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FRENCH BLOOM NET年末企画(3) 2018年のベスト本

text by / category : 本・文学

第3弾は2018年のベスト本です。FBN のライターの他に、『泥海』で小説家デビューされた文芸評論家の陣野俊史さん、今年話題になった『収容所のプルースト』を訳された岩津航(bird dog)さん、Small Circle of Friends のサツキさんにも参加していただきました。冬休みの読書の参考になれば幸いです。

陣野俊史

1.  Jean Luc Raharimanana, Revenir, Rivages, 2018
まったく個人的な理由だが昨年の夏、マダガスカルに行った。以後、ほぼあの島に魅了されているといっていい生活を送っている。文学もそう。マダガスカルの詩人たちの詩集を集め、読み、あれこれ考える生活。そしてこの作家に出会った。本書は、今年の収穫で、フランス語圏文学大賞にノミネートされていた作品(惜しくも受賞は逃したけれど)。主人公は生まれ故郷のマダガスカルに帰ってくるのだが、彼はフランスからの独立一週間後に生まれた事実もあり、戻るべき日付に敏感なのだ。マダガスカルが歴史的に経験した大虐殺の年(1947年)を幾度も書き直してきたラハリマナナ特有の、ぶっきらぼうで、ぶつぎれだけれど、詩情豊かな文章がまず素晴らしいと思った。

2. オリヴィエ・ゲーズ『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』(高橋啓訳、東京創元社、2018年)
 翻訳された小説を一冊選ぶならこれ。「死の天使」と呼ばれたナチの医者メンゲレに関してはすでに多くの研究がなされている、という。追求の手を逃れ、アルゼンチンまで落ち延びたメンゲレを、ノンフィクション小説という形式で叙述する。メンゲレの内側に忍び込み、一挙手一投足を再現する。執念の筆に気持ちを揺さぶられた。

3. 熊野純彦『本居宣長』(作品社、2018年)
 この本、ある年配以上の人には、その持ち重りのする装丁とかデザインとか、そう、小林秀雄の『本居宣長』しか想起できないでしょう。熊野は、これまでの宣長研究を通史的にまとめてみせたのち、いよいよ註解という形で宣長の中に入っていく。その迫力に圧倒されるが、それに加えて、この数年の熊野の仕事ぶりに脱帽なのだ。レヴィナス、カント、そしてヘーゲルの主要著作をまったく独自の文体で新たに訳しなおしている仕事には、恐れ入る。本当に、恐れ入る。まったく恐れ入る。そして、訳文のみずみずしさといったら!

陣野俊史
1961年、長崎生まれ。著書に『じゃがたら増補版』『サッカーと人種差別』『テロルの伝説 桐山襲烈伝』『泥海』(小説)などがある。

じゃんぽ〜る西(漫画家)

「はちみつ色のユン」 ユング著 鵜野孝紀訳
5歳の時に警察に保護され、韓国から国際養子縁組でベルギーの養親のもとに引き取られた作者の自伝的漫画。 日本の全ての小中高大の図書館に置いてくれ!と言いたくなるような良書です。
いろいろな内容を含んでおり、養子として育った作者のアイデンティティの問題、アジアとヨーロッパの関係、朝鮮戦争、韓国社会の問題、韓国から見た日本へのまなざし、親子関係、家族の問題、自殺、、、等々。読む価値がある一冊。どうやったら日本の読者に広く読まれるんだろうな、などと考えてしまうのでした。実際どのくらい売れてるんでしょうか。売れててほしい。
前半部分は読みながら「作者は韓国生まれだけどOSはやっぱりベルギー製だなあ。語り口がバンド・デシネ作家のそれだもの」と思った。日本人の漫画家が自伝漫画を描いた場合はこのような語り方にはならない。具体的には絵柄はもちろんだけど時々モノローグの中に散りばめられるユーモアがベルギー人ぽい。ユーモアの部分は翻訳でも苦心された部分ではないかと推察します。翻訳はとても読みやすくて良かったです。
読み終わってふと気になったのは「ソウルで警察に保護された5歳の時以前のことがほとんどわからない」ということ。これは作者本人の記憶が不明瞭であることが示唆されているのだけど、生まれてから5歳までの人生は短いようだが実は長いし、人間関係もあれば生活習慣もある。このあたりが判然としないのは作者自身が当時幼児なので当然とも言えるが気にはなった。別の著作や資料でもう少し詳しくしている可能性もあります。おっと、重箱の隅をつつくようなことを書いてしまいました。
主人公は常に前向きでユーモア精神を持ちながら現実に立ち向かっていく元気な悪ガキです。一方で作中には孤独な心象風景を描いたシーンが割とあり、少年の悲しみに沈殿していくような心をどこまで描写できるのだろうか、どこまで行けるか?という作家の冒険を見守るような読書体験でもありました。

