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第10回読書会を終えて:パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』 

text by / category : 本・文学

2022年7月2日(土)、@大阪は読書会メンバーIさん宅にて
読書会の後は、Iさん宅近くのIさんオススメのアジアンフードをtakeoutでいただき、盛り上がりました。
今回Iさん宅の猫ちゃんたちは2匹とも顔を見せてくれず、残念。

 『1941年。パリの尋ね人』 パトリック・モディアノ

2月のあの日から、テレビで、Twitterで最新情報を追い続けている。少しでも良い兆しを探して。そして、日々入ってくるウクライナをめぐるニュースに打ちのめされている。これまで見て読んで聞いて自分の中に蓄積してきた戦争についての断片が、リアルタイムで続々と起こっている。こんなことは二度と起こらないし起こさせない、と繰り返し念じながら読んだ戦時下の体験が、残虐さと鮮明さを増してスマートフォンの向こうからやってくる。(ドクター・ムクエゲが語った、アフリカでのあり得ないほど恐ろしい犯罪も起きてしまった。)しかし、生活が変わることはない。第二次世界大戦中のユダヤ人ゲットー蜂起の最中のワルシャワの街について回想したユダヤ人の言葉を思い出す。ゲットーを一歩出た通りでは、人々が普通に行き来している。ゲットーの中では破壊と惨劇が進行しているのに。自分もまた「外」の人間なのだ。

過去がことごとく再現されてゆく中、最も耳にしたくないし見たくもない言葉がニュースの中で頻便と使われるようになったのは、特に耐え難いことだった。Deport(移送)ーかつてユダヤ人が収容所へ送られることを示した忌まわしい言葉ーが、「ウクライナの人々がロシアのどこかへ連れてゆかれること」を報道するときに復活した。人々の消息は不明なままだ。だからこそ、今Deportについて書かれたこの本を読むことには特別な思いがある。

モディアノが取り上げたのは、第二次世界大戦中の占領下のパリから列車に詰め込まれアウシュビッツ強制収容所へ移送された16歳のユダヤ人の少女、ドラ・ブリュデール。寄宿学校を脱走し行方知れずとなった娘の行方を探す1941年大晦日の新聞の小さな広告に、目がとまったのがきっかけだった。貧しく名もない平凡な少女がどのようにフランスから連れ去られ消えてしまったのか。通常のノンフィクションなら「探偵」たる作者が主役を務め、いかに事実を追いかけ謎が解明されていったかを読ませるスタイルになるのだが、モディアノはひたすら黒子に徹する。

この本でドラについて語るのは、当時書かれた文書と場所の名前だ。大きな戦災を免れたパリは、時代と共に上物は変われど通りも場所も戦時中と変わらず存在する。ドラと家族が住み生活していた場所は、同時代のパリでユダヤ人の若者としてきわどく命を繋いでいたモディアノの父が歩いた場所でもあり、戦争を知らない世代のモディアノが若い頃に訪れた場所でもある。そして今現在もそこに人々が暮らしている。ひとつの場所は、異なる世代の幾層もの人生の断片が重なりあう場所なのだ。意識的にある場所を見ればそこにかつていた人々の存在を想起できること、そして場所を通じて今街を歩くあなたとドラがつながることをこの本は教えてくれる。(添えられた地図と首っぴきで読書する日本の読者に比べ、パリで生活している/していた人は、自分の個人的なパリでの日々を重ねより深い読書をされるのではないだろうか。)

モディアノが探し当てた当時の文書の断片ー警察の記録、事務連絡書類などーは、事務的だからこそ読み手の想像力をかき立てる。年齢・住所といった事実のみを記載した無機的な文から、様々な物語をモディアノは読み取いてゆく。ドラと同じ時期に逮捕、移送された娘達の記録からは、生活も国籍も社会における立場もばらばらな「彼女たち」の姿が浮かび上がる。「移送された若いユダヤ人女性」とひと括りにまとめられ整理された箇条書きの情報の裏に、ひとりひとりの人生が隠されている。

引用された文書にはそれを作成した人がいて、作成を命じた人と共に組織をなし日々弛まず機能していたこと、そして移送を含め組織が実行した個々のタスクの集積がおぞましい大きな目標を実現させたことにも、モディアノは目配せする。日常の一部として人々が淡々とこなした個々の「お仕事」の集積は、占領者が持ち込んだユダヤ人への不条理な仕打ちをフランス社会全体が受け入れ着実に実行してきたことの証なのである。

ドラに直接結びつかないもののドラと同時期に移送された人々や家族が残した文書もモディアノは取り上げ、置かれた状況を生々しく伝える。過剰なほどに詰め込まれたお願い・連絡事項の合間に先の見えない不安が見え隠れする一時収容者の手紙にも圧倒されるが、逮捕された家族の行方を尋ね配慮を乞う嘆願書群には言葉もない。数ページにわたり並べられた、頭を靴先に擦り付けんばかりにへりくだったフォーマルな言葉からは、その下に押し込められた必死の訴えと悲鳴が聞こえてくる。自分が言葉を尽くすよりも、こうした文書こそが当時の混乱と悲嘆を伝えるのだというモディアノの静かな意志を感じる。

