「正規雇用が当たり前だった時代は過去のものとなり、すべての人間が契約社員やフリーランスとなる社会へ移行しつつある」とジャーナリストの佐々木俊尚は言う。かつては会社に頼れば何とかなったが、今は自分自身で人生を切り開かなければならない。この変化には否応なしについていかなければならない。そのための知恵と術が「新しいノマド」の生き方である。この新しい生き方は正規雇用から脱落することを意味していない。自らそれを選択するのだから。
アメリカでは、クリエイティブな仕事に従事する人々は過去20年のあいだに激増している。「クリエイティブクラス」と呼ばれるのは、科学者、技術者、芸術家、音楽家、デザイナー、知識産業の職業人たち。21世紀にはアメリカ人の3分の1がクリエイティブクラスに属するようになると言われている。クリエイティブ産業はアメリカの全労働者の所得の半分を占め、1・7兆ドルにもおよび、製造業とサービス業の合計額に匹敵する。ヨーロッパでも今や労働力の20%から30%を占める。 クリエイティブな仕事は必然的にフリーランスという形態をとることが多い。人から仕事を与えられるのではなく、自分で仕事を作り出すからだ。この著作で佐々木が問題にしているのは、サービス関連ビジネスの分野でのフリーランス化である。それはリーマンショック以降顕著になり、WEBデザイン、翻訳、コピーライティング、マーケティング、コンサルタント、リサーチ、会計などの元来独立性の高い仕事から始まり、あらゆる分野に及んでいると言う。
またシリコンバレーを支える思想を論じた『カリフォルニア・イデオロギー』も新しい労働者の出現について述べている。それは認知科学者、エンジニア、コンピュータ科学者、ゲーム開発者などのテクノ・インテリゲンチアである。彼らは生産ラインや機械に置き換えることができないので、社長たちは期限付きの契約で知的労働者を組織する。これらのハイテク・アルチザンは給料が良いだけでなく、仕事のペースと仕事の場所に対してかなりの自立性を持っている。そして結果的に、ヒッピーであり同時に組織人であるような、文化的な区別があいまいな人種が生まれる。この人種もノマドのイメージに近い。
このようなフリーランス化は、現在の労働者が未知の事態に対応することを求められていること、そのためには新しい知識や技術を獲得しながら学び続けなければならないことと関係している。労働者はそのような潜在力を問われている。状況も技術も趣向も刻々と変化していく時代にあって、企業にとってもひとりの労働者を一生囲っておくメリットはない。その都度最適な人材を雇った方が良いのだ。特にサービス産業はそうである。気まぐれで多様な趣向を持つ消費者を相手にしながら、彼らの要求を生産にフィードバックさせなければならないから。 佐々木の言うノマドとはITテクノロジーで武装したフリーランスのことだ。新しいノマドの仕事のやり方は、オフィスを借りずに、まずはスマートフォンを購入することに象徴される。常にメールやサイトをチェックし、GメールやGカレンダーを同期しながらスケジュールを管理する。誰かに命令されるのではなく、積極的に仕事に取り組み、仕事と生活のバランスを自在にデザインする。遊びと仕事の区別がつかないがゆえに、自分を律する能力も必要になる。上司の監視の目もないのだから。
ノマドのように働く「ノマド・ワークス」には3つの不可欠なインフラがある、と佐々木は言う。それはブロードバンド、サードプレイス、クラウドである。この3種の神器が揃えば、都会の砂漠を気軽に移動することができる。サードプレイスとはオフィスでもない自宅でもない、ノマドたちが一時的に身を置く第3の場所のことだ。彼らの特徴は移動しながら仕事をすることであるが、移動しながら最も居心地の良い、仕事のしやすい場所を見つけていく。しばしばスターバックスでPCや参考書を持ち込んで勉強している人や頭をつき合わせてミーティングをしている人々を見かけるが、スタバ的な空間はサードプレイスの典型である。コーヒーが美味しく、趣味の良い音楽が流れ、適度な静かさがある。禁煙で、無償のブロードバンドや電源があることも重要だ。 クラウドは雲のようなコンピュータのこと。その雲の中から様々なソフトやサービスを取り出して使う仕組みだ。これによって、どんな場所、どんな機会であっても、瞬時に自分の仕事場を再現することができる。ノートも書類も要らない。グーグルの技術者たちはiPhone だけをポケットに入れて仕事に出かけるのだと言う。ノマドは物理的に移動するのではなく、どんな場所で仕事をしていてもパーマネントコネクティビティが実現していることがノマドの原理になる。
リーマンショック後、アメリカでフリーランスの仕事は増えたのだろう。しかしそれはコストカットをせざるを得ない企業が要請した働き方や契約の問題であって、スマートフォンやブロードバンドという新しい技術やインフラがフリーランスの仕事を要請しているわけではない。さらに言えばフリーランスを求めるのはあくまで仕事の内容や業態である。もちろんフリーランスの仕事にとってスマートフォンは便利だし、仕事を多少は効率的に、また快適にするだろう。しかしこれまで手を変え品を変えて登場してきた「新しい技術が仕事を一変させる」という言説には少し注意が必要かもしれない。だいたいそういう話は日本で実現されたためしがないし、アメリカでフリーランス化が進みやすいのはもともと雇用の流動性が高いからだ。(続く)
cyberbloom
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