「ナラトロジー入門」 橋本陽介
「わかりやすい物語論の入門書」としてアマゾン書評の評判が良かったので、漫画作りに役立てようと思って読んでみた。
特に面白く読んだのは物語の語り方は二つに分けられるという部分。
本書によるとそれは、言葉で要約的に筋を語る方法と、演劇的にできるだけそのシーンを再現しようとする方法があるという。前者を「ディエゲーシス」、後者を「ミメーシス」と呼ぶ。この分類をしたのが古くはギリシャ時代のプラトンで、ディエゲーシスとは英語のダイジェストにつながる言葉だとか。なるほど、なるほど。
漫画に置き換えると、最初のコマで主人公の小学校時代の様子を描き、2コマ目では大人になって会社で働いている様子、という風にポンポン進めるのがディエゲーシス的で、小学生のある日の授業中の出来事だけを数十ページにわたって描いた場合はミメーシス的である。漫画を描く時はページ数制限という条件の下、ディエゲーシスとミメーシスを行ったり来たりして作るので、どっちを取るかで多くの漫画家は常に頭を悩ませているはずだ。個人的な考えでいうとミメーシスの方が作者の力量が問われ、尚且つ成功した場合の作品の完成度が高いように思う。
一方で近年の青年漫画がリアルさに走りすぎるあまり冗長になっている面もあり、例えば逆にディエゲーシス的に作られている手塚治虫の「ブラック・ジャック」などを読むと「こんな少ないページ数でここまでのボリュームの物語を語れるのか!」と感心させられてしまう、ということも起きます。
といった具合で知的好奇心をいろいろ満足させてくれる本でした。ただし漫画作りには関係ない内容なのでそれには役立たないと思います(笑)。 例文として引用される小説は「悪童日記」「砂の女」「1Q84」「百年の孤独」などたくさん出てきます。そういう部分を読むのも楽しい。

 「子供不足に悩む国、ニッポン」 ミュリエル・ジョリヴェ著 鳥取絹子訳
取材で著者のジョリヴェ先生にインタビューすることになり、その事前準備のために読みました。読み終わってひとつの気づきを得たので選びました。
本書の出版は1997年。今から20年ほど前になります。副題に「なぜ日本の女性は子供を産まなくなったのか」とある通り日本の出生率の低下について論じた本です。
少子化問題は本年2018年も熱い社会問題としてメディアで常に取り上げられ、SNSで話題になり続けてきました。
私自身が二人の子を保育園に預ける父親ということもあり関心があります。そんな私個人の感覚としては、ここ数年で少子化解決のためには「給料を上げる」「休日を増やす」の2つが必要だという国民のコンセンサスができつつあるように感じています。
子育て世代に金を行き渡らせること、子育て世代を長時間拘束のブラック労働から解放すること、この2点を両立する政策を実行しない限り日本人は子供を産まない産めない、少子化問題はにっちもさっちもいかない、という認識です。これがジワジワ浸透しているのを感じます。 本書を読んだところ、これがもう書いてありました。あれあれ?と。ちょっとショックでした。最近解明されたことではなかったんかい、と。
少子化問題が俎上に載ったのは「1.57ショック」と言われる1990年のことですから、もう30年近く日本を悩ます解決不能の大国難みたいなイメージがありますが、何が問題でどうすれば解決するかは有識者には20年前にわかっていたということです。解決策は見つからないわけではなく無視され続けてきた。
問題点が明らかで改善策もわかっているのに、破滅の時が来るまでひた走る、これと同じことは日本の移民問題でも今起きていると思います。

