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Wall Flowerとして眺めるヴァカンスの景色 – 映画『わがままなヴァカンス』 Une Fille Facile

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CSの映画チャンネルには「深夜のお色気枠」というものがあるらしい。R15指定になるシーンがあればなんでもOKらしく意外とフツーなフランス製映画がけっこうエントリーされている。そうした枠の一本として、これからもちょくちょく見る機会がありそうな新感覚のフランス映画を紹介したい。

ナイーマはカンヌに住む16歳。超高級リゾートホテルでメイドをしているシングルマザーの母と二人暮らし。彼とは別れたばかりだ。学校が終わり夏休みが始まった日が誕生日だった。いつもならお気に入りの秘密の入江でのんびり過ごすのだけれど、この夏はちょっと勝手が違う。「姉妹」のような付き合いの男友達と演劇学校のオーディションに挑戦する。母の勤め先からも、料理が好きなら厨房でインターンをしないかと声をかけられている。

母と二人の静かな生活にも変化が起こる。パリに住む従姉妹ソフィアが泊まりにきたのだ。髪をブロンドに染めブランドものをジャラジャラ身につけた20歳そこそこの彼女が誕生日プレゼントにくれたのは、何とシャネルのバッグ!スゴくない!ネイマをびっくりさせたのは気前の良さだけじゃない。ソフィアは身近な大人とは全く違うオーラがある。男たちの視線を吸い寄せる二次元エンタメのヒロインのようなアンバランスすれすれのボディに、ソフィア・ローレン風にメイクで作り込んだキツめの眼差し(腰にはタトゥー)。尻軽と罵るチャラ男を軽くいなし、街をうろつくリッチな観光客にも物おじしない。高級ブティックでのお得なお買い物の方法も知っている。ソフィアのすることは何もかもが刺激的だ。

こんなにカッコイイのにフツーな私に親切に接してくれる従姉妹とプラプラしていると、クルーザーでくつろぐチョイ悪親父風のお金持ちとその連れが声を掛けてきた。これまで地元民ギャラリーとしてその優雅な生活を鑑賞してきたリッチな人々と、ナイーマは生まれて初めて接することになる…。

ここまでストーリーを書き出すと、よくある「夏のティーンエイジャー」映画なんだと思われるかもしれない。ヒロインが大人の中で揉まれ性的なことも含めあれこれスパイスの効いた経験をするというありがちな展開の始まりでは?が、この映画はここから違う道を行く。なぜならナイーマはヒロインとして物語を引っ張るにはあまりにも平凡な女の子だからだ。従姉妹と違い、スタイルも容姿もあまりに健康的で「そそる」ところがない。(中近東にルーツを持つ女の子という時点で、エンタメ映画の常識ではヒロイン失格となるのが残念ながら現実だ。)ソフィアと一緒にいたおかげでリッチな人々の世界への入り口は開いたものの、世界のルールを知らないおミソのナイーマはこの世界ではプレイヤーになれない。見えないコートからマイルドに押し出されwallflowerとなったナイーマ。が、このポジションからは、プレイヤーの側にいては見ることのできないものが見える。「夏のティーンエイジャー」映画はもちろん、お色気抜きのシリアスな映画にも捉えることができなかった世の中の諸相が。私達はナイーマのポジションから、色のつかないナイーマの視点で世界をじっくり眺めることになる。

まず気付かされるのは圧倒的な格差だ。例えば景色。素晴らしい眺めは基本的にリッチな人々が独占している。離れのスイートへアクセスするガラス張りのエレベータからの光景も、海を行くクルーザーのデッキからの眺めも、その費用を払える人が楽しむもの。ナイーマの住むアパートの、潮風が気持ちいいベランダからの眺めには殺風景な線路脇の光景が込みであるのと対照的だ。

観光客が享受するなんでもありのお楽しみは、見えない存在によって支えられている。ソフィアをナンパしたブラジル人投資家アンドレのクルーザーの内部は、束の間の贅沢空間というよりハイソな人の別荘という感じだが、その優雅な日常は甲板からキッチンまで細々と気を配る何人もの下働きのスタッフのおかげで回っている。ソフィアのおまけとして招かれたアンドレのディナーパーティでいつ果てるともなく乱痴気を繰り広げるリッチな人々の背後には、お客様の宴がお開きになるのをじっと待っているリゾートホテルの従業員達がいる(「何でオマエがそこにいる!」と噛み付かんばかりの勢いでナイーマを凝視する母の同僚達も含めて)。クルーザーのスタッフたちは、自分達と同じ「使用人」の側の人間であるナイーマへの嫌悪を隠そうともしない。

