スペイン風邪についての本を読んでいると、罹患した著名人が登場し「この人が」と驚かされる。例えばアメリカの小説家、キャサリン・アン・ポーター。不勉強で、彼女に付き添っていた恋人共々スペイン風邪に倒れたとは知らなかった。
今から何十年後に書かれるであろうCovid-19についての本にも、罹患した有名人の名前が連ねられるかと思うと胸が塞ぐ。高田賢三もその一人として登場するのだろう。しかし、その死者のリストにアルベール・エルバスが加わることになるなんて、全く思いもよらないことだった。よりにもよってなぜ彼が…?
アルベール ・エルバス。丸っこい体型と蝶ネクタイ、眼鏡の奥の優しい青い瞳が印象的な現役のファッション・デザイナー。今年1月に自らのブランド、AZファクトリーの立ち上げを発表、まさにこれからというところだった。Covid-19は彼のキャリアも人生も一閃で断ち切ってしまった。
エルバスのこれまでを多少とも知るものとしては、なぜここまで彼が理不尽に翻弄されなければならないのかと思わずにはいられない。二度も崖から突然つき落とされるような経験をし、這い上がってきた人だからだ。
アルベール・エルバスは1961年モロッコに生まれた。生後8ヶ月で移住、イスラエルで育つ。家計は苦しく家にあるおもちゃは親が持っていたチェスがあるきりという子供時代だった。(美容師だった父の商売道具であるアルミホイルを使って、チェスの駒一つ一つに違うデザインのドレスを作って遊んでいたそうだ。)15歳の時に父が亡くなり、母がスーパーでレジを打って家族を支えた。絵を描く人でもあった母は、想像力豊かで7歳の頃からデザイン画を描いていたアルベールのよき理解者だった。デザインを大学で学び兵役も終えた彼は、ファッションの世界での夢を追うべく、母から贈られた800ドルを手にニューヨークに移り住む。
ガーメント・ディストリクトで花嫁の母が結婚式に着るドレスのデザインをする下積みの日々を送った後、エルバスは当時のアメリカの大物デザイナー、ジェフリー・ビーンのアシスタントとしてついにファッション業界の最前線で働くようになる。御大の下で7年間服作りについて多くを学んだ後、1997年エルバスはパリに移住する。ギ・ラロッシュのプレタポルテラインのヘッド・ディレクターとしてブランドを任されたのだ。存続しているものの眠ったような状態だったかつての人気ブランドでエルバスが発表したコレクションは、爽やかな風を吹かせた。パワースーツのような強いイメージが時代の主流である中、チュールや繊細な作りの花のモチーフをあしらい清新なフェミニティを打ち出したエルバスのデザインは、業界はもちろんのこと「次」を探す世界中のバイヤー達の間で大反響を巻き起こした。
エルバスのコレクションに感嘆した業界人の中に、イヴ・サンローランとピエール・ベルジェがいた。1998年、エルバスはプレタポルテ・ライン「リヴ・ゴーシュ」のクリエイティブ・デザイナーに就任する。年齢的にも引き継ぎを考えていた二人にとって、エルバスこそサンローランが提案してきたファッションの世界観を受け継ぎ、展開してゆくことができる才能であると見込んだのだ。サンローランが引退すれば、エルバスがその後継としてサンローランの王国を引き継ぐことになっていた。最初のコレクションでは、サンローランが「リヴ・ゴーシュ」を立ち上げた時に提案したような、しなやかでシックで繊細な華やかさのあるリアルクローズがランウェイを彩った。サンローランのモードの精神はエルバスの手で次の世紀へ受け継がれてゆくーめでたしめでたしとなるはずだった。
しかし2000年1月、事態は一変する。グッチがサンローラン社を買収、クリエイティブ・ディレクターにはトム・フォードが就任する。王座どころか居場所そのものがもはやなくなり、エルバスは解雇の身となった。「パリで有名なファッションデザイナーになる」という子供のころからの夢を他人の思惑によりあっさり潰されてしまった彼の心境はとても想像できない。ファッションの仕事を続けるかどうか考えるところまで追い詰められたそうだ。
2001年、エルバスは思いがけないところからオファーを受ける。台湾のメディアグループがフランスの老舗ブランド、ランバンの経営権を取得しエルバスにクリエイティブ・ディレクターにならないかと打診してきたのだ。19世紀末にジャンヌ・ランバンが「母娘で一緒に楽しめるモード」を高名な写真家ナダールのスタジオで撮らせたアーティスティックなファッション・ポートレートで提案してからはや100年。ロングセラーの香水を売るため看板は維持しているがアパレルについてはメンズラインを細々と展開するだけ、という「死に体」のブランドで、経営陣もファッションについては不案内。デザインを縛る創始者のレガシーの重圧も、ビジネスサイドからの口出しもない。実質的にほぼまっさらな状態のブランドを再出発させるという冒険に、エルバスは乗り出した。
