2017年のカルチャーを、一つ紹介しておきましょう。
フランスに、Typhaine Dという舞台女優がいて、演出や劇作にもたずさわっています。この人は、青少年向けの演劇ワークショップも開催していますが、同時に、フェミニストとしての活動家でも知られています。
Typhaine Dは、持ちネタの「さかさまのお話」で、さまざまな問題を提起してきました。
2017年の弁論大会では、アカデミー・フランセーズを題材にしたお話を披露しています。
この年、アカデミーは、包括書法によってフランス語は「致命的な危機」(péril mortel)に陥っていると表明しましたが、これにあやかってTyphaine D の弁論は、La Pérille Mortelleと題されています。冒頭はこんな感じです。
Messieurs, Mesdamoiseaux, Mesdames !
Oyez, oyez ce « Conte à rebours » !
Elle était une fois dans un royaume très très… non mais tellement lointain, quoi, nommé le Matriarcat, une cardinale, à la robe rouge.
紳士淑女のみなさん、そして童男(おぐな)さま方!
この「さかさまのお話」を聞いてくださいませ!
昔々、すんごい遠くの…いやいや、要するに、はるか遠くの王国に、総大司教に任命された、赤い法衣の枢機卿がおりました。
「さかさまのお話」と言われているとおり、語り手は、肩書の男性形が衰退して女性形が基準となった別の世界線にいるのかもしれません。
危機が péril ではなく pérille と綴られ、マドモワゼルの男性版とおぼしき造語 Mesdamoiseaux が登場し、il était une fois(昔々)のil が elleとなり、女性の枢機卿が、父親的な接頭辞の Patriarcat(総大司教)ではなく、母親的な接頭辞の Matriarcat に任命されるといった具合です。もちろん、PatriarcatとMatriarcat には、それぞれ家父長制と家母長制の含みも込められています。
興味を持たれた方は、YouTube の動画で続きをご覧ください。フランス語の字幕も用意されています。アングルも途中で大きく変わります。
包括書法をめぐるカルチャーとして興味深いものがありますが、このお話のコンセプト自体は、どこか『軽い男じゃないのよ』(2018年)という映像作品と通じるところがあります。そのため、この作品と同じような疑問を投げかけたくなるかもしれません。
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とはいえ、フランス語圏には、ジェンダーの見地からフランス語の構造に抵抗した文学の系譜が存在します。Typhaine D のささやかなパフォーマンスも、その一端に位置づけることができるでしょう。