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終わらない悪夢—ワインスタイン事件の爪痕

text by / category : 映画

突然飛び込んできたニュースに目を疑った。ハーヴェイ・ワインスタインといえば、押しも押されぬハリウッドの大プロデューサー。90年代から新しい文系エンターテイメントのヒット作を続々と世に出し、アカデミー賞レースの常連として君臨。手がけた作品は個人的にも楽しませてもらってきた。 熱心な民主党支持者としても知られ、映画界においてもリベラルな人達のうちの一人だと信じて疑わなかった。が、20数年にわたり数知れない女優・モデル達に警察沙汰レベルのセクシャル・ハラスメントをし続けていたとは。

告発に踏み切った女優達のそうそうたる顔ぶれにも驚く。アンジェリーナ・ジョリー、グウィネス・パルトロウ、アーシア・アルジェント、ミラ・ソルヴィーノ、ロザンナ・アークエット、ローズ・マッゴーワン、アシュレイ・ジャッド…とまだまだ続く。多くはワインスタインと一緒に仕事をした人達だ。

ハリウッドの公然の秘密と言われ幾重もの沈黙の壁に守られてきたことを公の場で語るのは大変勇気のいること。ワインスタイン絡みの映画でスターになったあの人もこの人も口をつぐんでいるだけでなのではないか、と思うとぞっとする。また、このプロデューサーとのおぞましい「打ち合わせ」のおかげでエンターテイメントの世界で生きることをあきらめた無名の女性達もいるという。言葉もない。

フランスの女優達も告発の輪に加わっている。レア・セドゥは2012年に起こった出来事を公にした。2013年にカンヌ映画祭でパルム・ドールを授与され、世界中に名前が知れわたる前のことだ。

あるファッションショーでセドゥはワインスタインと初めて会い、映画に出ないかともちかけられた。ワインスタインの宿であるホテル・プラザ・アテネのロビーで彼の女性アシスタントも交えて急ごしらえの打ち合わせをした後、自分のスイートで飲みながらもうちょっとつっこんだ話をしないかとワインスタインが提案してきた。何か別の意図があるのでは…とイヤな予感もしたけれど、相手はハリウッドきっての大プロデューサー。まだこれからという立場の女優として断りきれなかった。そして予感は的中する。部屋に足を踏み入れたとたん、女性アシスタントは退席。ワインスタインと二人きりにされてしまった。カウチに座って仕事の話を再開したものの、どうも雲行きがあやしい。こちらを見る目つきに、言葉のはしばしに隠しきれない「別の意図」が漏れ出ている。そして、やにわにワインスタインは飛びかかってきた。無理矢理キスしようとする。6フィート、100キロを超える巨漢を押しのけようととにかく必死で抵抗し、部屋から飛び出した。どうやって逃げおおせたのか、実際にキスされてしまったのかも今となっては思い出せない。ただただ無我夢中だった。

セドゥが体験したことは、ワインスタインの典型的なセクハラのパターンにきれいにあてはまる。将来有望なスター候補の女優やモデルに仕事の話をしようと声をかけ、ホテルのロビーといった人目のある場所で打ち合わせをする。それから、プライベートな場所でもっと具体的な話し合いをしようと提案する。彼の会社の女性重役や、女性アシスタントも同席すると言い添えて。女性も参加するならとガードを緩め指定された場所に行くと、悪夢が待ち受けている―。高級ホテルの一室やワインスタインの会社オフィスと国や場所によって多少のバリエーションはあるものの、この年期の入ったパターンを使ってハリウッドの大ボスは欲望を満たしてきた。

おとりに使われた女性アシスタントや重役達はもちろん、ワインスタインの会社の人間はボスが何をしているかは承知していた(セクハラの被害にあったという臨時職員の訴えも会社には届いていた)。が、逆らえば完璧につぶされるのは火を見るより明らかだ。お抱えの強力なリーガル・チームから悪い噂を書き立てるタプロイドのゴシップページ、コネと政治力を総動員した熾烈な追い込みが待っている。加えて、雇用契約書に含まれた一文—秘密保持条項—が口を封じてくる。見聞きしたことはつまびらかにしないという契約に違反すれば、巨額の賠償金を支払うよう求められる。結局、息を殺して耳を塞いで扉の奥で起こっている事を無視するしかない。そうして20年以上もの歳月が流れた。

誰も声をあげなかったわけではない。2015年、ミス・イタリアコンテストのファイナリストでモデルのアンブラ・バッティラーナ・グティエレズはニューヨーク警察の協力を得て隠しマイクを装着し、彼女に二度目のセクハラをしつこく試みようとするワインスタインの声の録音に成功する。が、立派な証拠も手にしたにも関わらず警察は捜査を打ち切ってしまう。突然タプロイドがグティエレズの過去について怪しげな噂を書き立て、信用ならない人物に仕立てあげたのも大きかった。なぜイタリアのローカルなネタがこのタイミングでニューヨークのゴシップページに溢れたのか、考えてみるまでもない。関係者が歯噛みする中、このケースは葬り去られた。