じゃんぽ~る西
漫画家。主な作品に05年のパリ滞在経験を描いたエッセイ漫画「パリ愛してるぜ~」、フランス人女性との結婚生活と子育てを描いた「モンプチ 嫁はフランス人」全3巻。作品は仏訳され「À nous deux Paris !」他としてフランスで出版されている。現在、祥伝社「フィール・ヤング」、白水社「ふらんす」、KADOKAWA「レタスクラブ」で連載中。

bird dog(FBNライター)

1.ジョゼフ・チャプスキ『収容所のプルースト』(岩津航訳、共和国、2018年)
著者は、ポーランド軍将校としてソ連の強制収容所に収監され、手元に一冊の本もないままプルーストの講義をしました。本書は同房者が書きとめた記録をもとに再現された講義録です。プルーストと収容所という、およそ結びつかない二つの条件が、じつは「生きていることの意味を理解したい」という点で深く結びついていた、というところが感動的です。芸術に身を賭したプルーストにとって「死は本当にどうでもよくなっていました」(p. 105)と指摘するとき、チャプスキ自身も死を忘れていたのかもしれません。思いがけず反響が大きく、訳者としても本書の価値を再発見した思いでした。

2.リチャード・ロイド・パリー『津波の霊たち 3・11 死と生の物語』(濱野大道訳、早川書房)
題名から予想される震災後の心霊体験の話が中心ではなく、大川小学校の犠牲者と遺族の訴訟が主題です。子供を亡くした遺族の体験談はどれも壮絶です。ある女性は娘の顔を覆う泥を舌で舐めて洗い落としましたが、それでも眼からどんどん泥が出てきたといいます。説明が不十分な学校を相手に遺族の一部が訴訟を準備する過程で、著者は「この国を長いあいだ抑圧してきた“静寂主義の崇拝”に屈することなく、それをどう成し遂げるか」(p. 291)が問題だ、と指摘します。死を受け入れる手助けをする僧侶への敬意を語った後、著者はあえて言います。「私としては、日本人の受容の精神にはもううんざりだった。過剰なまでの我慢にも飽き飽きしていた。[…]児童たちの死は[…]人間や組織の失敗、臆病な心、油断、優柔不断を表すものだった。」(同頁) 震災後の社会に流れる「けど、どうしようもない」という心情に立ち向かうためのヒントが、本書にはあるように思えます。

3.『伊藤銀次自伝 My Life, Pop Life』(シンコーミュージック・エンターテイメント)
大滝詠一、山下達郎、佐野元春、ウルフルズなどと深く関わった伊藤銀次の自伝です。沢田研二のアレンジを頼まれたときに、いわゆる歌謡曲サイドと思われた人たちの音楽の知識や情熱に触れて、「こっち側は芸能の人たち、こっち側は音楽をわかってる人たち、なんて分けられないんだなと痛感しました」(p. 137)と言うあたりが、著者の感覚の良さを示しています。かつてイカ天の審査員もしていた銀次が、2000年代に七尾旅人をオーディションで見出したものの、プロデューサーとして対立してしまったことへの後悔を語るところなど、とても興味深いです。日本のロック・ポップス史への証言として貴重な本でした。

不知火検校(FBNライター)

ジョゼフ・チャプスキ『収容所のプルースト』(岩津航訳、共和国)
昨年、ロマン・ガリの『夜明けの約束』の翻訳を発表した金沢大学の岩津さんによるお仕事。本書はポーランドの強制収容所の中でなされたプルーストの『失われた時を求めて』に関する講義録を訳したものです。極限状況でこのような試みを行った著者の圧倒的な精神力に読者は驚かされること必至です。

矢橋透『ヌーヴェル・ヴァーグの世界劇場』(フィルムアート社)
長年、ヌーヴェル・ヴァーグと演劇の関係を研究されて来た矢橋さんがこれまでの論考をまとめて一冊の書物として刊行しました。ここまで精密な研究は海外にもこれまでなく、映画と演劇の関係を考える上で極めて重要な書物と言えるでしょう。特にリヴェットに関する部分は読み応えがあります。

