フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

3.11に聴く「灰色の影」(デイヴィ・ジョーンズ追悼に代えて)

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2012年2月29日、モンキーズ(The Monkees)のデイヴィ・ジョーンズ(Davy Jones) の訃報が飛び込んできた。享年65歳。僕は熱心なファンではなかったけれど、モンキーズには好きな曲がいくつかある。そのなかでも、バリー・マン&シンシア・ウェイルのペンになる「Shades Of Gray」は、10代の頃から愛聴してきた曲だ。分かりやすく、聞き取りやすい英語で、シンプルかつ含蓄に富んだ歌詞が好きだった。

www.monkees.net/shades-of-gray/

When the world and I were young, just yesterday Life was such a simple game a child could play

と、出だしからして、ビートルズの「Yesterday」(”Life was such an easy game to play”) を相当意識した歌詞だ。子供にとっては、善悪も真偽も、簡単に判断できるように思える。しかし、大人になれば、答えはそんなにクリアなものではなくなる。すべてはグレーゾーンなのだ、というのが歌の結論。リード・ヴォーカルはピーター・トークだが、ブリッジ(Bメロ)からデイヴィ・ジョーンズとのハーモニーになり、コーラス(サビ)に入る。

Today there is no day or night Today there is no dark or light Today there is no black or white Only shades of gray

思えば、モンキーズはビートルズに対抗すべくアメリカ音楽業界が仕組んだグループ、として揶揄されてきた。彼らが曲を書かず、レコーディングでの演奏もしなかったことが、ビートルズと較べて、才能の欠如のように言われたのだった。確かに、有名な「Daydream Believer」はキングスメン・トリオのジョン・スチュアート作曲だし、「I’m A Believer」も、ニール・ダイヤモンドが手がけている。しかし、長い間、音楽の作り手と歌い手は別であるのが当然だった。自作自演のビートルズこそが、まさに異端だったのである。

この「灰色の影」は、自作自演を目指した初めてのアルバム『ヘッドクォーター』(1967)に収録された。感動的なコーラスのハモリがズレぎみなのは残念だが、まさに自演の証明ではある。もっとも、ピアノを除くと、客演のチェロとホルンが、この曲のトーンを決定しているのだけれど。

今この曲を聞き返すと、ベトナム戦争の影を反映しているとしばしば言われてきた歌詞が、まったく別の文脈で、しみじみと納得できてしまう。「取っておく時間と分け合うべき時間の区別 when to keep and when to share」などという一節は、仕事とプライヴェートの両立みたいな話を、たった一行で見事に言い当てていて感心する。

そして、思うのだ。あの福島第一原発の事故以来、僕たちはまさに「灰色の影」のなかに生きているのだということを。「僕たちは疑いと恐怖を味わって生きたことはなかった」として、もはや「答えは明白だった時代」は終わってしまった。「裏切りと妥協を区別すること」も、「愚か者と賢者を見分けること」も、いわゆる原発推進/反対の両派のどちらから見るかで、答えは一変してしまう。「誰を憎み、誰を愛せばいいのか」、それも分からない。東電や政府を批判するのは簡単だが、その無責任な無関心さを、どこかで自分も共有しているのではないか、と考え出すと、迂闊には何も言えなくなってしまう。

デイヴィ・ジョーンズに哀悼の意を表しながら、僕はそんな思いで「灰色の影」を聴き返しているところだ。

 

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1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。