プリンスはひとりではプリンスに成り得なかった、というのが、死後殿下について書かれたものをあれこれ読んだ率直な感想でした。全ての楽器をこなし、ソングライティングもビジュアル面も全て自分で仕切った孤高の完璧主義者という印象が強い殿下ですが、舞台衣装のハイヒールひとつにしても好みのものを用意してくれるスタイリストがいたわけで、多くの人が関わって彼のキングダムはなりたっていたのです。
取りわけ目を引いたのが女達の存在感。いわゆるキラキラしたカノジョ達も殿下の世界を彩っていますが、クリエイティブな場で殿下を支えていたのも女性スタッフでした。例えば、80年代の代表作を一手に引き受けたのはスーザン・ジョージという女性エンジニア。文字通りのワーカホリック、その気になれば夜も昼もなくスタジオにこもり、気の向くままにセッションする。作る曲の歌詞だって女子フレンドリーとはとてもいえない―そんなプリンスに付き合ってくれた女子達の事は、もっと語られるべきだと思うのです。
バックバンド、ザ・レヴォリューションのメンバー、ギタリストのウェンディ・メルヴォワンとキーボーディスとのリサ・コールマンもそんな女子達の一員。(”KISS”のプロモピデオでおやおやという顔をしてギターをかきならしているのがウェンディ)。プリンス一家のメンバーとして、スーパースターに登り詰めて行ったプリンスを支えました。
また、二人は「お仕事」枠を超えて音楽漬けのプリンスに付き合い、セッションを楽しむ仲間でもありました。父が共に腕利きスタジオミュージシャン集団、レッキングクルーのメンバーで(ザ・ビーチボーイズの名盤“Pet Sounds”にどちらもクレジットされています)、音楽が家に溢れみんなで集まって演奏するのが日々の楽しみという環境に育ったオープンなカリフォルニアガール達とすごすのは、プリンスにとっても居心地がよかったようです(ウェンディの双子の妹、スザンナが当時の恋人だったことも親しさのの理由になっているかとは思いますが)。クラシックを含む二人の幅広い音楽コレクションもお楽しみのひとつ。コメディ映画の笑いどころな場面でちょこっと使われてたのを聞くまで、ラヴェルの『ボレロ』の存在を知らなかった殿下です。知らない音に出会える格好の機会だったのではないでしょうか。
楽器演奏、ソングライティングも自己流、譜面がダメというプリンスにとって、きちんと音楽教育を身に付けた二人からでてくる音は新鮮だったようです。コントロールフリークと言われつつも、メンバーの持ち寄るアイデアに耳を傾ける人でもあった彼は、二人から得たインスピレーションを作品に仕立てています。その最たるものが、二人が作曲者としてクレジットされた ”Sometimes it snows in April” (アルバム ”Parade” 収録)。いわゆるプリンス色とは異なる色合いの静謐なバラードは、数多いプリンスの作品の中でもファンに愛される一曲となりました。
夜遅くまでウェンディとリサの家で楽しくすごし、ソファベットを借りて泊まっていくこともあったとか。名声とかおカネ、世間のわずらわしいことからちょっと逃避し、ボスとメンバーという関係性も忘れて、ただ無心に音楽を楽しむ。殿下にとっても、Golden Daysだったのではないでしょうか。
突然だったザ・レボリューション解散後、二人はウェンディ&リサというデュオを結成、自分達のカラーを押し出してゆきます。プリンスと一緒にいた頃にはできなかった繊細さ、リリカルな面を開花させた一方、追求したのが彼女達流のファンクネス。今回ご紹介するのはそういった路線の一曲。音作りから関わってリアルにファンキーな音を作る女性は今でもほとんどいないのが現状ですが、コケティッシュでファンキーという、女子にしかできない音楽になっています。
聞いてみたい方はこちらでどうそ。ライブバージョンです。
最近の二人は、テレビドラマの音楽製作でも名を知られています。有名なのは、日本でも話題になった『ヒーローズ』でしょうか。しかし、個人的に偏愛しているのは、エミー賞を受賞した『ナース・ジャッキー』のテーマ。2分足らずのごく短いものですが、クレバーさとファンクネスが見事に一体化、氷のような冷たさと地の底から沸き上がるようなグルーブに圧倒されます。男たちが作る バリバリゴリゴリ度が上がるほど閉じてゆく密室ファンクとは逆の、どーんと開放感がある、腰を動かさずにはいられないファンク。年齢を重ねたからこそできる、いい意味での図太さもあって、誰にもなし得なかったすごい音楽だと思います。プライベートでのパートナーシップは解消してしまったけれど、二人の作る次の音が楽しみです。
聞いてみたい方はこちらでどうそ。
GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.
大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。