エレーヌ・グリモー『幸せのレッスン』(横道朝子訳、春秋社)
フランスを代表する世界的ピアニスト、エレーヌ・グリモーによる自伝的エッセイ集。11月に来日するはずが肩の故障のために不可能になりましたが、代わりに素晴らしい本が出版されました。本書では自己と世界の関係を問い続けるピアニストの心のなかを知ることが出来ます。翻訳はフランス文学研究者として活躍する横道朝子さんです。

鳥山定嗣『ヴァレリーの『旧詩帖』:初期詩篇の改変から詩的自伝へ』(水声社)
長く20世紀のフランス詩人ヴァレリーを研究してきた鳥山さんが、京都大学に提出した博士論文を書籍化しました。400頁を超える浩瀚な書物であり、詩の分析に対する著者の圧倒的な執念には感嘆させられざるを得ません。著者自身も関わったらしいカバー・デザインも実に美しい仕上がりです。

福尾匠『眼がスクリーンになるとき―ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社)
哲学者ドゥルーズが書いた思想書『シネマ』は極めて難解な書物として知られていますが、本書はその『シネマ』を徹底的に明晰に語ることを意図して書かれたものです。極めて論理的に進行し、最後まで飽きさせることのない本書を執筆した著者は、なんと1992年生まれで横浜国大博士課程に在籍中との由。今後の活躍が益々期待されます。

タチバナ

(1)『ドローンの哲学 ― 遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』(グレゴワール・シュマユー、明石書店)
邦題のせいもあって、ドローン技術の軍事利用に警鐘を鳴らした本として、結論ありきで受け取られてしまいやすいかもしれない。しかし、どちらかというと本書は、軍事ドローンが一般化した世界で、戦争・国家・人間のあり方がどう変化しうるのかを冷静に考察した本。鋭い洞察と怜悧な分析によって、実にクリアな未来予想図を提示している。
序論でおおまかな内容を手短にまとめていて、各章で詳述がなされる。構成もよくできていて、けっこう手に取りやすい読み物になっていると思う。アメリカの大学では授業教材として用いられているそうだ。

(2)『ビデオゲームの美学』(松永伸司、慶應義塾大学出版会)
ビデオゲームが、マンガやアニメに続いて、新たな芸術形式に名を連ねつつある。そんな中、本書は、この新たな芸術形式を語るための理論的な枠組みを提示している。図版の多さではイェスパー・ユールの『ハーフリアル』が手に取りやすいかもしれないが、説明は本書の方がていねい。ガチガチの研究書とはちがって文体は平易だけれども、教科書というほど要点確認が入念でもなく、両方の中間くらいの内容。ゲームを美学的に考えたい人や、ゲームとの関係で既存の諸芸術を捉え直したい人にお勧め。

(3)The Mediated Mind: Affect, Ephemera, and Consumerism in the Nineteenth Century(Susan Zieger, Fordham University Press)
薬物依存とは別に、摂食障害やワーカホリックなど、特定の対象や行為を求める性向のことを嗜癖(addiction)と呼ぶ。いわゆるネット中毒やゲーム中毒もこの部類に含まれる。本書は、(その全体ではないにせよいくつかの章で)この嗜癖を踏まえつつ、19世紀の消費文化論として文学作品を論じている(ホームズ論が白眉)。持ち出して来る資料とアイディアが面白いので、いろいろ参考になった。

