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わたしの戦争  アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門受賞作『コレット』

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アカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門にノミネートされていたフランスに関する作品に、この度オスカーが授与された(下馬評には上がっていなかったので受賞の知らせには正直驚いた)。どんな作品か紹介しておきたい。

二人のフランス人女性が、連れ立ってドイツのノルトハウゼンにあるミッテルバウ=ドーラ強制収容所の跡地を訪ねる。

黄色いライダーズジャケットを着た、眼鏡の奥の真面目な瞳が印象的なルーシーと、スカーフ使いもおしゃれな背すじの伸びたハンサムな老婦人、コレット。まるで違うタイプの二人を結びつけたのは、この収容所で19才で亡くなったレジスタンス、ジャン・ピエールだ。

ルーシーは歴史を学ぶ学生で、第二次世界大戦の博物館でガイドをしている。ナチスによりドイツへ移送された9000人のフランス人一人一人について記録・編纂するプロジェクトでジャン・ピエールについて書くことになり、彼の移送先の収容所跡に行くことにした。「現場」に足を踏み入れるのはこれが初めてだ。

コレットはジャン・ピエールの妹だ。家族でレジスタンス運動に加わり(子供だったから大したことはしていないと謙遜するが)、3才年上の兄だけが17才で逮捕、連行された。ドイツには一度も足を踏み入れたことがなかったが、90歳にして兄の亡くなった場所を訪ねることにした。

ルーシーにとって、ジャン・ピエールは仰ぎ見る存在だ。当時レジスタンス活動をしていたフランス人は全人口のわずか1%に過ぎない。命を落とす可能性が高い極めて危険な活動に、まだ少年と言っていい年で身を投じたなんて!幼いレジスタンスだったコレットにも「あなたは国のヒーローだ」とためらいなく口にする。

一方、コレットの兄ジャン・ピエールに対する思いはルーシーをたじろがせるぐらい複雑だ。飛び級する程聡明で勇敢でかっこよくて、一家の期待の星だった兄。そんな兄が連行され戻らなかったことは、家族にとって癒えることのない深い傷となった。(軍人の娘で誇り高く立派な人物であった母が苦しみのあまり発した一言を、75年が経った今もコレットは忘れてしまえずにいる。)生きのびた「ぼんやりの妹」でいることが辛いあまり、コレットはジャン・ピエールを誇りに思いつつも自分から遠ざけその死を封印してきた。

しかし、国や世間はそんなコレットの思いを知りもせず、彼女と兄、両親の人生を狂わせたあの戦争をわかりやすいきれいな文句で片付けようとする。「恐ろしい過ちは二度と繰り返しません。平和のために手を携えてまいります。」嫌になるほど繰り返されてきたこの手の「正しい」言葉に、コレットはもう我慢できなくなってきている。

鳥のさえずりが聞こえるうららかなある日、二人は強制収容所の跡地に足を踏み入れる。当時を伝えるものはそう残されていない。しかし、この場所について学んできたルーシーの助けも借りて、コレットはジャン・ピエールの最後の日々がどんなものであったかを知ることになる。

事務書類に残された記録によれば、2月に移送されてきたジャン・ピエールは死んでもすぐ補充できる労働力として地下兵器工場で24時間勤務を強制され、6週間後に死んだ。亡骸は焼却され、捨てられた。

アルバムに残された写真からもその意気軒高ぶりが伝わる若者は、収容所で名前を持たない使い捨ての人員となり、すり潰されて消えてしまった。そんな恐ろしいことを真顔で企画・実行した戦争の圧倒的な事実を前に二人は立ちつくし、涙を流すばかりだ。しかし二人の涙によってジャン・ピエールは匿名の死から救い出された。

コレットも、兄の死を受け入れることにより75年抱えてきた懊悩から、「犠牲を払ったレジスタンス一家の娘」という重い肩書から解放されたのではないか。これからは、兄の苦しみを思って泣くことも、あの戦争の只中で少女だった自分について考えることもできる。誰にも話せなかった私と兄のことを知っていて、兄のことを書き残してくれるルーシーもいる。コレットにとってまた別の「戦後」が始まる。

この映画はここで見ることができます(フランス語、英語字幕付)

※解放直後の収容所を撮影したかなり厳しい状況の映像が、ぼかしなしで数カ所挿入されています。ご留意ください。

Top photo by Los Angeles Times, Public domain, via Wikimedia Commons



posted date: 2021/May/06 / category: 映画

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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