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スヌーピーとフランス:“Complete Peanuts”完結に寄せて

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今年、ついに“Complete Peanuts”全25巻が完結した。1950年から2000年までに連載された、Charles M. Schulzによる日刊漫画『ピーナッツ』の全エピソードを読み継いできた者としては、感慨深い。というか、二度目の連載終了と作者の死を追体験するようで、寂しくなる。

The Complete Peanuts 1999-2000さて、スヌーピーは何度もフランスを訪れていることをご存知だろうか。といっても、空想のなかでだが。二足歩行になって以来、スヌーピーはさまざまなペルソナに変身するようになるが、そのなかでも有名なのが、「第一次大戦の撃墜王(World War I Flying Ace)」だ。1965年10月10日の日曜版で初登場し、翌年以降、次々にエピソードが描かれることになる。犬小屋が戦闘機(Sopwith Camel)に早変わりし、ゴーグルをかけたスヌーピーは、Red Baron(ドイツ空軍の撃墜王リヒトフォーフェンRichthofenの通称)と空中戦を繰り広げる。1966年には、同エピソードを題材にしたロイヤル・ガードメンによる「暁の空中戦」が、『ビルボード』誌全米チャート2位の大ヒットを記録している(動画あり)。

撃墜王スヌーピーは、最初は犬小屋の上でぶつぶつ言っていることが多かったが、しばしば「フランスの小さなカフェ」に現れ、ルートビア(root beerはアルコール抜きの清涼飲料)を飲みながら、フランス人の女の子(“French lass”)を誘惑するようになる。戦地での恋物語は、映画の定番であり、そうした映画のパロディーにも格好の題材である。スヌーピーは、片言のフランス語を話す軟派な米兵として、空想のなかでフランスの片田舎をさまよい、地元娘役のマーシーとコントを繰り広げる。

1979年2月6日・7日のエピソードでは、スヌーピーはフランス語を話している。もちろん、フランス人の女の子(このときはユードラ扮する)を口説くためで、彼は「素早くフレーズ・ブックに目をやる」。そして、“May I see you this evening ? Pourrai-je vous voir ce soir ? ” “I love you ! Je vous aime !”と叫ぶが、完全に無視されてしまう。最後のコマで、一人取り残されたスヌーピーは、“Where is the museum ? Où est le musée ?”と呟く。いちばん最後のフレーズだけが典型的な旅行会話本に出てくるもので、その場違い感が面白い。あれ、あまり面白くない?

衝撃的なのが、1998年4月24日のエピソードだ。マーシーの家に撃墜王スヌーピーが上がりこむ。すると、マーシーはチャーリー・ブラウンに電話をかけ、「あなたの犬が台所に入ってきてルートビアを飲んでいるんだけど」と告げる。何が衝撃的かというと、いつもスヌーピーの空想に付き合っていたマーシーが「あなたの犬」と言っているところ。ここに戦争の記憶が薄れていくアメリカ社会を見出すのは、さすがに飛躍しすぎだろうけれど、そんな誘惑に駆られてしまう。というのも、シュルツが撃墜王シリーズを描きながら、本当に考えていたのは、自ら従軍した第二次大戦のことだからだ。

シュルツは、第二次大戦に出征する直前に、母親を癌で亡くした。その悲しみは、生涯にわたって彼につきまとう。母の日をテーマにした作品では、スヌーピーやウッドストックに、彼らの母親が応えてくれることはない。第二次大戦をテーマにした作品は、晩年になって、ようやく登場する。それほど、傷は深かったのだ。

フランスが第二次大戦との関連で登場するのは、おそらく1984年6月27日のエピソードが最初だろう。スヌーピーではなく、ペパーミント・パティが父親とフランス旅行へ出かけるシリーズのなかで、彼女はカフェやエッフェル塔とともに、オンフルール近郊のトーチカ跡を訪ねている。ドイツ軍が連合軍迎撃のために建てたトーチカは、1944年6月のノルマンディー上陸作戦を象徴する。

Eisenhower0196年と97年の6月6日には、スヌーピー(World Famous GI)が夜の海岸に上陸する構図に、June 6, 1944, “To remember”という言葉が添えられている。アメリカでD-Dayと呼ばれるノルマンディー上陸作戦の記念日だ。98年5月31日には、同じメッセージとともに、アイゼンハワー将軍が落下傘兵を鼓舞する有名な写真のコラージュに、スヌーピーが参加している。1999年の退役軍人の日(11月11日)には、軍服姿のスヌーピーが、沖縄で日本軍に撃たれて死亡した従軍ジャーナリストErnie Pyleを追悼している。晩年になって、シュルツはようやく第一次大戦の撃墜王というカモフラージュを離れて、第二次大戦を直接語れるようになったのだ。

結論を述べれば、スヌーピーにとってのフランスは、シュルツの世代のアメリカ人にとってのフランスである。つまり、そこは戦争の記憶と切り離せない土地なのである。また、シュルツ本人にとっては、フランスは、母を亡くし、故郷を離れた、最もつらい日々の記憶を呼び起こす場所である。だからこそ、彼はスヌーピーをそこに登場させ、自分の過去を作品に還元することで、悲しみを癒そうとしたのだ。

ところで、全作品が完結した後に、あと1冊、別巻が出るらしい。日刊紙への連載以外に、広告やキャンペーンのために書き下ろしたエピソードを集めた番外編とのこと。おまけとして、楽しみに待っているところです。

The Complete Peanuts 1999-2000
Charles M. Schulz
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1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。