Shuhei

1. Elisabeth de Fontenay Gaspard de la nuit, éd. Stock, 2018.
 著者は、ベルクソンの高弟であったジャン・ケレヴィッチのアシスタントとしてキャリアを始めた哲学研究者。マルクス、ディドロを論じるその一方で、「物言わぬ動物たちの沈黙を翻訳する」ことを自らの務めとしながら、その心理現象をも視野に、哲学史の読み替えを目指してきた。
 2018年エッセ部門フェミナ賞を受賞した同書は、重度の精神障害をもって80年以上の生涯を生きている弟との交流を描く。姉弟を育んだ家族には、ホロコーストを逃れたという歴史も影を落としている。母はユダヤ人で、その親類の多くはナチス・ドイツにより抹殺され、父はレジスタンス運動に参加したカトリックであった。
 「手の届かない彼方」、「はるかな岸辺」を生きているとも著者の眼に映る弟との、時に困難な共生を通して、全体主義が生んだ、苛烈な優生政策とその思想的影響が批判、検討される。「非生産的な隣人を亡き者にする」思想に抗して、「弟の尊厳を取り戻し」、その生の意味を記そうとする試論。大きく歪められた優生思想に基づき多くの障害者が殺傷され、与党議員が「生産性」という言葉を少数者に何の躊躇いもなく投げつけるこの国で、今読まれるべき一冊かもしれない。

2. ピエール・パシェ『母の前で』根本美作子訳、岩波書店、2018年
 前掲書にはエピグラフとして「ピエール・パシェのある著作の想い出に」とある。本文には、「ある著作」がパシェのどの作品を指すのかを特定できる手がかりはないのだが、先に触れたように、通常の意思伝達が極めて困難であったフォントネイ姉弟の経験を踏まえれば、高齢の母との日々を描いたこの作品のことだと思われる。
 加齢とともに身体の移動が大きく制限されるのみならず、記憶に大きく依存する精神活動も変質したパシェの母親は「人間の臨界に、私たちと無縁でない荒野に」ひとり取り残されたように最晩年の日々を送っている。そうした日常に大きく動揺しながらも、ユーモアーを失わずに著者は母の暮らしぶりを描く。それは「現代の個人を対象とした文学的な人類学」(マルタン・リュエフ)の成果ともいえるであろう。肉親の老いを現象学者のように見つめた記録。生涯の果てを生きる母の姿を息子が記録した同書は、高齢の父の最晩年を娘が描いた、中島京子『長いお別れ』(文藝春秋)や伊藤比呂美『父の生きる』(光文社文庫)などと興味深い対照をなすかもしれない。

3. 橋爪大三郎・大澤真幸『アメリカ』、河出新書
 今年DA PUMP「U.S.A.」という曲が大ヒットしたということを、増田聡氏の朝日新聞連載「ポップスみおつくし」(11月26日)を読むまで、恥ずかしながら知らなかった。どんな曲だろうと視聴してみて面食らった。アメリカを中心に現在も、そして来年も世界が大きく掻き乱されるだろう今日、こんなに能天気にユ・エス・エイと連呼する歌が、この国の多くの若者の共感を得ているとは。二人の社会学者がアメリカについて語り合った同書のまえがきで大澤が書いた通り、「アメリカへの愛着の大きさとアメリカへの無理解の程度の落差。」これが戦後日本を特徴づけているという指摘に、改めてうなずかされた。
 かの大国について、微に入り細に入り語るにふさわしい専門家は他にもいるだろう。しかし、現代世界を大きく規定する文明としてのアメリカを、その宗教的歴史、米独自の哲学であるプラグマチズム、そして他国に例を見ない特異な二国関係を結ぶ日米のあり方。こうした諸問題を縦横に語れる知識人は、両氏を置いてそういないのではないか。アメリカの大きな影に覆われたこの国に暮らす者として、あの大国の振る舞いに目を瞑って生きるわけにはゆかない。白井聡『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)とともに、今年の見逃せない一冊。
Shuhei
体内にフランス語を摂り込んで生きている大学教員。猫愛好家。

サツキ(Small Circle of Friends)

