テレビで映画を見る楽しみは、予期せぬいい出会いがあること。たまたま出くわしたそんなフランス映画を1本をご紹介したい(ある程度ストーリーに言及するのでご注意ください)。
主人公カミーユはパリに住む女優、40才(本編の監督で脚本も手がけたノエミ・ルヴォウスキーが演じている)。美魔女とはほど遠く、Z級スリラーの殺され役などして暮らしを立てている。25年連れ添った夫との間に二十歳を超え独り立ちした娘が一人。外に女がいる夫から離婚を切り出されている。ブルーな毎日を乗り越えるのにお酒が手放せない。
大晦日、友達の家で開かれたパーティで飲んで踊って昏倒したカミーユは、病院のベットで目を覚ます。新しい年はもう来たらしい。様子を見に来たナースが真顔でとんでもないことを言う。「ご両親が迎えにくる」って、どういうこと!!そして15才の頃の New Year’s Day にタイムスリップしてしまったことに気がつくのだ。
鏡に映る自分の姿は相変わらすくたびれた中年オンナ、おつむも気持も目覚める前と変わりはない。病衣からマドンナ風の重ね着ファッションに着替えた自分ははっきりいって悪い冗談にしか見えない。けれど、他人から見れば15才の女の子でしかないらしい。
あの頃の元気な両親と再会して感激するカミーユだが、間もなく16才を迎える自分に起こることを思うと現状を手放しでは喜べない。彼女の波乱の人生は16才の年にスタートしたのだ。夫となる同級生の彼と出会い妊娠、出産。演劇とも出会い、舞台に立つ喜びも知った。そして、突然の病で母を失った(妊娠発覚が死の引き金をひいたと今も思っている)。またあの怒濤の日々を経験するのだろうか。
はからずも40才にしてもう一度生きなおすことになった15才のガールズライフは身にしみることばかり。コスプレでないリアルタイムの80年代ファッションを着こなすクラスメート達はまるでオコちゃまで、一生懸命で、かわいい。
共働きで堅実に暮らす両親が、アーパーな一人娘である自分に注ぐ愛情がひしひしと伝わる。バカだったからちっともわからなかった。ふくよかできれいでやさしいママン!何気ない一言がどれも愛おしい。(夜、仕事帰りの母と娘が語り合うシーンはこの映画の白眉でもある。)
彼(お肌がすべすべ)が自分に寄せる、記憶していた以上に直球な思いも胸に迫る。そして芝居のおもしろいこと!学校行事の一つとして参加したゴルドーニの古典喜劇の台詞がこんなに新鮮に響くなんて。全てを知る40才の自分を意識しつつも、時にティーンエイジャーに戻ってじゃれあううちに、カミーユの顔つきが変わってゆくのがおもしろい。酒浸りのくたびれた顔に、いきおいと表情が戻ってくるのだ。シワもたるみもそのままなのだけれど。若いコに混じった若いカッコの40才がサイトギャグから違和感ない存在に見えてくるからたいしたものだ。
しかし、日々をエンジョイしているわけにもいかない。ことが起こってしまう前に未来をもう少しましなものにできないか。カミーユはじたばたしてみるのだが、人生の筋書きを大きく変えることができないことに早くも気付いてしまう。彼の求愛を受け入れここで妊娠しなければ、未来にいる娘が消滅してしまう!。少し違いを生じさせてはみたものの、カミーユは結局16才だったときと同じことをもう一度経験するはめになる。
そして再び昏倒したカミーユは、21世紀の新年の朝、友人の家のベットで目を覚ます。タイムスリップを経験しても、結局世界は何も変わっていない。過去にいる間にかすめとった一つ二つのちょっとしたいいことをのぞいては。
変化があったとすれば、それはカミーユ本人の胸のうちだろう。リフレッシュした、アップデートしたという意味の変化とは違う。むしろ「私、年を取った」というのが正直なところではないか。何が何だかわからないまま過ぎたあの日々を自分の意志で生きたことで、彼女は覚悟を決めたのだ。16才から積み重なったいろいろなこと―ままならなかったことも今直面していることもひっくるめ全部抱きとめて生きてゆく、私を全うする覚悟を。
そしてカミーユはある決断をする。それがどんなものかは、ぜひ映画をご覧になって確かめて頂きたい。それを語る彼女の言葉も含め、フランスでしか作れない映画だと思った。「タイムスリップもの」を作っても、一味違うのだ。
80年代の学生生活が映画の大半を占めるだけあって、部屋の壁に貼られた切り抜きから流れる音楽までそのころのアイテムが満載だが、特に印象に残ったのが当時世界中でヒットした、Katrina & The Waves の “Walking on Sunshine”。恋に夢中なキラキラした女の子の気持をストレートに歌ったアッパーなポップ・ソング。21世紀の大晦日では元気なあの頃を思い出させ、オバ達を踊り狂わせる懐かしのダンスチューンとしてパーティでかかっていた。タイムスリップ先では、今のアタシ達の気分を代弁してくれる、流行の曲として流れていた。
映画の終盤、New Year’s Day の朝に友人の家を出たカミーユを捉えた映像が挟み込まれる。降り注ぐ朝の光を浴びて誰もいない雪の積もった街路をひとりゆく彼女の後ろ姿を見ていると、この曲が頭の中で流れてしようがなかった。何もいいことなんかないんだけれど、「ね、いい気分じゃない!」と自分を奮い立たせ口角上げて前を向ける大人の底力を感じたのかもしれない。
“Walking on Sunshine” とはこういう曲です。80年代当時の映像でどうぞ。
https://youtu.be/iPUmE-tne5U
映画の中でタイムレスな音楽としてバルバラの曲が2曲さりげなく使われていたのも印象的だった。歌詞の内容から、二人が歌う場面でセレクトされたのがこちら。
https://youtu.be/Ud-cdE48v1w
GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.
大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。