フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

生きるとは挑むこと ジャンヌ・モロー

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ある老いたハリウッド・スターが晩年こう言ったそうだ。「私にはもう、宝石と思い出しか残されていない。」

フランスが誇る銀幕のスター、ジャンヌ・モローなら、ぴしゃりとやるだろう。「ノスタルジーなんて一体何のためにあるの?ノスタルジーは、物事が同じであってほしいと願うときの心持ちね。それはそれは多くの人が、同じ場所にとどまりたいと思っている。でも私は思うの。おやおや、あの人達を見てごらん。息を引き取る前にもう死んでいるわ。生きるとは挑むこと。大変勇気のいることなの。」

まさに、この言葉通りの人生を送った人だった。息を引き取るまで現役の女優であり続けた。2012年に公開された最後の作品で初めて彼女をスクリーンで見たという人だっているかもしれない。カメラの前に立つだけでなく、自らメガホンを取った。舞台にも立ち続けた。70才を超えてからも、海外で芝居の上映権を買っている。常に前を向いていた。

老いを隠さず、かえって輝いた人でもあった。フランソワ・オゾンの『僕を葬る』で久しぶりに彼女を目にした時は正直驚いた。そこにいるのはまごうかたなき老女だったから。けれども死に直面した主人公の祖母を演じたジャンヌは、静かだけれど圧倒的な光を放っていた。美しく保全する道を選択する女優さんばかりの中、こういう存り方もあるのかと感じいったものだ。

何がジャンヌを突き動かしていたのだろう。俳優であることに特別な思い入れがあったからかもしれない。単なるメチエとは考えていなかった。世界中で愛されるスターとなっても、その点は揺るがなかった。なぜなら、芝居に出会ったことで彼女の人生は大きく変わったからだ。

それまでのジャンヌは、重苦しい空気の中を生きてきた。パリの下町でカフェや宿屋を経営していた父は、娘にやたらと厳しかった。本を読むな。映画や芝居に行くなどとんでもない。この理不尽な締め付けには、彼女の母の昔の職業が影響していたかもしれない。イギリスからやってきた彼女の母は、ジョセフィン・ベイカーら一流の芸人のショウで名を馳せたナイトクラブ、フォーリー・ベルジェール専属のショウガールだった。お楽しみを求める客の前に薄物をまとったあられもない姿で仲間達と毎夜踊っていたのだ。父の気持を娘は知る訳もなく、目を盗んでは小説を読みふけり、友達と口裏を合わせて遊びに行ったりしていた。

家の中だけでなく世の中全体もうつうつとしていた。フランスはドイツに負け、パリはナチスの支配下にあった。軍服姿のドイツ人が人々を威圧し、少女の目にもおかしいと思う事が街のあちこちで起きていた。父の商売が立ち行かなくなっていたモロー家にも、ナチスの手は及んだ。母が敵性外国人として逮捕され、毎日警察へ出頭するよう命じられたのだ。耐えられなくなった母は、妹だけを連れてイギリスへ帰国してしまう。家族はバラバラになり、15才のジャンヌは母と再会できるかもわからないまま日々を過ごしていた。そんなとき、芝居を見に誘われたのだ。戯曲家アヌイの新作、『アンチゴーヌ』だった。父に嘘をついて友達とこっそり劇場へ行った。

舞台は、衝撃的だった。そこには自分の意志を貫き通すヒロインがいた。アヌイの妻、モネル・ヴァレンティンが演じたアンチゴーヌは、回りの人間にはっきりノンと言い放ち、死を選ぶ。がんじがらめになっている自分と対象的なヒロインに心を揺さぶられると同時にこうも思った。私がやりたいことはこれだ、自分も舞台に立って何かを表現したい、これしかない―。ジャンヌは、父親に宣言する。「私は女優になる。」平手打ちされたが、そんなことには動じなかった。コンセルヴァトワールで演技のレッスンを受け、1948年には名門劇団コメディ・フランセーズに正規の団員として入団する。まだ20才だった。

演技者としての彼女の才能は華々しく開花し、映画界からも声がかかるようになった。しかし、ヘの字口が似合う映画女優としては「規格外」のジャンヌがスクリーンで輝きを放ったのは、ルイ・マルやフランソワ・トリュフォーら新しい世代の監督と組んだ作品だった。どぎついメイキャップから解放され、自然の光の中でいきいきと振る舞い、ベッドの中で身悶えもしてみせる彼女に、観客はこれまでの女優に見いだせなかった美しさを見い出したのだ。「クールネス」という新しい美しさを持ち込んだのは正に彼女だった。

自然な英語が話せたこともあり、一時はアメリカに住んで海外の作品にも多数出演した。百数十本にもなる豊かなフィルモグラフィの裏に、お断りした映画のリストが充実しているのもジャンヌらしいところだ。例えばこんな映画を袖にしている。

 ・『卒業』ミセス・ロビンソン役
  (「母親とも娘ともベッドを共にするお話、というのがどうもね」)

 ・『カッコーの巣の上で』ラチェッド看護婦
 ※この役を演じたルイーズ・フレッチャーは、その年のアカデミー主演女優賞を受賞した。

 ・『スパルタカス』
 (「息子さんも映画スターになった、あたりかまわず女優に手をつけると評判の俳優(カーク・ダグラスのこと)の相手役だというのでやめたわ。キューブリック監督自らが声をかけてくれたらどうだったかしらね。」)

晩年まで毎年途切れる事なく続けた映像作品への出演も、ファッション・デザイナーから映画監督、俳優達との「愛の遍歴」も、いずれも自然な情熱の発露であったのではないかと思う。流される事なく、自分のやりたいと思う事を貫いた結果がこうなったというべきか。

そのような生き方を選んだからこそ、ストイックな人でもあった。。30年も前にお酒は止めた。責任から自由であるために持ち家は持たない。働き、旅をする。休みは取らない。生前、彼女はこう語っていた。「人生の最終目標とは、病がないまま息を引き取ること事じゃないかしら。ろうそくが燃え尽きるようにね。」まさに望み通りの最後であったのではないだろうか。

映画『突然炎のごとく』のトレーラー。
youtu.be/EZnP1B-tyqg

そもそもが舞台人であるジャンヌ。朗読もすばらしい。自ら口説いて実現させた、エチエンヌ・ダオーとの共演盤より、ジャン・ジュネの詩の朗読をどうぞ。
youtu.be/tYBZBqHa_wA

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