今回大々的に事件を報じた雑誌『ザ・ニューヨーカー』の記事は、ワインスタインの悪行を糾弾するだけでなく、被害にあった女性達の生々しい声を伝えている。レイプの被害を訴え出た女性達が共通して語るのは「屈服してしまったこと」への強い自責の念だ。

イタリアの女優で映画監督のアーシア・アルジェントは語る。1997年、21才の売り出し中の女優だったアルジェントは、主演した映画の配給先ミラマックス社からパーティを開くからとリヴィエラのホテルに呼び出され、気がつけばバスローブ姿の社長ワインスタインと二人きりにされてしまった。マッサージをするよう求められ、いやいやながらもイエスと言ったとたん、襲いかかってきたワインスタインに好きなようにされた。どうやったらこのおぞましいことが終わるかと必死に考え、抵抗するのを止めその気になったかのように演技をしてみたが無駄だった。それから5年間、彼女をいいお友達に見立てた一方的な関係が続けられた。

「最初の事」の後は合意の上でのことだし、おかげでいい目も見たんだろうと言われてもしかたがない。(ミラ・ソルヴィーノ、ロザンナ・アークエットはリクエストを拒否したためワインスタインが影響力を行使し、仕事の上で報復されたと言われている。)でも、応じざるを得なかった、というのが本音だ。

ワインスタインは一女優のキャリアをつぶす事など朝飯前。仲間達と一緒に作り上げた映画の命運だって握っている―逆らうことはできなかった、それも事実。が、そんな筋の通った理由だけでは私の気持は説明できない。なぜ拒めなかったのか―それは、あの日ワインスタインに身も心も打ち負かされてしまったから。20年経つ今も、あいつの姿を目にするだけで、でっかい男に組み伏せられたあの日の無力な女の子に戻ってしまう。なぜ抵抗しなかった、なぜ何もできなかった、と今も自分を責めずにおれない。あの日あいつが私の体にしたことは相手が誰であっても二度とされたくない。言葉にするだけで震えが止まらない。

主演・監督した半自伝的作品『スカーレット・ディーヴァ』の中で、アージェントは悪夢を再現した。若い女優、ホテルの部屋、彼女を追いつめる巨漢のプロデューサー。決定的に違うのは、女優が無事に部屋から逃げ去る点だ。婉曲な告発でもあり(あれはワインスタインのことねとたくさんの女達が声をかけてきた)、「あの日」から開放されたいという彼女の切なる願いの現れとも取れるこのシーンを見ても、当のワインスタインは少しも動じなかったそうだ。

レア・セドゥは、ワインスタインとの一件についてごく親しい友人には打ち明けたものの、沈黙を守った。「とにかくワインスタインから離れていること、口をきかないといけない場合は丁寧に」いうエージェントの言いつけを守って。同じ業界にいる以上、この大物に遭遇しないわけにはいかない。かつて自分にしたことと同じことを目論んで相手を品定めし、例のパターンに持ち込もうとしているワインスタインの姿を何度も目撃したという。

しかし今や流れは変わった。ワインスタインの会社の人間も、匿名ではあれ取材に応じ、告発に加わり始めた。秘密保持条項違反でを訴えられるリスクを承知で。これもアメリカ社会のセクシャル・ハラスメントに対する考え方が変わり、被害者の声にきちんと耳を傾けるようになってきたためだ。名声と強い力を持っている相手にも、女性達は声を上げはじめた。結果、テレビの看板ニュースキャスターに超大物コメディアンといったセレブリティから現アメリカ大統領にいたるまでその所業が暴露され、場合によってはそれなりの社会的制裁を受けるようになった。

ワインスタインのスポークスマンは、ワインスタインが「問題」を抱えておりリハビリ施設での治療を必要としていると認めつつも、今回の女優達の告発を否定し、「全ては合意の上でのこと」とコメントしている。しかし、世間は報いを受けさせようと動き出した。ワインスタインは自分の会社から解雇されたばかりか米国アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーからも追放され、これまで手にしてきた名声と栄誉をひっぺがされようとしている。

何十年も見過ごされてきた犯罪が怒濤の勢いで裁かれてゆくのを見ながら、今月ついに本名を名乗って告発をしたあの人のことを思わずにはおられない。日本は変わることができるだろうか。

アイキャッチ画像:Harvey Weinstein at the 2011 Time 100 gala.

 



posted date: 2017/Oct/26 / category: 映画

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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