パリは政治的、学問的、文化的首都としてクローズアップされることが多いが、経済的な中心であることも忘れてはいけない。パリはフランスの GDP の約30パーセントを占め、国際投資の魅力に関しては、ニューヨーク、上海、ムンバイ、北京、ロンドンに次いで6番目の地位につけている。そんなパリでどのような仕事の求人があるのだろうか。ちょうど「パリで最もリクルートされる10の職業 Les dix métiers qui recrutent le plus à Paris 」という記事を見つけたので、紹介してみよう。この求人の傾向はリチャード・フロリダが『グレート・リセット』で描くリーマン・ショック後のアメリカの新しい就職先と見事に合致している。先進国に共通する傾向なのだろう。
①Ingenieur informatique コンピューター・エンジニア 2011年、パリの企業は、コンピューター・エンジニアをリクルートする16500件の手続きを行った。この職はイル・ド・フランスの雇用において最も好ましいものとして位置づけられている。したがってこれは未来があり、持続性のある職業なのだ。提供されたポストの全体定数に対し、92だけが一時契約だった。今年はさらに良いパフォーマンスを見せるだろう。
②agent d’entretien メンテナンス、清掃業 オフィス、自治体、道路、他の公共スペースの維持管理。パリにはそのための人員がつねに不足している。
③cuisinier 料理人 パリは熟練した料理人が大好き。2011年、パリジャンと旅行者たちの舌を満足させようと9200の求人があった。
④Attaché commecial 営業、セールス 苦しい経済状況のせいで、企業は売上高を維持するための努力を強いられている。営業に直接課せられたミッションは、顧客を開発し、逃げられないようにすること。経済危機の影響を受けない職業だ。
⑤Artiste アーティスト 豊かな文化的供給によって国際的に輝く光の都市、パリ。音楽家、ダンサー、写真家、演劇芸術の教授など。これらのアーティストたちは、パリで有利な雇用条件に恵まれ、最も求められる専門家たちのランキングの4位につけている。
⑥Aide à domicile ホームヘルパー 歳をとったせいで、あるいは仕事に忙しくて、パリジャンはこれまで以上にホームヘルパーたちに頼りきっている。パリ全体で順風満帆の職業で、この12ヶ月に約8500の求人があった。
⑦Secrétaire 秘書 パリは秘書職と助手職の専門家たちに素晴らしい機会を提供している。
⑧Agent de sécurité 警備員 セキュリティーの問題は大統領選の中心的テーマでもあった。2011年、イル・ド・フランスの企業で、実に6000人の警備員、準警備員の募集があった。
⑨Serveur ウェイター 彼ら/彼女らは、パリを訪れる旅行者にだけ気に入られるだけでなく、パリの清涼飲料水の好調な売れ行きにも関わっている。ウエイターもウエイトレスも相変わらず同じくらい求人がある。
⑩Agent d’accueil 受付係 パリでは受付係とインフォーメーション係の求人も多い。去年およそ5300人がこのサービスを提供したが、しばしば彼らの職は永続的に続く。1400の契約が臨時の形で結ばれたが、一方4000近くの期限なしの契約書がサインされた。
リチャード・フロリダの『グレート・リセット』によると、これから求められる職業は、何よりも知識をベースにした専門的でクリエイティブな仕事である。この仕事は高い報酬をともなう。具体的には、ハイテクのエンジニア、ソフトウエアの開発者、管理職、医者、グラフィックデザイナー、芸能関係の弁護士などである。上記の「パリの求人ベスト10」で言えば、①③⑤の仕事である。クリエイティブな仕事はすでにアメリカで31%を占めているという。このようなトレンドはさらに顕著になることが予想される。
アメリカの労働統計局によると2008年から2018年のあいだに1530万の新規雇用が創出されるが、増加分の大部分の1380万件がクリエイティブな仕事だ。アートがその象徴となる。これまでアートに関わり、仕事においてクリエイティブな才能を発揮できたのは一部の特権的な人々 だった。しかし、アートは従来のような作品の形で表現されるだけではない。アートは多くの分野に広がり、『グレート・リセット』後のクリエイティブ経済を動かすエンジンの重要な一部になっている。優れたアートやデザインはテクノロジーのノウハウと結びつくとシナジーが生まれ、革新的な製品やサービスを生む。これまでアートとテクノロジーの交差点に生まれた優れたものと言えば、iPod & iPad に代表されるアップル製品、ビデオゲーム、ブログ、SNS、電子書籍、オンライン大学などが挙げられる。この種の製品はこれからも先鋭化していくだろう。
