フランスで旋風を巻き起こしている歌手がいます。ルアンヌ・エメラ。18才、天涯孤独の身の上。笑顔がチャーミングな、健康的な Girl Next Door。テレビの勝ち抜きオーディション番組でセミファイナリストになった時に見いだされ、演技経験はゼロながら映画 ”La Famille Bélier” に出演。耳の不自由な家族の中ただ一人健常者である歌手志望の娘を熱演し、映画は大ヒット、彼女自身もセザール賞の新人賞を獲得。満を持して発表したファースト・アルバムもフランス国内チャートで1位を獲得、と、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのニュー・スターなのです。
強い、のびやかな声の持ち主で、タワレコのフランス・コーナーに並んでいる作品群の歌声とは一線を画しています。ファースト・アルバムに納められている曲も、アメリカやUKのチャート上位にいるガール・ポップと「違い」を感じません。コトバがフランス語なだけで、こだわりの洋楽派でなければ抵抗なく受け入れてしまいそう。「Made in France」というラベルなしでも、世界のあちこちでエアプレイされる可能性を持つ歌声が、国内からひょっこりでてきたということもウケている理由かもしれません。
しかしここまでの熱狂をルアンヌ嬢が引き起こしたのは、ホコリにまみれていた往年のフランス産ポップスをカバーしたことにあるようです。出演した映画では70年代フランスで一世を風靡した歌手、ミシェル・サルドゥのヒット曲がいくつも使われていて、ルアンヌもピアノ伴奏のみといった簡素なセットで歌っています。歌詞が映画のストーリーと呼応して感動を呼ぶところもあるのだけれど、この「歌い直し」がとても新鮮だったのです。
例えば、映画の主題歌ともいえる”Je Vole”。センチなメロディーがあの当時の男性歌手にありがちな堂々とした調子で歌われ、「語り」が半分ぐらいを占めるという、いかにもフランスなドラマチックな仕立てなのがオリジナル。
ルアンヌはオリジナルの大げさなな部分を削ぎ落とし、大スターへのリスペクトうんぬんもどこかに置いて、自分の声いっぽんだけで向き合いました。曇りのない声質を最大限に活かし自分らしく素直に歌って、説得力のある歌に生まれ変わらせたのです。ルアンヌの歌のおかげで、フランスは、サルドゥに代表される良くも悪くもこの国らしいポップ・ミュージックを様々な形で楽しんでいるようです。華やかなりし頃をリアルタイムで経験した人々は今の歌い手の解釈の違いや、蘇った歌そのものにときめいている。懐メロとしてしかサルドゥをしらない世代は、今まで経験したことのないフランス産のメロディーとの出会いを楽しんでいる…。
個人的には、ルアンヌの歌い方が今のフランスを写しているようで興味深い。小さい頃からR&B主体のアメリカのヒットチャートの音楽があってビヨンセがアイドル、な普通のフレンチ・ユースのリアルな姿が見えるのです。湿り気を嫌うヒップホップを浴びて育った世代から、甘さはあっても泣き濡れていたりしない新しいフランスのポップ・ミュージックが生まれてくるように思います―好き嫌いは別にして。
日本のフレンチ党のみなさんはどんな印象をもつのでしょう?サルドゥ氏、歌の題材のチョイスでしばしば物議をかもし左岸派びいきからは眉をしかめられる存在だそうですが。
聴いてみたい方はこちらからどうぞ。
https://youtu.be/McF-ZsJi9Qo
ミシェル・サルドゥ―のオリジナルはこちら。
https://youtu.be/y9vrFrtbzLs
映画で使われているサルドゥの曲をもうひとつ。アメリカの人気ドラマ『glee』ではありませんが、オリジナルが放っている時代や背景といった臭気をとっぱらって素直な歌声で歌を蘇らせるという試みが、上手くいっていると思います。ルアンヌのフランス語の息づかいがリアル。
https://youtu.be/-er9ZsnXYkk
オリジナルはこちら。むむむ…
https://youtu.be/2Bv1S2wKxlE
サルドゥの代表曲 ”La Maladie d’amour” は若い頃の沢田研二が全く違う内容の日本語詞を付けてカバーしてます(『愛の出帆』)。こちらは、本家よりおすすめ。
ちなみに映画 ”La Famille Bélier” は、『エール!』という邦題で全国の映画館で封切られるようです。(先月開催されたフランス映画祭2015のオープニングを飾り、観客賞を受賞しました!)
アイキャッチ画像:Georges Biard [CC BY-SA 3.0 ], via Wikimedia Commons
GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.
大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。