小洒落たリッチなおじさんとその友達としか見えなかったアンドレとその連れ、フィリップの関係が決して対等でないことも、ナイーマの目を通してわかってくる。洗練されていて、リッチな仲間の輪にもすっと溶け込むアート・ディーラーのフィリップだが、アートも投資の一つであるアンドレの雇われ人でしかない。アンドレの文化の香りを陰で演出し(船で流れる凝った音楽のチョイスはフィリップのものらしい)、ビジネスの面でも価値のある美術品を買い付け、リッチなコレクターとの商談をお膳立てする「高級雑用係」が彼の役回りだ。ソフィアと用途は違えど、アンドレの生活における取り替えのきくツールであることに変わりはない。

マイルドに疎外されっぱなしのナイーマの相手をしてくれるのはフィリップだけだ(場違いな世界に紛れ込んだお馬鹿さんな女の子への大人の同情心もあるのだろう)。おかげで、ナイーマの目に映るフィリップの姿を延々と見せられることになる。そこにいるのは、心が揺れるのを隠せない、困惑した中年男だ。おじさんは、ナイーマのむき出しのイノセントさに苛立ち動揺している。有名なジャズバラードのタイトルと同じ名前だという声かけにも素直に反応し、何もかもが初めてだらけの世界を自分の感覚で捉えようとしている。良いも悪いもこの娘には「これから」がある。それに比べて俺はどうしたことだろう。いつの間にこんな物分かりのいいスレっからしになってしまったのか。一見快適そうだが息の詰まるこの閉じた世界を捨てる勢いも、若さもない。抜け出すことはできない。見栄えのいい獄に繋がれたまま生きるのか。ポーカーフェイスの下で千々に乱れるおじさんの心を、ブノワ・マジメルがリアルに演じている。

かっこいいソフィアの底の浅さも、ネイマの目が捉えた彼女の振るまいから露呈していく。所有地である島に暮らす本物の金持ちでスゴモノの女性に食事の席でちょっと突っ込まれると、もう切り返せない。嘲られているのもわからない。本人は上手く立ち回っているつもりだが、実のところ相手にいいように転がされているだけなのではとすら思えてくる。そんなイタさと空っぽさをありありと見せてくれるのがフランスのお騒がせセレブ、ザヒア・ドゥハールだ。フランスの有名サッカー選手のお相手をしたアルジェリア出身の未成年コールガールとして一躍有名になった人だが、男の妄想を体現した過剰な容姿はもちろん、彼女自身が発散しているストリートワイズな雰囲気がソフィアの造形に大いに生かされている。また、人目のないところで時折見せる暗さと疲れた感じは、作り物を超えて訴えかけるものがある。ヌードもへっちゃらという「実」だけでなく、こうしたしたたかさと影のポジ・ネガが引き出せると踏んで演技経験ゼロのドゥハールの抜擢に踏み切った監督の直感に感心する。

ヴァカンスにも終わりがくるように、ソフィアと過ごしたナイーマの非日常な日々は思いがけない形で終わる。それも突然平手うちを食らうように。映画は、9月を迎えたナイーマのとてもすっきりした笑顔で終わる。思いがけなく開いた扉から未知の重層的な世界に入り込み、無傷でこちらへ戻ってきた彼女が手にしたものの豊かさを象徴しているようだ。自分の足で立つことを始めた少女に素直にエールを送りたい。

海のひたすらな美しさを時に主役にし、真面目に描いているのもこの映画の魅力だ。そこに集う人々がくりひろげるドタバタぶりとは好対照である。ドビュッシーの交響曲と海の映像を重ねるという、誰もが思いつきそうで実際に試されてこなかったことをこの映画はやってみせるのだが、このシーンにはお世辞抜きでぞくぞくさせられた。

トレイラーはこちらで。テーマとして使われた曲は来年の夏の定番となりそう。
https://youtu.be/yvFGs-Ob8OA

 



posted date: 2020/Oct/05 / category: 映画

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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