佐久間裕美子 『My little New York Times』「伊藤総研+NUMABOOKS」
佐久間さんは今までにも「ピンヒールははかない」「ヒップな生活革命」。翻訳では「テロリストの息子」インタビューに、対談、寄稿、連載、果ては最近「ZINE」も制作されていて、淀みなく出力される思考に圧倒され、佐久間さんの文字追うたび刺激と佐久間さんの豊かな言葉に出会うのです。
本書はNY在住のライター、佐久間裕美子さんの1年間の日記をまとめた『My little New York Times』。この本ができる過程にあった、2017年7月5日から始まったnet上の日記を編集し、綴られています。fanである佐久間さんの日記は当然最初から読んでいました。365日、一年。東京、NYを頻繁に行き来し、起こる自身の日常まで赤裸々にすっぱりと書かれています。
ニューヨークの憂鬱を、そしてこの混迷した時代に今でも住み続けているアメリカの現実がダイレクトに伝わる。私の住む日本との流れる時間の差も否応なく感じます。
佐久間さんの言葉(文章)には『未来の手掛かり』を感じる、だから今も読み続けているのです。現在も、佐久間さんのブログは日々更新中です。
今回、『My little New York Times』に「編集 伊藤総研」の文字がありました。出版社「NUMABOOKS」内に新しく立ち上がるレーベル「伊藤総研+NUMABOOKS」の記念すべき第1冊目の本でもありました。伊藤君との仕事は、期待と興味がさらに増すばかり…。
にしても、日記にある注釈が「QR」で付いているのが目からウロコです!

サルボ恭子 「いちばんやさしいシンプルフレンチ」 世界文化社
美味しいレシピ本は、作らなくったって見てるだけでも美味しい。フランス料理なら尚更ね。作るともっと美味しい。だけど敷居が高い。そんな時、たまのFRENCH BLOOM NETさんのサイトでも「かんたんフレンチレシピ」として掲載されていて<豚のリエット> Rillette de porcは私も作り、とても美味しかったの。多少、材料不足でも案外作れました(私調べ)
そんな多少の敷居を感じるフレンチだけど「いちばんやさしいシンプルフレンチ」の文字面だけで飛びついたレシピ本は、本当に『簡単』のふた文字だったのです。
「使う材料は5つ以内」「作り方は3ステップ」の文字はちょっとドキドキする楽しさ。実際、多少の代用や、そこは飛ばしても通じるし(そこも私調べ)、きっと「フレンチ」って簡単?と思い込んでしまいそうだけど、そのくらいのフランクさがフレンチを身近にしてくれそうです。
サルボ恭子さんは『「ストウブ」でひとりごはん、ふたりごはん』など「ストウブ」調理が魅力的で、私自身レシピ通りでは無く案外自分流に変えていくんだけど、そんなところも応用が効くからとってもナイス。
恭子さんは2000年に渡仏し、料理学校に通った後に『オテル・ト・クリヨン』の厨房で働き、帰国後、料理教室を主宰されています。土台に、フレンチ、フランスがあったんだね。「ストウブ」料理で知ったサルボ恭子さん。これからも楽しみな料理家のお一人です。

有薗真代‎『ハンセン病療養所を生きる――隔離壁を砦に』世界思想社
もちろんのこと専門家でも、それについて勉強してきたわけでもない私が、「ハンセン病」 について関心があったのはおばあちゃん子だったことが大きく起因しています。
やがてニュースの中の話になり、教科書の中で出会い、一度はそれに関する本を手にするも見に入ることなくおばあちゃんの思い出になって行き、地デジ化したテレビを廃棄、net中心の生活はニュースもフェイクニュースも混在する世界へ。
でもそのインターネットのおかげで「ハンセン病療養所を生きる」に出会いました。時は、#metoo や沖縄、自然災害、原発、…..。
本書は筆者有薗さんが『ハンセン病』について、当初回復者の社会復帰を支援する活動の中、疑問を感じ聞き取りを始め、調査をし、文字に残す。詳しく感想をと思って見たところで本書について要約し語るには、私の語彙力では誤解を招くことも考えこんなコトで止めることにいたします。
だけど時代とはいえ(そんな言葉使いたくもないけれど)同じ人間でありながらこんな政策しかできなかった(しなかった)世の中があまりに不条理すぎて言葉にならない。それはテクノロジーがどれだけ進化しようが何も変わらない「人間の業」と「恐怖」なのか。「未完成」であろう人間に、もちろん自戒も含め願い、よりよく変わることを今は祈るのみです。
こんな稚拙な文章で、紹介するのは申し訳なくも『今』だからこそ、書かれたんじゃないのか?と思えるほど主語を置き換えると(そのこと自体が少しお門違いかもしれませんが)本書の重要性を理解した上で、今の時代に必要な「手がかり」を読むことのできる本でした。
とりわけ有薗さんの言葉(行間)には「専門書」にあるソレとは違う『愛』に溢れています。自由と不自由を理論的に明確にし、さらには発見された1873年から今に至るまで続く歴史を忠実に且つ、今までのハンセン病を書き直すものではなく「取り組む」と言う姿勢で向き合う。だからこそ「今」なのだと強く感じた一冊です。
有薗さんは「ハンセン病療養所を生きる」に加え、著書や論文に「ジェンダー/セクシュアリティ」や「物語を生きるということ――「性同一性障害」者の生活史から」。こんな私でも、行間を読み進むうちに、感じたことはそう遠くはなかったと、想う今年最も興味深い『人』です。

