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そして世は事もなし “Baïlèro” “Chants d’Auvergne”より

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バカンスどころか Summer Holiday なんて関係ないね、という方もおられるかもしれません。どこかに行くことはできなくとも、せめて気分だけでも気持のよい場所にいる心地になれれば、と選んでみました。

フランスの作曲家マリー=ジョゼフ・カントルーブ(1879-1957)が故郷である南フランス、オーヴェルニュ地方の民謡にひとつひとつ管弦楽の伴奏をつけて編んだ歌曲集から一曲。フランス語ではなく、オーヴェルニュ地方で昔から話されてきたもう一つの言葉、オック語で歌われています。

歌の内容はいたってシンプル。川を挟んで羊飼いの男の子と女の子が交わすやり取り。「川向こうの羊飼いさん、なんだかつまらなさそうね。」「そうなんだ、そっちはどう?」「こっちはね、花がいっぱい咲いている。羊を連れてこっちへ来たら?」「こっちは草が青々しているよ。」「そっちへは行けないわ、川を渡れないもの。」「じゃあ君を連れにそっちへ行くよ。」呼びかけのしめくくりに、言ったことがちゃんと聞こえたか確認しあうかのように、互いのリクエストに応えて二人は一節歌います。タイトルにもなっている言葉、「バイレロ」をのせて。相聞歌と呼ぶほどの高揚感はここにはありません。

大陽の光ががさんさんと降っていて、空は青くて、草いきれがして、羊があちこちにメエメエと散っていて、たいくつした二人がのんびりと声をかけあう。歌を聞きながら情景を思い描くだけで、なんだかいろいろとほどけてゆくようです。素朴でのびやかなメロディの魅力もあるのでしょうが、この曲のもつ平和な何もなさ、二羽の鳥がただただ機嫌良くさえずりあっているのを聞くような心地よさがそうさせてくれるのかもしれません。

シンプルゆえに、深読みも許されそうです。川は「とても超えられないもの」の比喩だとしたら?たどりつくことのできない向こう岸、決して会えない相手への憧憬も聞こえてくるような―こんな勝手な解釈をしてしまうのも、カントルーブが創作した、聞く人にそれぞれのイメージを喚起させるとともにずっと耳に残り続ける繊細な音の背景のおかげだと思います。

たくさんのソプラノ歌手の名花が歌っていますが、ネタニア・ダヴラツのストレートな歌で。

ルネ・フレミングの正調とは趣を異にしたバージョンは、「オーヴェルニュの風景」を超えた世界へと誘います。気になった方はYoutubeで探してみて下さい。



posted date: 2018/Aug/07 / category: 音楽

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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