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『フランス、幸せのメソッド』 セドリック・クラピッシュ監督

text by / category : 映画 / 政治・経済

『フランス、幸せのメソッド』という邦題がつけられ、『プリティ・ウーマン』的なオシャレな玉の輿映画をイメージさせたいようだが、そういう類の映画では全くない。原題は的確に映画の内容を表している。”Ma part du gâteau” (私のパイの分け前)である。ちなみにフランスは国の名前ではなく、主人公の女性の名前である。

フランス、幸せのメソッド [DVD]リスク社会論のウリッヒ・ベックが「ブーメラン効果」について論じている。自分には関係がないと思っていたところから思わぬ危害がはねかえってくることだ。経営者は、労働者が不満を言い、騒ぎを起こしたら解雇すればいいと安易に考えてはいけない。格差を放置すると治安の悪化が起り、若者は子供を作らなくなり、税収が落ちる。分厚い中間層が存在しないと経営者たちが生産するものを消費してもらえない。経済学者のスティグリッツも「独占的な私利の追求によって経済全体が傷つく」と警鐘を鳴らす。

第三世界の貧困など他人事と思っていたら、テロリストが飛行機をハイジャックして高層ビルに突っ込んでくる。原発は地方におしつければよいと思っていたら、原発が爆発し、放射性物質がまき散らされる。それでも見たくないものを強引に遮断し、高い塀を巡らせた「ゲーテッド・コミュニティ」に住むという選択もある。実際、そういう場所が世界には存在する。それでも誰かしら身の回りの世話をしてくれる人間を雇う必要があり、外の世界と接触せざるをえない。介護士や家政婦や運転手が刺客として家に入りこむかもしれないのだ。

『フランス、幸せのメソッド』のテーマのひとつはこのブーメラン効果と言えるかもしれない。まさに外界とは別世界の豪奢なマンションに住む敏腕トレーダーのステファンは、ロンドンの金融街シティとパリ郊外のデファンス地区を行き来しながら仕事をしている。シティは金融立国イギリスの顔であり、イギリスの富裕層の上位1%の3分の2が金融関係者だという。ステファンは何人目かの家政婦を雇うことになるが、それが主人公のフランス(国名ではなく女性の名前)だった。フランスは長年勤務していたダンケルク(仏北部)の工場の倒産で仕事を失い、自殺を試みるというショッキングな出来事で物語は始まる。そして彼女の家政婦としての新しい仕事先がステファンのマンションだった。彼女が工場労働者のままだったらステファンには会うことはなかっただろう。

先進国では製造業が凋落し、情報産業やIT技術をもとにグローバルに投資する金融業が盛んになった。金融機関のトレーダーのような中核エリートの生活を支えるのに、単純事務作業員やビル清掃員、コンビニや外食産業の店員などの周辺労働者が必要になる。介護士や家政婦や運転手もこれに加わるだろう。このような対面的なサービス業はアウトソーシング出来ない。先進国の都市でも多数派は周辺労働者となり、格差の拡大が職種として顕在化する。したがって「ウォール街を占拠せよ」のスローガンにもなった「1%と99%」が接触するとすればこの関係である。今年、日本でも大ヒットした『最強のふたり』では介護士が全身麻痺の金持ちと出会い、この映画では家政婦が金融エリートと出会うのである。

株や債券の指数はめまぐるしく動き、トレーダーはその一瞬のチャンスを狙う。ターゲットにする企業の弱みを調べ上げ、カラ売りを仕掛ける。金を生む動きや弱みがあればそこに食いつく。それが原因で会社が潰れようが、多くの労働者が仕事を失おうが関係がない。要は儲かれば良いのだ。グローバルな相場は24時間動いているので、いつもそのことが気にかかる。女性と過ごすプライベートな時間でさえ上の空で落ち着きがなく、人間関係をきちんと結べない。ステファンは自分のことを「悪い人間」と自虐的に言うが、金融資本主義の世界はそういうバカバカしい、常識と日常感覚と全くかけ離れた原理で動いている。彼はその虚構に振り回され、人格にまで深く影響を受けざるを得ない。

実際、ステファンが仕掛けた相場によって、フランスが働いていた工場が中国に移転を余儀なくされ、労働者1200人が解雇される。ステファンはそれを笑いながら冗談のようにフランスにうちあける。彼にとってそれはひとつのゲームの結果に過ぎないが、トレーダーのクリックひとつで遂行される投機のゲームは、何千人もの労働者が虫けらのように踏みつぶされる状況を引き起こす。人は組織の専門的に細分化された場所で仕事をしていると、自分の行為の結果が他者にどう及ぶとか想像力が働かなくなる。そのように行動する客観的な自分の姿も見えなくなる。

それゆえ、仕事によって得ている破格な報酬も「当然の取り分=’ma part du gateau’」(ステファンが実際そういう台詞を吐く)と思い込めるし、他者に対して非情にもなれる。監督のクラピッシュはインタビューで、「今、人類は大きな分岐点に立っていると感じて、それを表現すべきだと思った」。「この作品の脚本を書いている時、金持ちと貧乏の対比ではなく、むしろバーチャルとリアルの対比を描こうとしたんだ」と語っている。格差の恐ろしさは所得の差と言うより、思考がバーチャル化してリアルな他者に対する想像力が働かなくなることなのだろうか。それは他者に不幸をもたらすだけでなく、自分の幸福感をも奪っているのである。一方でフランスも中国の経済成長とフランスの片田舎にいる自分の悲惨な現実が結びつかない。今や個人は国境を越えたグローバルな力に巻き込まれざるをえないが、それは個人の日常のサイズを超え、リアルな相手が見えないだけに、国境が取り払われたグローバルな競争と言われても実感が湧かない。これも一種のバーチャルなのだろうか。

クラピッシュはラストシーンですべてをひっくり返す。フランスは咄嗟にステファンの子供を連れだし、それに対する彼の「人間的な行動」に期待する。ステファンにダンケルクまで来て、ステファンのトレードの結果起こったことを見てもらおう、彼女の仲間たちに誠意を持って謝罪してもらおうと思ったのだ。ステファンはさすがに自分の子供に激しい執着を見せるが、それは全くエゴイスティックなものだ。子供を「かすがい」にした「金持ちも貧乏人も同じ子を持つ親」という図式は成り立たない。それが唯一の希望だったのに、結局彼らのあいだに共有されるものは何もないことを絶望的に思い知る。ステファンは警察を呼ぶという最悪の選択をする。そしてフランスは単なる誘拐犯に貶められる。

その騒動の中でステファンと妻のメロディは和解する。彼らの和解が最後の重要なシーンになると思われたが、見ている者は二人の関係修復に感情移入できなくなり、警察を呼んだ彼らを「所詮はこういうやつらだ」と思うしかない。さらにステファンは思わぬ形で自分が危機に陥れた労働者たちと対峙することになる。「俺一人でやったわけじゃない」とステファンは叫ぶ。自分はシステムの一部にすぎない、自分もシステムの被害者だとでも言いたいのだろうか。明らかにステファンには、2008年1月に起きたソシエテ・ジェネラルの不正トレード事件で、7600億円の損失を出し、逮捕されたジェローム・ケルヴィエルも重ね合わせられている。

『フランス、幸せのメソッド』 セドリック・クラピッシュ監督 インタビュー(excite.women)

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posted date: 2012/Dec/10 / category: 映画政治・経済
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