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佐々木俊尚著 『キュレーションの時代』

text by / category : 本・文学 / IT・情報技術

佐々木俊尚は、twitter である人をフォローするということは、その人の視座にチェックインすることだと言う。その人のツィートが自分のタイムラインに流れこんできて、その人の目で、その人の視座で世界を見る。視座にチェックインすることは情報そのものを得るのではなく、その視座を得ることだ。

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)ツィートを読んでいるうちに、その人特有のコンテクストの付与の仕方がわかってくる。情報を見極めるリテラシーを自分だけで鍛えるのは難しい。モデルとなる視座にチェックインして、それを真似ながら自分の視座を作っていく。

このような視座を提供する人間を近年キュレーターと呼ぶようだ。日本でキュレーターは博物館や美術館の学芸員の意味で使われている。芸術作品の情報を収集し、実際に作品を集め、一貫した何らかの意味を与えて企画展として成り立たせる仕事のことだ。これはノイズにまみれた情報の海から、ひとつのコンテクストに沿って情報を拾い上げ、SNS 上で流通させる行為と重なり合う。

このようにキュレーションの価値が高まっているのは、情報が爆発している状況の中で、情報そのものと同じくらい、情報をフィルタリングすることが重要になっているからだ。先に述べた視座とは、その人固有の情報のフィルタリングの方法と言い換えることもできる。キュレーション・ジャーナリズムという言葉も使われており、1次情報の取材と同じくらいに、すでにある膨大な情報を仕分けして、それらの情報が持つ意味を分かりやすく読者に提示できる能力が求められている。

個人の視座が重要なのは、情報が増殖しているからというよりは、情報がフラット化したからである。もはや文学や芸術を頂点とするような文化的な階層があり、その体系の中で個々の作品が価値づけられるように文化は存在していない。すべてが情報として同じ平面状にある。ミシェル・ド・セルトーは1968年直後に、学生の文化的な状況は「本屋を見ればわかる」と言った。本屋の光景は学術書とポケット版が隣りあうような文化空間に呼応し、序列化ではなく、ひとつの表面をつくりなすマスカルチャーの表現になっていると。今はインターネットを見ればわかる。すべてが徹底的に流動化し、フラット化しているので、検索エンジンや情報キュレーターの助けを借りて、私たちは自分のための情報の序列化を試み、自分なりの視座を構築せざるをえないのだ。このモデルは決して新しくはないが、ようやくそれがSNSなどによって現実的になってきたということだろうか。

西垣通は『ウェブ社会をどう生きるか』の中で、従来の「教え込み型教育」を批判し、それに生物情報学をモデルにした「しみ込み型教育」を対置している。「教え込み型教育」とは、言語化された明示的な知識体系が前提となっていて、知識体系を細かい要素に分解し、綿密なカリキュラムにしたがって学習者の頭脳に注入していく教育である。まさに今の学校教育のモデルなのだが、一方、今の時代に適合する「しみ込み型教育」は、生物が環境とコミュニケートしながら生きているように、もつれあい、波打っている情報の大海の中で、「今この時間に自分が生きる上でもっとも重要な情報を拾い出す能力」を身に付けさせる教育だという。「自分が生きる上で」と言われているように、情報の価値はあらかじめ決まっているのではなく、個人の置かれた条件やコンテクストに依存する。

生物モデルと言えば、佐々木俊尚もバイオホロニクスの用語であるセマンティック・ボーダーに言及している。それは自己の意味的な境界である。生物は様々な障壁=ボーダーを設け、自分だけのルールによって、同一性を保ちながら、外部から情報を取り入れる。一方、環境は刻々と変化するので、セマンティック・ボーダーは固定化してはならない。変化に応じて組み替えられる必要がある。このモデルからは、キュレーターはセマンティック・ボーダーを組み替える人たちと再定義できる。ボーダーを再設定することでそこに新しい意味や価値が生み出されるからだ。

手前味噌だが、FRENCH BLOOM NET もフランス文化のキュレーション・サイトとして運営している(個人的には「コーディネート」という言葉を使っていた)。これまでフランス文化と言えば、文学や思想と相場が決まっていた。それはグローバリゼーション2.0時代の、欧米と日本の権力関係を背景にしていた。しかし、今はフランスから届く情報も、学生のフランスに対する関心も多様としか言いようがない。INFOBASE の左サイドバーの多岐にわたる「カテゴリー」がそれを物語っている。それはフラットな世界のプラットフォーム上で、欧米人だけではない、多種多様なプレーヤーによって文化が動かされていることの反映でもある。フランスの若者が日本のサブカルチャーに強い関心を持ったり、さらにそこに韓流文化が入り込んで来たり、文化的なヘゲモニーも刻々と変化し、その都度、フォーカスされるテーマも移り変わるのだ。

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posted date: 2012/Apr/21 / category: 本・文学IT・情報技術
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当サイト の管理人。大学でフランス語を教えています。
FRENCH BLOOM NET を始めたのは2004年。映画、音楽、教育、生活、etc・・・ 様々なジャンルでフランス情報を発信しています。

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