次のフランス大統領が決まる日まであとわずかとなりました。日本でもそれなりの報道はありますが、特定の大統領候補を支持する人々の熱狂は聞けても選挙運動の外にいる普通の人々が何を思っているかまでは拾いきれていように感じます。
普通の若いフランス人の声として、今回紹介したいのが二十歳そこそこの女子ラッパー(フランス語だと rappeuse ですね)、チーラ(Chilla)が昨年ドロップした一曲。タイトルはずばり、「 Monseur Le President 」。オランド大統領に宛てた手紙というスタイルで、思いをぶちまけています。詞の中に渦巻いているのは「いらだち」です。
「大統領、あなたはなんとか暮らしを立てている普通の人々のことを全然わかっていない。家賃3ヶ月分もする腕時計をしたり、チョコレートデニッシュがいくらで売られているのかも知らない人達がこの国を動かしているなんて!」
改正労働法(マクロンの名を冠した法も含む)の導入といったオランド政権がやったことも名指しされていますが、オランド政権が対応できなかったこともやり玉にあがっています。解体され存在は消えてしまったものの、そこから生じた課題は消えていないカレーの難民キャンプ「ジャングル」のこと。立て続けに報じられた市民に対する警察の行き過ぎた暴力の問題。チーラと同世代のマリからの移民、アダマ・トラオレが、理由もなく警察に拘束されその日のうちに留置所で亡くなったことについて、政府は沈黙したまま。「正義」はいったいどこにある?
「他と比べればまだマシな候補に、人々は投票する。これが「選択」なんだとうそぶいて。」
控えめに鳴るピアノのみ、リズムトラックなしの簡素なバックに、ラップというより一人芝居のセリフ回しを彷彿とさせる語り口。身ぶり手振りを交えて切々と大統領に訴えるこの曲はマスコミにも取り上げられ、話題になりました。フェイスブック上で公開されたPVを見ていると、フランス語がわからなくてもその説得力にちょっと圧倒されてしまいます。
こんな曲をリリースするのだから世の中の動きに目を向けて育ってきた人かと思いきや、チーラのプロフィールのどこにもそれらしいところはありません。
スイスと接する穏やかな町、ジェクス出身、マダガスカルにルーツを持つマレーヴァ・ラナは、音楽好きの両親のもと、ジャズ・ポップス・ブルース・レゲエとあらゆるジャンルの音楽を浴びるように聞いて育ちます。また6才でバイオリンを始め、12年間レッスンを続けました。
歌う事も大好きで歌手を目指してリヨンのコンセルヴァトワールでジャズボーカルやジャズコーラスの勉強もしていたのですが、友達と遊びで始めたフリースタイルのラップにハマってしまい方向転換。ジャズのインプロヴィゼーションを感じさせる、自在な歌とスムースなラップを織り交ぜた独自のスタイルで注目され、チーラのステージネームで参加したフランスのタレント発掘番組でのパフォーマンスでブレイク。大手レコード会社とも契約し、「オトコのヒップホップ、ラップ」のギャル版、ではない新しい表現を求めて模索している最中。チーラのこれまでを簡単にまとめればこんなところでしょうか。彼女の人生はまさに音楽一色でした。
なのに、なぜ突然「政治的」なメッセージを発信したのか。この曲をリリースした時に、チーラはこうコメントしています。
「私は政治に無関心な普通の若者の一人。政治の事に首を突っ込むなんてありえないことだった。国を動かす人々は、着るものも、話す事も、暮らしも私たちと違ってしまっている。接点なんてありそうもないし、私たちのために何かをしてくれることもない。そういう人々の声に耳を傾けるのはほんと難しい。そんないらだちを言葉にしたらこの曲が出来たの。」
誰がエリゼー宮の新しい住人となるのか、予想はつきません。しかし、普通の女子をここまで動かした現実と真摯に向き合ってゆける人が選ばれ、また敗者もなおのこと現実と対峙してゆくことを願ってやみません
チーラの「オランド大統領へのメッセージ」はここで聞けます。
http://bit.ly/2qrjQtr
歌手としてもなかなかいいものを持っているチーラ。歌とラップのコンビネーションがやはり魅力的です。アメリカ産ヒップホップとはちがう、いい意味でのヨーロッパ的な湿度も感じます。時にガーリーな衣装でパフォーマンスするのも彼女らしいところ。
※トップの写真は以下から借用しています。
By Rama, CC BY-SA 3.0 fr,
GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.
大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。