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追悼なだいなだ:『ぼくだけのパリ』

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もう1ヶ月ほど前のことになるが、6月6日に作家のなだいなだが亡くなった。享年83歳。新聞では「老人党」の話題が中心だった。僕はほとんど著作を読んだことがなく、とくにコメントすべきこともないのだけれど、たまたま手元にある彼の『ぼくだけのパリ』(平凡社カラー新書、1976年)という本のことを、追悼の意をこめて、少しだけ書いておきたい。 paris-iwatsu01なだいなだは、1953年9月にパリに到着し、医学を学んだ。大学寮に住み、アメリカ館で催された詩の朗読会でたまたま聞いたガルシア・ロルカに惹かれ、文学に傾倒し、スペイン語を学び、nada y nada というスペイン語のペンネームを発案するに至る。また、後に妻となる女性とも、そのとき出会ったらしい。つまり、青年の未来のかなりの部分が、あるパリの夜に始まったということだ。僕も同じ大学寮のアルゼンチン館の元住人として、この感じはよく分かる。 その後、なだいなだは何度もパリに足を運ぶ。知識は増え、発見も積み重なる。だが、1953年の経験は、彼自身にとって決定的だった。それはあまりに決定的であるがゆえに、他人と簡単に共有できないし、したくない。この本が面白いのは、洋行が容易になった1970年代の若い世代に対して、露骨なまでの嫉妬を告白しつつ(「ぼくは、かんたんにパリに来られるようになった、現代の若者たちに、胸の中が、まっくろこげになるほど、嫉妬の火を燃やしているのだ」)、「自分だけのパリ」にこだわる自分を笑ってみせる、そんなユーモアがあるからだ。 「ぼくだけのパリ」を愛する姿が滑稽なのは、パリという街の魅力の一つが、その冷たさにあるからだ。どれだけパリに思いを寄せても、パリの方ではよそ者扱いである。だが、その同じパリが、ふと親しげな表情を見せることがある。すると、たちまち仲間に入れてもらったような気になって、魅了されてしまう。そんな風にパリに踊らされる自分を、なだいなだは飾らずに書き留めている。 『ぼくだけのパリ』は、次のような結論で締めくくられている。「パリは、人がいかように見ても、いかように楽しんでも、いかように苦しんでも、かまわない。しかし、そのどのような人間にも、甘美な思い出を、かならず与えてくれるところだ。与えられなかったとしたら、それは君が悪いのだ。パリをうらむことはない。」 まるでカヴァフィスの「イタカ」の詩みたいだが、なだいなだがパリに対して抱いた複雑な愛着をよく伝えている。その彼も今はなく、パリは変わり続ける。ほとんど忘れられた一冊の本は、彼の青春の墓碑である。
ぼくだけのパリ (1976年) (平凡社カラー新書)
なだ いなだ
平凡社
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