フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

フランスで英語の講義を受ける日

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フランスの国民議会が大学での英語での授業拡大を認める法案を可決した。それまでフランスにおける教育はフランス語でなければならないという規定があったのだが、それを緩和しようというものだ。教育大臣の名前を取って通称Fioraso法と呼ばれる今回の法案は、「フランスの大学を外国人留学生にとってより魅力的なものにするために」提案された。ということは、フランス語だけで授業をしていたのでは、留学生はもう「花の都パリ」にさえ学びに来ない、という認識が、社会党政権内で共有されているということになる。 この法案の背景に、グローバル経済と結びついたアメリカ英語の覇権があるのは、誰にでも分かるだろう。共同通信の記事でも「国際競争の現実を前に対応を迫られた格好だ」と論評している。ここで言う国際競争とは、学問分野のことなのか、経済分野のことなのか。産学協同で新製品の開発などを進めている人たちにとっては、学問は経済に奉仕するものであり、一体なのだから、「国際競争」が、英語で業績を発表し、かつ英語で世界中に売り込むことを意味するのは、わざわざ言うまでもないのだろう。

仏、英語での授業を拡大 国際競争で対応迫られ(共同通信)

これに対して、フランスの文系の学者たちはこぞって法案に反対した。フランス語でなければ表現できないことがある、フランス語を話すことの魅力をもっと高めるべきだ、と。しかし、フィオラゾ教育相の説明によると、じつはエリート養成校であるグラン・ゼコールでは、すでに15年前から部分的に外国語(ほとんどが英語)による授業は実施されており、授業数も700コマに及ぶとされている。それを大学レベルにも押し進めようというのが、今回の法案の趣旨である。

Enseignement en anglais à l’université: 40 députés PS refusent(Le Figaro)

日本政府もまた、「グローバル人材の育成」を目標に掲げ、大学教員も「出来るだけ英語で授業ができるようにスキルアップする」ことを求められている。「グローバル人材」とは、要するに「英語を使って外国で仕事できる人」のことである。しかし同時に、「留学生30万人計画」と連動して、日本に来る外国人留学生に英語で教えることも意味している。僕のようなフランス語教師の出番は少ないが(日本に来て英語でフランス語を学びたい留学生がいるか?)、理系の教員のもとには、すでにかなりの数の留学生がいて、英語で専門的な事柄を教えている。つまり、日本で学んでもフランスで学んでも、英語さえできれば大丈夫、という状況になりつつあるのだ。 しかし、言語とはそんな単純な意思疎通の道具にすぎないのだろうか、と文学研究者としては愚痴をこぼしたくなる。仕事の現場で外国語を使う、というのは割と単純な作業かもしれない。だが、人は仕事ばかりして生きているのではない。外国で生活するということは、英語で恋をし、英語で家庭を築き、英語で年老いるということである。これは個人のアイデンティティを保つためにはかなりの試練である。グローバル時代と言えば聞こえはいいが、要するに「移民」の時代である。私たちは日本を離れて生きていく覚悟が本当にあるのか。おそらく問いは、英語圏と隣接しているフランス人にとってよりも、私たちにとってより切実なはずである。

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1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。