひろがる閉塞感となんともたまらない感情を、プーランクはどう展開するか予測のつかない緻密で濃度のある音楽にした。歌手の発するワンフレーズと、それに絶妙に絡みつくピアノ。聴く側に固唾を飲ませる楽曲の作りゆえに、「そこ!」というタイミングで一声を、一音を送り出す歌手とピアニストとのスリリングな無言のやり取りも見えてくる。最後のフレーズである“Je veux fumer”のお終いの言葉、”fumer”を歌うドゥビエルの声とそれを引き取り音楽全体を締めくくるタローのピアノの和音の連打は、たちのぼる煙草の煙が室内の空気の一部となって消えていくように、言葉そのものが静かに消えてゆく様を表現しているかのようだ。一緒に「終わり」へ向かってゆく、歌手とピアニストとの二人だけの息詰まる濃密な時間がそこにある。

二人の存在感がしっかりとあるので、BGMとして全曲聞き流すより、一曲ずつゆっくり付き合う方がより楽しめるかもしれない。

YouTubeで聴くことができるものをいくつか紹介してみたい。

・Nuit d’etoiles

・Les Chemins de l’amour
プーランクの手がけた「流行歌」。ノスタルジックでスウィートなメロディとは裏腹に、失われた愛の日々を追想するジャン・アヌイの詞は随分とほろ苦い。このギャップが何人もの有名歌手がレパートリーにしている理由かもしれない。バルバラのトリビュート盤を出したタローならではの歌心を知るピアノに、こねくりまわさずさらりと歌うドゥビエルの優しい声が乗った、ワルツを効かせたこのバージョンは音楽としてまずとても楽しい。
https://youtu.be./29ApVWJfRT8

・Hotel
個人的にはアルバム中のベスト・ワン。内なる閉塞感が共鳴しているからかもしれない。



posted date: 2020/Dec/08 / category: 音楽

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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