フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

テオ・アンゲロプロスを忘れたくない

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2012年1月下旬、ギリシャ出身で現代を代表する映画監督テオ・アンゲロプロスが亡くなったという衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。新作映画を撮影中の交通事故死だという。1980年代から90年代にかけて世界を席巻した巨匠のあまりにも突然の訃報に、我々は言葉を失うしかなかった。

アンゲロプロスが世界的にその名を知られるようになったのは『旅芸人の記録』(1975年)、『アレキサンダー大王』(1980年)などの作品を世に送り出した頃であった。これらは地元ギリシャを舞台にしたマイナーな作風の作品ではあったが、その映像の圧倒的な質の高さと、叙事詩的な語り口によって世界の映画ファンを驚愕させたものだった。日本では当時ギリシャに滞在していた池澤夏樹が字幕翻訳を担当したこともあり、その優れた翻訳作業のおかげでアンゲロプロスを受け入れる土壌が瞬く間に形成されたことが、今となっては懐かしく思い返される。

その後も『霧の中の風景』(1988年)など、彼の作品は日本でもコンスタントに公開されて行った。だが、私自身が彼の作品に本当に圧倒されたと感じたのは『こうのとりたちづさんで』(1991年)と『ユリシーズの瞳』(1995年)という二本の傑作を観た時である。これらはいずれも「国境」を舞台とした作品であって、祖国から追われた者、帰りたくても帰れない者、絶えず祖国を思い続ける者たちが作品の中心人物として登場する。これらの作品は、ベルリンの壁の崩壊からユーゴスラビアの内戦へと向かう20世紀後半のヨーロッパの紛争の時代に制作された為、その時代の緊迫した雰囲気を濃密にフィルムに収めている。

アンゲロプロスの作品の素晴らしさは、民族の悲劇的な運命をその歴史的奥行きを遥かに見据えた上で前景化するその毅然とした姿勢にあった。彼の作品の主眼は悲惨な現実の告発だけに終わっていない。その基底部にあるのは、このような状況を生みだす歴史の流れに対する冷徹なまでの眼差しである。しかし、だからといってアンゲロプロスは個人を蔑ろにするわけでは全くない。歴史の荒波に翻弄される人間たち(『こうのとりたちづさんで』ではマルチェロ・マストロヤンニ扮する失踪した国会議員、『ユリシーズの瞳』ではハーヴェイ・カイテル扮する失われたフィルムを探す映画監督)を精緻に描き出すことによって、困難な時代を生きざるを得ない人間の本質的な苦悩を鋭く抉り出そうとしているのだ。上記の二本によって、アンゲロプロスはそのような表現方法の限界にまで辿りついたように思われる。

しかしながら、ブルーノ・ガンツを主演に据えた『永遠と一日』(1998年)では、そのような作風が自己模倣、自己反復に近くなり、アンゲロプロスの映画に翳りが出て来たかのように感じたのは私だけであろうか(カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したとはいえ)。その映像は既にどこかで観たもののように感じられ、アンゲロプロス自身が、この圧倒的な歴史のうねりの中で、もはや人間というものをどう捉えたのかいいのか分らなくなっている、迷っているという印象を与えるものだった。

前言を翻すようであるが、アンゲロプロスの場合、むしろ個人の内面に肉薄した作品の方が優れた作品を撮ることが出来たのかもしれない。『蜂の旅人』(1986年)のような作品を観るとそのような思いを強くせざるを得ない。蜜蜂を売り歩きながら、謎の女と出会い、そして別れ、また旅を続ける初老の男をマストロヤンニがこれ以上考えられないほど絶妙な仕方で演じている。いや、むしろ演じているということを完全に忘れさせるほどのものだ。この映画を見ている最中、我々はこの主人公と同じ心境になり、大陸の果てから果てへと旅を続ける人物そのものに成り代ってしまうのだ。

この『蜂の旅人』の主人公のように、アンゲロプロスは我々に何も告げることなく、どこか遠くに突然旅立ってしまった。しかし、旅立った者はいつか必ず帰って来るにちがいない。我々が20世紀後半にヨーロッパに起った数々の悲劇を思い出すとき、彼の映画は旅人のように我々の前に再びその姿を現すのだろう。

不知火検校

 

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普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中