*Small Circle of Friends サツキ
ムトウサツキとアズマリキの二人組。
1993年、united future organizationのレーベル”Brownswood(日本フォノグラム)”よりデビュー。以来、11枚のフル・アルバムをリリース。代表曲「波よせて」は20thを迎えました。最新は2017年10月25日、「STUDIO75」の4枚目のアルバム、『Over Your Shoulder』をリリース。
Small Circle of Friends a.k.a STUDIO75 are Japanese multi-genre artist duo and music production unit of Satsuki Muto (Vocal, Programming, DJ, fashion designer)& Azuma Riki (rap, vocals, programming, DJ), combining the sounds of hip hop, soul, electronic, and jazz.
‪http://www.scof75.com/

cyberbloom(FBN管理人)

1. 大澤真幸 『サブカルの想像力は資本主義を超えるか』、KADOKAWA
某大学の講義でファンタジーを扱う必要が出て来たときに、タイミングよくこの講義録に出合った。第二部「善悪の枷から自由になれるか」で悪の問題が扱われている。例えば、現代社会を反映した「ハリー・ポッター」シリーズはファンタジーの古典的作品『指輪物語』などとは違って、悪の問題が二元論でとらえられず、ヴォルデモートの悪は現代のテロリストの悪に通じている。連合赤軍、オウム真理教、『デスノート』(息子には何を今更!と言われた)を通して語られる現在の悪は、カントが18世紀後半に想定した悪の概念をはるかに超え出ている。

2. 井手英策 『富山は日本のスウェーデン』、集英社新書
ストラスブールをモデルにしたトラムが走り、パリのヴェリブが移植された富山は、日本のフランスだ、と訴えてきたが、著者によるとフランスよりもむしろ、スウェーデンらしい。スウェーデンと言われても富山の人々は「なあん、そんなことないちゃ」(=いいえ、そんなことないですよ)と言うばかりなのだが、知らないうちに富山の保守的な土地柄に、リベラルの人々が理想とするスウェーデン的な経済的、社会的循環が実現されてしまった。著者の論点は日本のリベラル批判に及ぶ。リベラルの議論が上滑りな感じがするのは、日本の根底にある土台と、その上に据えようとする政策がうまくかみあっていないからだと。

3. 山口周 『劣化するオッサン社会の処方箋』、光文社新書
去年話題になった『なぜ世界のエリートは美意識を鍛えるのか』の延長線上にある本。著者によると今の日本の50代は、最も醜悪な人種らしい。上の世代にならって、そろそろ下の世代からリスペクトを受ける時期かと思いきや、年功序列的な価値観が崩れ、さらにはITの時代にも乗り遅れ、何のとりえもない人々になっている。家庭でも邪魔者扱いされ、このような状況を生み出した社会に対して怨恨をため込んでるらしい。人生100年と言われ始める一方で、死を意識し、あれもこれもというわけにいかない時期にさしかかり、残された時間を何に使っていくのかを明確にする覚悟が必要なのだ。非常に身につまされた。



posted date: 2018/Dec/26 / category: 本・文学
cyberbloom

当サイト の管理人。大学でフランス語を教えています。
FRENCH BLOOM NET を始めたのは2004年。映画、音楽、教育、生活、etc・・・ 様々なジャンルでフランス情報を発信しています。

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