時々に差し挟まれる若い頃のモディアノの個人的な五感の記憶、感情の記憶は、数枚の写真しか残っていない少女ドラの存在に血を通わせる。例えば、ドラと変わらない年頃で試みた「学校からの脱走」の記憶だ。開放感と高揚、そして自分がしでかした事がもたらす未来への不安ーそれはジェネレーションを超えて共有されるものであり、暮れゆく冬空のもと学校から走り去ったティーンエイジャーのドラもきっと感じていたに違いない。ドラはかつてのあなたと同じ、屈託を抱えた思春期の女の子だったのだと、モディアノは強調する。

その一方で、戦後の安全な時代に試みた自分の脱走とドラのそれとの決定的な違いも、モディアノは父の思い出に絡めて語っている。ドラより幾つか年上のギリシャ系ユダヤ人だった父は、一斉検挙に引っかかり逮捕されるも警察署から逃げ収容所送りを免れた体験の持ち主だ。ルールを外れる衝動は危険と隣り合わせであり、見つかった上ユダヤ人であることが判明すれば逮捕されかねない。ドラはそんな容赦ない時代を生きていた。

ドラの痕跡を探す過程で登場する資料や史実が明確に伝えるのは、ユダヤ人に対する当時の社会の容赦のなさだ。アスファルトを平らにならすローラーのように、有無を言わさず排除し、異が唱えられれば押し潰してゆく。モディアノは、ドラが最初に収容された拘禁センターにいた「ユダヤ人の友達」と呼ばれた女性たちについて触れている。ユダヤ人抑圧に抗議し連帯の印としてあえて黄色い星を付け逮捕された、様々な職業・年齢のユダヤ系でない人たち。「星」を装飾品のようにデザインし身に付けたのは、ユダヤ人に向けられた重苦しい非人間的な仕打ちに当てつけた、洒落にも通じる軽やかな抵抗だった。(この件を読んで、逮捕されなかった「ユダヤ人の友達」の一人を思い出した。ドラより2つ年下のジャンヌ・モローだ。クラスメートがある日突然黄色い星を付けて登校し、突然いなくなるーそんな理不尽な日常にうんざりして、手製の星を付けて外を歩いてみたそうだ。母がイギリス人で微妙な立場にあったモローのこの悪戯が警察に知れていたら、厳しい状況に置かれた可能性があった。)こんな個人レベルのささやかな“Non!“、社会の圧へのいらだちの表出をも、ドイツ軍と占領下の政府は徹底的に弾圧した。大人たちが些細な違反で逮捕されてゆくなか、普通の10代の少女たちは息をつめて許された生活をするしかなかった。

生き延びた親戚の記憶によれば「小さい頃から反抗的で、独立心が強く、おませ」だったドラは、自分の置かれた状況をどう感じていただろう。修道女が取り仕切る暗い寄宿学校での暮らし。ホテル住まいの貧しい両親にはそこから自分を解放してくれる余裕も力もない。そして自分はユダヤ人だーそんながんじがらめで希望の見えない生活から衝動的に逃げたくなったのも無理はない。モディアノが記憶している脱走した時の感情ー「未来への希望は持てないものの、全ての絆を一刀両断にする陶酔感」をドラも味わったのだろうか。どれほどの開放感だったろうか。

脱走し行方不明となった間のドラのことは、モディアノにも突き止めることはできなかった。1941年12月から3ヶ月にも及んだ真冬の夕暮れの脱走と、退学になり春に家に戻ってから繰り返された家出の詳細は謎のままだ。しかし本の結びで、この「ドラの不在の時間」を「(誰も)彼女から奪い去ることのできなかった秘密」とモディアノが読み替えた時、読み手の想像力にスイッチが入る。

ユダヤ人の少女が厳しい寒さの中一人夜の街をうろつくことはほぼ不可能であったことは、モディアノが集めた当時の資料が自ずと語っている。誰かがドラを匿っていたのだ。身を隠せて凍えずに眠ることができる居場所がドラには与えられ、庶民がまともに食べられない中飢えることもなかった(家に帰ってから撮られた写真のドラはなんだか元気そうだ)。家出娘の面倒を何ヶ月もみた「誰か」は、親に言えないようないかがわしい存在だったかもしれない。しかしドラは、それまで味わうことのできなかった自由に身を置いて、戻る気もおこらないほどに楽しく過ごしたのではないか。そう思いいたると、空想の中でドラがいきいきと動き出すー社会の理不尽な締め付けからも、息苦しい学校や狭い家からも、そしておそらく「ユダヤ人、16歳、氏名:ドラ・ブリュデール」という身元情報からも解放されて。しかし結局、ドラは家に帰ることを選んだ。もし戻らないと決めていたら、父の計らいでユダヤ人として当局に登録されていなかったドラは、占領下のパリを生き延び全く別の人生を生きたかもしれない。モディアノが「大人になったドラ」を空想し小説を書き上げたように。

ドラの短い一生にも束の間とはいえそんな輝くときがあったのは慰めではないかと言うのはたやすい。しかしドラの人生が、人為的に短く断ち切られたことを忘れてはいけない。それも一個人として殺されたのではない。不適格・不要と一方的に決めつけられた集団の一部として、裸に剥かれ流れ作業の果てに処分されたのだ。親を泣かせる不良娘として人生のページを埋める権利がドラにはあったはずだ。それをナチスとそれに連なる人々、そして戦争が、一方的に奪ったのだ。



posted date: 2022/Aug/22 / category: 本・文学

GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。
門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。

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