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R・フロリダ著『グレート・リセット』 (1) 持ち家と金融の時代の終焉

text by / category : 本・文学 / 政治・経済

1920年代の大恐慌や、それに先立つ1870年代の長期不況(マルクスの『資本論』がこの時期に書かれた)から回復するのに30年はかかった。そのような歴史的な端境期を著者は「グレート・リセット」と呼ぶ。そして現在もリーマンショックが引き金になった「グレート・リセット」の時期で、まだ先が見えない初期段階だという。

1929年の株価大暴落前夜『華麗なるギャッピー』の主人公がタキシードを着て、海辺の豪華な邸宅で、流行のぜいたく品をみせびらかした。多くの財産がリスクの大きな投資に振り向けられ、不動産への投機も過熱した。中間階級と富裕層の格差が広がり、富は少数の特権階級に集中した。まさにどこかで聞いた話、いつか来た道なのである。今回はそれが「われわれは99%である」や「ウォールストリートを占拠せよ」をスローガンに、世界中を席巻した運動につながった。

「グレート・リセット」は経済社会の根本的な変革で、従来のイノベーションや生産手段だけでなく、経済全体の様相、さらには人々の価値観やライフスタイルまでも一変させるだろう。 実際、これまでのアメリカ人の固定観念であった「郊外の大きな家と2台のクルマ」は若い世代で魅力を失っているようだ。Facebook や Twitter で交わされた何万件にも及ぶ内容を分析すると、10代から20代前半の若者はクルマを所有する必要性や所有願望にますますネガティブな感覚を持っているという結果が出た。クルマを持っていたとしても、運転機会も走行距離も減り、買い替えもあまりしない。彼らはできるだけ公共交通機関を利用し、歩ける範囲で何でも済ませようとする。若い世代はもはや、所有しているもの(=家やクルマや家電製品)で自分を定義づけたりしない。これは価値観のリセットの表れのひとつである。もはや車や家を持ちたいと思わないし、郊外生活にも憧れない。かつてのステータスシンボルにもお金を投じない。

アメリカではリーマンショック前までずっと住宅に対する過剰投資が続いてきた。一戸建て住宅を持つことは富の誇示であり、時間が経てば値段が上がったからである。ジョージ・W・ブッシュ前大統領は「所有権社会 ownership society」をよく口にしたが、それが彼の政権下で極限にまで達した。しかし家を所有し、さらにそれを元手に甘い汁を吸おうとした何百万人もの人々が、サブプライムローンの焦げ付きで逆に家を失ってしまった。

サブプライムローン問題と住宅バブルの崩壊に至った「持ち家願望」は郊外居住を推し進め、アメリカ人は家の中でも、クルマでも膨大なエネルギーを消費した。それを人生の夢に据えた社会は、非常にエネルギー効率の悪い社会でもあった。また人々が家を所有することで特定の地域に縛り付けられ、経済的に繁栄している場所に移動できなかった(もちろんこう言える前提にはアメリカの雇用の流動性の高さがある)。リーマンショックは、サブプライムローンという金融商品の問題だったと同時に、家が人間を縛り、人的資源が必要な場所に振り分けられないという弊害も生んだ。今回のリセット後の世界は、適切な仕事を得るために可動性が求められ、実際、それに見合った住宅システムの構築が進み、アメリカでは賃貸住宅ビジネスに将来性があるようだ。

リーマンショック前夜と同じく、金融ブームに沸いた1920年代、金融の専門家たちへの給与やボーナスは大盤振る舞いされていた。大恐慌のあと彼らの報酬は規制を受け、激減した。これもデジャヴュな光景である。金融部門はあくまで仲介的な役割を果たし、経済の潤滑油であるはずが、それ自体が目標になってしまった。数学・科学・技術系の優秀な学生が高額な報酬に惹かれてウォールストリートに就職し、金融モデル作りに精を出し、あこぎな商売のとりこになってしまった。それはモラル的に適切なことではなかったと同時に、大きな社会的な損失だった。持ち家願望の肥大が人々の柔軟な移動と人的資源の適切な配分を妨げたように、金融部門に人材と資源が奪われ、イノベーションと重要産業のアップグレードに血液が回らなくなっていたのである。

そのようなミスマッチもリセットの際に修正される。危機が起こったとき、うまく機能している部分と、していない部分が明らかになり、うまく機能しない古いシステムや習慣は淘汰される。また創造性や企業家精神、イノベーションやインベンションのタネが突然花開いて、経済や社会を立て直し、よみがえらせる好機もよく起こる。新たなインフラが整備され、新しい交通システムが発達し、居住のパターンも変わる。欲求やニーズ、消費性向も変化し、新しい仕事も創出される。

19世紀末の長期不況は第1次産業革命の余波として生まれた。1920年代の大恐慌は第2次産業革命(フォーディズム)を受けて発生した。そして現在の危機は「モノ作り」から「知識と想像力」に移り変わる第3次産業革命の結果としてもたらされた。 今回のリセットのキーワードは知識と想像力である。今回の危機に立ち会った人間が恩恵を受けられるとすれば、それは人生に真の意味を与えてくれる仕事が見直され、人類史上初めてクリエイティブな才能が評価される時代になったことだ。これまで仕事と余暇は分離していた。楽しみや気晴らしは余暇の管轄だった。今はそれが一体となり、幸福への鍵は仕事を通して手に入れられるようになった。

アートがその象徴だ。これまでアートに関わり、仕事においてクリエイティブな才能を発揮できたのは一部の特権的な人々だった。それが多くの分野に広がり、「グレート・リセット」後のクリエイティブ経済を動かすエンジンの重要な一部になっている。優れたアートやデザインはテクノロジーのノウハウと結びつくとシナジーが生まれ、革新的な製品やサービスを生み、経済は恩恵を受けるという好循環を生む。これまでアートとテクノロジーの交差点に生まれた優れものと言えば、iPod & iPad に代表されるアップル製品、ビデオゲーム、ブログ、SNS、電子書籍、オンライン大学などが挙げられる。この種の製品はこからも先鋭化していくだろう。



posted date: 2012/Apr/08 / category: 本・文学政治・経済
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