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あるうち読んどきヤ! 『パリのすてきなおじさん』 金井真紀+広岡裕児 著

text by / category : 本・文学

この本を手に取ったのは、表紙ののどかなおじさんの絵が目についたからだ。イラストも担当した、おいしいもの好きな自然体ライター女史と、通訳兼案内人の在仏40年のジャーナリストの凸凹コンビが、2週間のうちにアポあり面会からカフェやストリートでの「採集」でパリのおじさん計67人と会い、聞き出してより抜いた話をまとめたものらしい。 気軽なおしゃべりを楽しむ「ステキなパリ」についての一冊だろうか。そんな第一印象は、見事に裏切られた。

おじさんの一人がいみじくも言っているように「フランスは、いろんな人が一緒に暮らす国」。だからこそ、登場するもうすぐ30才から92才までのおじさんたちは仕事もライフスタイルもルーツもバックグラウンドも見事なまでにバラバラ。生粋のパリジャンもいれば、田舎育ちを誇る人もいる。アフリカやアジア、ヨーロッパの国から希望に燃えて、またやむにやまれぬ事情でやってきた人。ユダヤ教徒にイスラム教徒。同性を愛する人、子供がいる人独身の人。しかしそのバラバラさのおかげで、読む人は思いがけないところに連れていかれる。一人のおじさんの話を聞くと、ドアが一つ開いて知らなかった景色がひろがる。パリにはこんな場所があって、こんな暮らしが、こんな人生があったのか。そうだったんだというオドロキとともにずんずん読み進んでしまう。

知識として持っていたフランスについての断片が、初めて自分につながり「わかった!」に変わってゆくのにもまいった。フランスはかつてアフリカ・アジアのあちこちにある植民地の宗主国だった国であり、様々な国から移民をどんどん受け入れてきた国であり、二度の世界大戦やアルジェリア戦争で負った深い傷を抱えた国である、とお勉強して知ってはいた。が、そんな歴史に巻き込まれた当事者であるおじさんたちから、個人の体験として話を聞くことで、実感とともにわかることができた。ピエ・ノアールという言葉の重さ。「アイデンティティの軸足はまず共和国の市民であること」と言い切る、フランスのイスラム教徒の立ち位置(ずっとひっかかっていた、ブルキニ問題での政府見解に理解を示す若いマグレブ系女性の話を思い出した)。そうだったんだね、こうつながるんだね、とうんうんうなずきっぱなし。

そして何よりも、おじさん一人一人の話がおもしろい。基本的にお茶やランチの席でのおしゃべりで構えたところはないのだけれど、一期一会の外国人が相手というしがらみのなさも手伝ってかふと投げかけられる率直な意見や、ぽろりとこぼれる胸にしまってきた過去にはっとさせられることが多々あった。ウン十年の歳月がつくりだしたその人ならではの流儀、矜持も、ほどよい距離感のおしゃべりを通して伝わってきてとても味わい深い。苦いこともそれはあったけれど、今こうして私はここにいて、顔を上げて今を生きている。問わず語りの中から拾い上げた、おじさん一人一人の生き方をさらりとまとめた光る一言も添えられていて、味わいはさらに深まる。

おじさんたちからこれだけの話をひきだせたのは、取材した妙齢のお二人の「人徳」もあるのではないか。ドイツ占領下のフランスで身を隠し、ユダヤ人の少年として家族でたったひとり生き延びたおじさんからは、戦時中の「隠れた子供」だったころの話だけでなく、ひ孫のいるおじいさんになるまでの心の動きまで聞き出してくれている。おじさんは語り部をされており過酷な体験をこれまでも人に語ってきたという。が、3時間を超える長い話をひたすら通訳し、ノートを取りつつ一生懸命耳を傾ける二人の姿に、もっと話をしてみたいと動かされたのではないかと思う。人と人とのいい出会いが、この本を作っている。

のんびりした線で描かれたおじさんたちのポルトレはその人らしさをよく伝えていて、添えられた趣味や家族構成といったおまけの情報も楽しく読ませる。その一方で、同時多発テロの現場となったカフェ、難民申請が受理されるのをひたすら待つ人々のたむろする場所といった複雑な気持にさせられる所にも足を運び、おじさんの話をより深く理解する助けとなる堅めの情報ページも挟み込んでくれている。

誰もが私のパリのイメージをお持ちだと思う。この本を読み終えたとき、あなたのパリはぐっと彩りを増し、あたたかい体温を感じる場所になっているだろう。フランスを見るまなざしも変わっているかもしれない。そして、あなた自身も、本を読む前とちょっと違うあなたになっているかもしれない。



posted date: 2017/Dec/01 / category: 本・文学

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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