当初ノーマークだった新生ランバンのコレクションは、エルバス流の「チャーミングな女性」のイメージを全面に打ち出し、ファッション業界の耳目を集めるようになる。ベロアやチュールなどのテキスタイルの独特な使い方や目をひく大ぶりなアクセサリーのあしらい、そして何よりシックとフェミニンさ、遊び心が絶妙なバランスで共存するデザインは「着る人をより知的で魅力的に見せる」と評判となった。レッドカーペットでのドレス姿を写真を撮られることが仕事の一部である映画スターたちは、これを見逃さなかった。特に大ベテランであるがメリル・ストリープが、嬉々として新しいランバンの一着を着こなす姿はブランドの名を世に知らしめるのに一役買った。そして、気がつけばエルバスのアイデアやセンスを「いただいた」ノックオフの商品が、そこかしこのモールでじゃんじゃん売られるようになった(デザインの一部として背中のジッパーの存在を強調したトップスやワンピース、チュールをあしらったパールのネックレスを買い求めた方は多いのではないだろうか)。ランバンはデザイナー、アルベール・エルバスのブランドとして誰もがチェックする旬な存在に返り咲いたのだ。
名実ともにランバンの顔となったエルバスだが、スター・デザイナーに期待される役割を超えてブランドのために働いた。アトリエで働くスタッフも含め彼の下で働く人々は家族も同然と細やかにコミュニケーションを取り、忙しい合間を縫ってメンズ部門のセールス担当の会議に出席し、世界的に服が飛ぶように売れるような状況にない中顧客をどうやってその気にさせるか一緒になって考えたりする。クリエイティブ・ディレクター就任時の契約でランバンの株式の一部を所有しているという立場もあるのだろうが、エルバスにとってランバンはビジネスを超えた手塩にかけた存在であり、デザイナーとしての彼ならではの思いを表現する場だった。
エルバスにとってのデザイナーとは、「服を着る女性たちを輝かせるために奉仕する存在」に尽きる。高級ホテルのコンシェルジュみたいにお困りごとを解決し、お客様の楽しいひとときを実現するために汗をかく人だ(そして仕事が終わればラグジュアリーな世界の一部である勤め先からつつましい日常へ戻ってゆく)。ドクターのように、女性たちが抱える悩みに耳を傾け、よく効くお薬の処方箋を渡して元気になるお手伝いをする人だ。
エルバスにとっての理想の服とは、「女性たちがそれを着た自分の姿を見て自分のことを好きになる服」だ。今を生きる女性たちは仕事に家族との生活とあれこれに追われる日々を送っていて、装うことにたっぷり時間をかけていられない。着るだけで要求されるシーンにふさわしい私に変身できるドレスを提案したい。その「変身」はドレスが着る人より前に出たことで起きたものではない。鏡の中の見違えるような姿はあなたの中に眠っていた美しさであって、ドレスはそれを引っ張りだす手伝いをしただけだ。今のあなたはそのままで美しい。人と比べて気にやんだり、ごまかすことはないーエルバスのそんな思いに応えるかのように、ランバンの大ファンであるメリル・ストリープはこんなコメントを贈っている。「ランバンのドレスを着るとき、私は私自身でいられるのです。それもちょっと上等な私に。(…)私の不安定さ、体重(150ポンドなんです)、身長、年齢ーそんなものにアルベールはびくともしません。アルベールはそんな私を素敵な気持ちにさせてくれるのです。」
しかしまたしても、エルバスは追放の身となる。2015年10月、エルバスをランバンへ迎え入れた台湾のメディアグループのトップはエルバスを解雇する。解雇を通告する手紙が突然届き、スタッフ達への別れの挨拶はおろか私物を取りにオフィスへ入ることさえ許されなかった。その存在なしには再興はあり得なかったブランドの核ともいうべきデザイナーを、経営陣の都合で立ちどころに放り出すーその非情ぶりに業界だけでなく世界中が騒然となった。
なぜこんなことになったのか。経営方針を巡り見解の相違があったからと言われているが、エルバスのデザイナーとしての矜持が経営側の思惑とぶつかったのかもしれない。例えば、ディフュージョン・ラインを作ることをエルバスは認めなかった。メインのラインと比べ価格はぐっとお求めやすく、デザイン的にはブランドらしさを散りばめて「本物」に手が届かない消費者の気持ちを満足させる商品を売ることができるこのラインを多くのブランドは設けているが、エルバスはデフュージョン・ラインを設けることを拒み続けた。「みんながなりたいのはシンデレラ。意地悪な義理のお姉さんになんかなりたくないでしょう。」と本人はコメントしている。その代わりに、手頃な価格のファッションを提供するブランドやファーストファッション・チェーンとコラボレーションする形で、ランバンのデザインを気軽に楽しんでもらおうと試みてきた。
