フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

「ブエノスアイレスの冬」が聴きたくなる日

posted by

いつまでも寒い日が続きますね、というのが、人と会うたびに挨拶代わりの言葉となっていたのが、いつの間にか、少しずつ春の気配を感じるようになってきた。こんな季節の変わり目に、僕がいつも思い出すのが、アストール・ピアソラの「ブエノスアイレスの冬(Invierno Porteño)」だ。

ピアソラは「ブエノスアイレスの四季」という連作を書いており、その3曲目がこの「冬」である。2011年に高橋大輔がこの曲で滑って注目されたようだが、そんなイヴェントがなくても、もともとファンの多い有名曲だ。10年以上前に、ヨーヨー・マをはじめとして、クラシック音楽の演奏家がこぞってピアソラを取り上げた時期があった。僕もギドン・クレーメルがヴィヴァルディの『四季』と交互に演奏する奇妙なコンサートを、大阪で聴いたことがある。正直に言えば、ピアソラの方が数倍感動的で、ヴィヴァルディには気の毒な感じだった。しかし、何と言っても、ピアソラ自身がバンドネオンを弾くヴァージョンが圧倒的に素晴らしい。

僕はブエノスアイレスには行ったことはないけれど、この曲を聴くたびに、パリ留学の風景が甦る。というのも、僕が2年間住んだのは、ほかならぬシテ・ユニヴェルシテールの「アルゼンチン館」だったからだ。アルゼンチン館は、単なる留学生寮ではなく、パリにおけるアルゼンチン人の交流の拠点だった。一度、本国から来たタンゴの楽団が1週間ほど泊まっていったことがある。滞在の最終日、学生たちとの交流に気をよくした彼らは、1階の広間で寮生たちのために無料のコンサートを開いてくれた。その迫力と、聴いている学生たちとの一体感は格別だった。

「ブエノスアイレスの冬」は、アルゼンチン人が内に秘めている、やりきれない情熱のようなものが、よく感じ取れる1曲だ。バロック音楽的な構成だが、最後のピアノのアルペジオで雪が溶けて、春の日射しが差し込むような瞬間に、いつもぐっときてしまう。この曲は、あからさまにノスタルジックでメランコリックである。過ぎ去った日々への追憶と、それを忘れ去ってまた始まる新しい日々への思いが交錯し、躍動的な「春」へと繋がっていく。しかし、この感傷的な「冬」こそが、僕にとって、パリでともに過ごしたアルゼンチン人たちの素顔を思い出させてくれる音楽である。

『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970』:ピアソラ最盛期のライヴ録音。「ブエノスアイレスの四季」収録。

 

posted by

人気ブログランキングへ

FBN-banner01 FRENCH20BLOOM20STORE-thumbnail2

1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。