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画期的な『コロー展』を開催―不知火検校のパリ探訪2018(その2)―

2018年の初春、パリの美術館では様々な展覧会で開催されている。マイヨール美術館の『フジタ:狂乱の年月(1913-1931)』(7月15日まで)、ジャックマール=アンドレ美術館の『メアリー・カゾット展』(7月23日まで)など、興味深い企画が目白押しである。その中でもマルモッタン美術館で開催中の『コロー展』は多くの観客を集めている話題の展覧会のひとつだ(7月8日まで)。 今回はこの展覧会を中心に春のパリの美術シーンをリポートしてみよう。

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー(1796-1875)と言えば19世紀フランスを代表する画家の一人だ。しかし、パリで最後にコローの回顧展が開かれたのは生誕200年記念の1996年だというから、今回の回顧展は実に22年振りの開催ということになる。コローと聞けば、人が思い出すのは何を措いても「風景画」であり、実際、彼が描いた風景画は『モルトフォンテーヌの思い出』を筆頭に、ルーヴル美術館を代表するコレクションのひとつとなっていることは余りにも知られていることだろう。

しかし、今回のコロー展はいささか異なった様相を呈している。ここで展示されているのは「肖像画」、「人物画」であり、まさに今回のコロー展は「人間を描く画家」としてのコローにスポットライトが当てられ、展覧会も『コロー:画家とそのモデルたち』と題されているのだ。コローのこの側面に関しては、既に美術批評家の高階秀爾が的確に記していた。「それ(=風景画)と同時に、コローは多くの肖像画や人物画においても、優れた達成を見せた。描かれるのは、多くの場合女性で、それもまるで放心したように静かに物思いにふけるポーズが選ばれるが(…)対象を捉える眼の確かさと澄んだ叙情性が見事にひとつになっている」(『フランス絵画史』、講談社学術文庫、1990年、pp.230-231)。

極めて特徴的なこれらの人物画に描かれたモデルたちは、基本的にこちらを見つめることはなく、何かに「没入」するかのように目を伏せるか、あるいはあらぬ方向を眺めている。つまり、観者と視線が交わることがほとんどないのである。現代を代表するアメリカの美術批評家マイケル・フリードはその著『没入と演劇性』(Absorption and Theatricality, University of California Press, 1980)において、啓蒙時代の思想家ディドロの『絵画論』を基にして、「没入」する絵画上の登場人物とそれを観る者の関係性を分析したが、まさにその観点からも非常に興味深い世界がコローの作品には広がっているように感じられる。現代絵画へと向かう一階梯をコローの作品を見せてくれているように思う。

しかし、この「没入」という観点を仮に取り払ったとしても、メトロポリタン美術館など他の美術館からこの展覧会の為に貸し出された多くの絵画以上に輝いているのは、地元のルーヴル美術館から貸し出された『青い衣の女』であることは間違いない。コローによるこの傑作のキャンバスの中で、この「青い衣」を着た女性は、圧倒的な美しさを示すと同時に、謎めいた眼差しをどことも分からぬ空間へ向けて投げかけている。絵画作品の持つ「永遠の魅力」、「永遠の謎」とでも呼ぶほかないものを、この作品は間違いなく辺りに放っているのだ。この展覧会を通して、パリの美術ファンは間違いなくコローの「人物画家」としての側面を脳裏に刻み付けることになるだろう。

さて、滞在中に足を運んだもうひとつの展覧会は、リュクサンブール美術館で開催中の『ティントレット展』だった(7月1日まで)。こちらは1518年生まれのイタリア・ルネサンスを代表する画家の生誕500年を記念しての企画だということになる。ティントレットは色彩に重きを置くヴェネチア派の巨匠ということになるが、そのような美術史的な堅苦しい説明を超えて、壮麗で力動的な作風が多くの観客を惹きつけていたように感じる。このような幾分アカデミックな展覧会でさえ並ばなければ簡単には入場できないという辺りが、パリの美術通の奥深さを示している。その他、プチ・パレ美術館では特別展『パステル画:ドガからルドンまで』を開催していたが(4月8日まで)、残念ながら都合が合わず、見ることが出来なかった。

パリで美術と言えば、通常の観光客ならば「ルーヴルか、あるいはオルセーか」ということになる。もちろん、その二つの美術館に数多くの傑作が展示されているのは否定しようもないし、まず行くべき場所であることは間違いない。しかし、そうした美術館を押さえた後は、今回の『コロー展』や『ティントレット展』のように、小さな美術館で開かれる特別展にも是非足を運んでもらいたい。一人の芸術家が生み出した世界を、それが展示される空間と共にじっくりと堪能することが必ずできる筈である。 

Musée Marmottan Monet Photo Par Ardfern — Travail personnel, CC BY-SA 3.0, 



posted date: 2018/Apr/05 / category: アート・デザイン

普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中

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