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リチャード・ドレイファスのいたアメリカ――懐かしの1970年代の名優たち(12)

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1970年代、アメリカ映画で大活躍をしていた一人の俳優がいた。リチャード・ドレイファス(1947-)である。彼が広くその名を知られるようになったのは、何といってもスティーブン・スピルバーグ(1946-)の映画によってであろう。

『ジョーズ』(1975)では若き海洋学者、『未知との遭遇』(1977)では異星人との交信に憑かれた男を演じることにより、ドレイファスは一躍ハリウッドのスター俳優の仲間入りを果たす。と同時に、スピルバーグ自身も映画界の革命児として頭角を現すことになった、という話は今さら語るまでもあるまい。

しかし、スピルバーグよりも先にドレイファスに目を付けたのはジョージ・ルーカス(1944-)であった。南カリフォルニア大学時代に作った短編映画を劇場用に撮り直した実験作『THX1138』(1971)で興行的に失敗した後、ルーカスが起死回生を図るべく監督した第二作『アメリカン・グラフィティ』(1973)の主役に選んだのは、まだ無名の新人ドレイファスだった。しかし、予想に反してドレイファスは瑞々しい演技を披露し、この映画は60年代の若者たちの青春群像を描いた多くの作品(例えば、バリー・レヴィンソン監督『ダイナー』(1982)など)と比較しても優れているのみならず、ルーカスのその後の演出作品と比べても(といっても『スター・ウォーズ』シリーズしかないのだが)群を抜く出来栄えの傑作となる。この映画の成功によって、ルーカスもドレイファスもその後のキャリアの礎を築き上げたのだ。

だが、実はドレイファスにはルーカスやスピルバーグのような野心的な映画作家の作品は似合わなかったのかもしれない。彼の本当の魅力はもっと素朴な映画の方が味わえるのではないか。そんな風に思うのは、『グッバイガール』(ハーバート・ロス監督、1977)という映画を観たからだろう。何度、新しい男と出会っても必ず捨てられてしまう女(マーシャ・メイスン)。彼女のもとに、風来坊のような男(ドレイファス)がどこからともなくふらりとやってくる。そんな男に魅かれてしまう女。彼女の娘と共に、三人だけの楽しい生活が始まりかけたところで、彼は姿を消す。またしても、男に逃げられたかと思いきや、彼が命よりも大切にしているギターが部屋に残されていることを知り、女は男が戻ってくることを確信する…。こう書くと、他愛ないストーリーであるが、そこに描かれる日常が実に心地よい。この頃のアメリカ映画はこういうごく普通の生活を魅力的に描き出す作品を作り上げることが出来たものだった。

そんなドレイファスのキャリアの中でも異色の作品が、『この生命誰のもの』(ジョン・バダム監督、1981)という作品である。世界的に知られる芸術家ハリソン(ドレイファス)が交通事故のために両手両足が麻痺し、使えなくなってしまう。絶対安静の状態にもかかわらず、「こんな状態ならば生きていても仕方がない。いますぐ病院から出してくれ」と彼は叫ぶ。しかし、院長エマーソン(これを演じるのがあのジョン・カサヴェテス!)は「命ある者を救うのが医者の仕事だ」と、彼の退院を認めない。そこで芸術家は裁判を起こし、それに勝ち、死にゆくために悠々と病院を出て行く…。あくまで己の意志を貫こうとする男。それに対して、医者としての使命に忠実であろうとする男。この二人の果てしない葛藤をドレイファスとカサヴェテスが見事に演じ切っている。ここにあるのは、「人を生かそうとするものが人を殺すことになりかねない」という逆説だ。あまり語られることは多くない作品だが、再評価されてしかるべきであろう(それにしても、映画監督としてはもちろんだが、役者としてのカサヴェテスも本当に素晴らしかった。彼については後ほどじっくりと語りたい)。

1980年代から90年代にかけて、『スタンド・バイ・ミー』(ロブ・ライナー監督、1986)を唯一の例外として(それも助演に過ぎない)、残念ながらドレイファスはヒット作に恵まれなかった。彼の魅力を生かし切れる監督がいなくなってしまったと同時に、アメリカ社会そのものが大きく変貌してしまったのが原因だろう。「スタローン、シュワルツネッガー、ブルース・ウイリスが出て来なければ映画ではない」という風土では、もう、彼のような「余裕のある」俳優を使うことが出来なくなってしまったのは無理もない。それはアメリカ映画にとっても実に不幸な時代であった。その意味で、ドレイファスはアメリカ映画の「古き良き時代」――それはジェームズ・スチュアートとゲイリー・クーパーによって体現されたものだった――を受け継いだ最後の俳優なのかもしれない。

しかし、ドレイファスはいまも俳優を続けており、作品に出続けている。もう一本、彼の代表作となるような作品を見たいと思っているのは私だけではない筈だ。

(*「懐かしの1970年代の名優たち」は、2007年から2010年の間にFrench Bloom Netに不知火検校が連載したシリーズ記事ですが、この度、10年以上の時を経て(?)、復活することにしました。よろしくお願いします)

Top photo by DreyfussCivic – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, 



posted date: 2022/Jan/15 / category: 映画

普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中

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