自分が美しいと思えないものを世に出すことにも強く抵抗した。コレクションの2日前に届いたバッグの出来栄えが気に入らず(「大惨事としかいいようのないなものだった」)、ショーの前日にスタッフと一緒に細部のデコレーションの付け外しやデザインの補修など納得行くまで手を入れ、ショーに間に合わせたという逸話が残っている。苦労の甲斐あって問題のバッグはどれもよく売れたという。
また、”IT バッグ”といったコンセプトを嫌い、バイヤー受けする「同じデザインで色違いのアイテムを展開」することも嫌がった(「赤いドレスをデザインするとしたら、”別の色でイメージしてデザインしたドレスの色違い”ではなくその色にふさわしいスタイル、ボディラインのものを作りたいと思うでしょう?」)。
こうした強いこだわりも、芸術家の気まぐれというよりは、着る人のために自分が提供できる最も素晴らしいもの、美しいものを提案したいというエルバスの強い気持ちの表れだといえる。しかし経営側はバイヤーの求めに応えた商品展開でセールスにつなげたいし、企業としてさらに成長するためには“IT バッグ”の一つもデザインして欲しいーいっとき持てはやされた後には見向きもされなくなったとしても。ランバンの復活を一緒に実現したエルバスと経営陣は、ランバンがビッグ・ビジネスになったがゆえに激しく衝突せざるを得なかったのではないだろうか。
長い沈黙の後、エルバスは今年1月ついに自らのブランド、AZファクトリーの立ち上げを発表した。ファッション業界にとって長年負担となっていたシーズンを先取りするコレクションは行わず、最新のテクノロジーを導入したアイテムをプラスサイズを含む幅広いサイズで展開、年齢も体型も個性として着る人を輝かせるファッションを提案した。様々な年齢・体型・人種の女性たちが着こなす彼のデザインは野心的なコンセプトを忘れるほど自然でカラフルでエレガントで、エルバスらしさにあふれていた。これが彼の仕事となってしまった。
エルバスはアイデアの人でもあった。イスラエルで兵役についた時兵士の慰問・娯楽を担当する部隊に配属された彼は、意外なイベントを企画する。若い男性兵士と老人ホームの老婦人とのダンスパーティーを開いたのだ。故郷を離れ兵舎で過ごしている兵士達と、訪れる人もなく孤独に生活するご婦人達との交流は大成功し、毎週行われることになったそうだ。
Covid-19のパンデミックのおかげで、何気なく踏襲してきた「装う」ということを強制的に見直さざるを得ない状況になっているように思う。街行く人の装いが前とはすっかり変わってしまった。目立つブランドバッグの代わりに、ちょっと気の利いたデザインのコットンのエコバッグをもつ人が増え、どこへ行くにもスニーカーは当たり前になった。ファッションの周辺の状況も変わった。いつでも気軽に実店舗でアイテムをチェックすることも、ハレの場におしゃれして出かけたり誰かと会ってお店で楽しく過ごすことも叶わず、オフィスにすら行かない。ロックダウンが行われた国では、「化粧のしかたを忘れた」とか「増量したこともあり何を着て出かければいいか感覚が取り戻せない」という呟きがSNS上に溢れている。着る人のことをいつも考えていたエルバスなら、そんな迷える人々に彼らしいヒントをくれたのではないか。
スペイン風邪に罹患したキャサリン・アン・ポーターは、一時重体となり死亡記事まで用意されたが回復する。漆黒だった髪は白くなり元に戻ることはなかったが、死の淵を覗いた経験をもとにした作品を執筆し90歳で亡くなるまで小説を書き続けた。Covid-19に罹患したエルバスは、もう戻ってこない。Covid-19による死者のリストにもう誰も書き加えたくない、というのが率直な思いだ。様々な思惑を超え手を取り合ってできることはないのだろうか。
アルベール ・エルバスを追悼する動画。一部ではありますが彼の仕事を見ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=OCjzeWckNC8
下記を参照しました。
・”Ladies’ Man” by Ariel Levy “The New Yorker” 2009年3月16日号
・Lanvin and Alber Elbaz: The story of a Breakup” by Vanessa Friedman “The New York Times” (2015年12月17日付)
・“On the Power of Kindness: Alber Elbaz in His Own Words“ “Dazed”
GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.
大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。