ふたつめは、日常的なサービス業だ。飲食店、看護補助、清掃、ホームヘルパーなどの仕事がこれに含まれ、職能別で全体の45%をしめる。パリの求人で言えば、②⑥⑧⑨に相当する。フロリダによれば、非大卒のアメリカ人にとって、今日の新規雇用の職はこのサービス部門に偏り、重要な成長分野ではあるが、これらの職業はミドルクラスになるには給与水準が低い。日本でも介護の人材が足りないが、給与水準が低く、妻子を養えない仕事と言われる(妻子を養うという発想が時代遅れなのだが)。この点、フランスは社会保障が手厚いので、最低レベルの給与でも一定の生活水準は維持できるのだろう。
対面的なサービス業に広げれば、④⑦⑩も含まれる。サービス分野は人と人の関係なのでアウトソーシングされにくく、国際競争にさらされにくい。また人を相手にする仕事なのでやりがいを感じたり、感情面で報われることも多い。細やかなコミュニケーション・スキルが問われるので、女性が活躍できる分野でもある。アメリカではリーマンショックの際に女性の失業率は男性の失業率ほど下がらず、NY Times の女性記者はリーマンショックを「男性不況」と呼んだほどだった。「これは女性の仕事だ」と忌避する者は新たな成功を逃すのと同じで、新たな職業訓練を受けるよりは従来の「男らしさ」を忘れるべきだとフロリダは書いている。少なくとも言えることは、製造業の凋落と、それに続く知識産業とサービス業の勃興で、労働市場では男性よりも女性が好まれるようになっている。日本のように、男女の役割に関して固定観念のある社会は変化になかなか対応できないことになるだろう。イノベーションが生まれるのはハイテク分野だけではない。サービス分野も様々なアイデアを生かせる分野だ。新しいサービスのアイデアは男女の垣根を取り払うことによっても生まれるだろう。
また現代のサービス労働の典型として、スターバックスで働く店員の仕事ぶりを思い出してみると良いだろう。それは伝統的なパリのカフェの個性的なギャルソンのスタイルとはかなり印象が異なる。スターバックスの仕事はプライベートでしか見せないような表情まで動員する感情労働であり、またそのサービスには決まった形がなく、どんな状況にも柔軟に、積極的に対応しなければならない。規範があるとすれば、それは無限に変化し、二度と再現できないようなひとつの偶然な機会にのみ当てはまるような規範だ。
社会の変化によってある種の仕事が変容したり、なくなったりするのは今に始まったことではない。農業から製造業へ、あるいは他の産業に移行するにつれ、農夫は鉄鋼労働者になり、セールスマンや中間管理職になった。これらの変化には給料が上がるとか、社会的な地位が上昇するとか、経済的な恩恵が伴った。しかしここ20年の変化の特徴は、中間レベルの給与を保証していた仕事がコモディティ化して買い叩かれたり、新興国にアウトソーシングされたりして、激減し始めたことにある。野田首相が「日本の中間層を分厚くする」と宣言していたが、日本ではこれまで特別なスキルを持たないサラリーマンが占めていた層である。野田首相の言葉とは裏腹に、そのような中間層がそぎ落とされていくのが先進国に共通して見られる傾向だ。
パリの求人ベスト10に挙がっていない職業は何だろうか。そのひとつは、リーマンショック以降、最も敬遠されているの金融業だ。今もなお金融危機の中にあるので当然と言えるが、アメリカのケースで、2008年で全体の23%を占めていたのが、翌年11・5%に半減している。経営コンサルタントの仕事も、16%から8・5%へと減少した。これらの職業は高額の報酬がもらえる最たるものだったが、今の高学歴の若者たちはお金よりも、やりがいを選んでいるようだ。国家公務員1種の採用試験に合格しながら、震災ボランティアがきっかけとなり、NPO の職員になった東大院生のニュースが日本でも伝えられていたが、アメリカでもリーマンショック後、官僚や高額報酬の金融の仕事を蹴って、NPO に入る学生が増えているという。
参照記事:Les dix métiers qui recrutent le plus à Paris(CareerBuilder.fr)
cyberbloom
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