フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

ルツェルン音楽祭にエレーヌ・グリモーが登場!

posted by

ルツェルン音楽祭と言えば、ヨーロッパの夏を代表するクラシック音楽の祭典の一つだ。既に70年以上の歴史を持つこの音楽祭は、スイスのドイツ語圏都市ルツェルンで例年8月から9月にかけて1か月ほどに亘って開催される(2012年は8月8日から9月15日まで)。これまで世界的な演奏家たちが出演してそのヴィルトゥオーゾを披露してきたこの音楽祭に、今年はフランスを代表するピアニスト、エレーヌ・グリモーが協奏曲のソリストとして登場した。今回、筆者はこの時期にルツェルンに滞在する機会を得たため、グリモーの演奏を4年ぶりに聴くことが出来た。

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ルツェルンと言えば湖に臨む風光明媚な小都市であり、作曲家のワーグナーが好んだ街としても知られている(実際、街から少し離れたトリプシェンという村には、かつてワーグナーが住んだ別荘が残されている)。常に観光客が絶えない都市であるが、この音楽祭の時期は一段と街中が込み合うように思われる。音楽祭は現在、駅前に建設されたKKL(Kultur und Kongresszentrum Luzern カルチャー&コングレスセンター)と呼ばれる巨大な近代的複合施設(ルツェルン美術館も併設)の中で開催されており、そこでは音楽会やアカデミーが連日のように行われ、周辺は常に賑わいを見せている。

情報によれば、グリモーは数年前からパートナーと共にルツェルンに住んでいるらしい。旅の最中に立ち寄ったこの土地に「一目で恋をしてしまった」とのこと。フランスからアメリカへ、そしてスイスへと居住地を替えながら、しかし、常に世界のひのき舞台で活躍を続けているというのが彼女の現在の姿だ。ルツェルン音楽祭ではすでに2008年にクラウディオ・アバド(同音楽祭の音楽監督)指揮ルツェルン祝祭管弦楽団の伴奏でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をグリモーは熱烈に演奏しており、その演奏は『ロシアン・ナイト』と題されてDVD化もされ、ドイツでは最優秀DVD賞を受賞している。

さて、今年のグリモーの演奏は8月20日の月曜、19時30分からのコンサートで聴くことが出来た(伴奏はジェームズ・ガフィガン指揮ルツェルン祝祭管)。彼女の詳細については、2008年夏の大阪フェスティヴァルホールでの演奏についての記事を読んでもらいたいが、そこでも書いたように、このピアニストはフランス人でありながらドイツ音楽を非常に好むことで知られている。今回も曲目に選ばれたのはブラームスのピアノ協奏曲第1番ニ短調op.15であり、ロマン主義音楽の傑作として知られるものだ。この曲はもともとブラームスが交響曲として作曲しようとしたものを途中からピアノ協奏曲に変更した作品であるため、重厚な作風で長大な演奏時間を持ち、また、並大抵の演奏家が弾くことが出来ないほど技術的に難しい部分を持っている。

しかし、そのような壮大な曲でさえ、グリモーという天才ピアニストの手にかかればいとも簡単に演奏されるように見えるから不思議だ。彼女は最も難関なパッセージさえ、一陣の風が森の中を吹き抜けるかのように軽やかに弾き切ってしまう。しかし、そう言うと彼女は楽々と弾いているかのように思われるかもしれないが、実際はそうではない。彼女はほとんど何ものかに憑りつかれたかのように、トランス状態になって曲の世界に没入しながら弾くのである。多くの聴衆が、演奏の只中に発する彼女の激しい声に驚かされたのではないか。弾きながら唸り声を発するピアニストと言えば、グールドやポリーニが思い出されるが、彼女の曲への取り組み方は常軌を逸しており、まさに全身全霊で音楽と激突する様を彼女は見せつけるのだ。

Resonances私は彼女の演奏を舞台の右斜め上からほとんど目の前にいるかのごとくに聴き、そして見ることが出来た。彼女は演奏の最中、絶えず上半身をメロディに合わせて上下左右に揺らし続け、まるで音楽という海の中を泳ぎ切ろうとしているかのように見える。これほど自由奔放に演奏しながら、しかし、放埓に陥ることは決してなく、技術的に一点の曇りもない完璧なる演奏を披露するというのはまさに驚異的なことのように思われる。天才ピアニストを主人公にした物語と言えば『のだめカンタービレ』や『ピアノの森』が思い出されるが、「のだめ」や「カイ」のようなピアニストが現実に存在するとしたら、それはまさにグリモーなのではないか。私は奇跡的な瞬間に居合わせているのを感じざるを得なかった。

演奏が終われば、当然ながら絶賛の嵐であり、聴衆の拍手は鳴り止むことがなかった。スタンディングオベーションが何度も続いた後、グリモーはゆっくりとピアノに座り、しっとりとしたアンコール曲を奏でる(恐らく、シューマンだったと思う)。あれほどの興奮状態を作り出した後に、このように落ち着いた端正な曲を弾き、会場の雰囲気をガラリと変えることが出来るとは…。とにかく、グリモーという演奏家には驚かされるばかりである。このピアニストが快進撃を続ける時代はまだとても終わりそうな気配はない、そう思わされた一夜であった。

□関連記事:「エレーヌ・グリモー HELENE GRIMAUD」

posted by

人気ブログランキングへ

FBN-banner01 FRENCH20BLOOM20STORE-thumbnail2

普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中