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ロイ・フラーを目撃せよ! 異色の伝記映画『ザ・ダンサー』

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伝記映画をつい見てしまうのはどうしてだろう。絵になる逸話がつまっている、取り上げられた人物がすこぶる魅力的、等あるけれど、知識のレベルで知っている栄光、栄華が追体験できるからかもしれない。

ただヒーロー、ヒロインが歌舞音曲の世界の人であると、栄光を可視化するのはなかなか難しい。スポーツ選手なら記録を達成する過程や、伝説の試合の再現でその人に対する世間の熱狂を無理なく説明することができる。しかし歌や踊りのすばらしさや衝撃は、観客のリアクションを描くことでしか表現できない。だから見ていてもやもやした気分に陥ることも少なくなかったりする。なぜそのパフォーマンスにそんなにまで感激するのか、自分の五感では納得できなかったからだ。

そんな高いハードルに挑む伝記映画が登場した。取り上げたのは19世紀末のパリでユニークなサーベンタイン・ダンスを披露し一世を風靡したアメリカ人女性、ロイ・フラー。残されたモノクロの映像や写真からはその凄さがわからない有名人でもある。個人的にはロートレックの絵でその名に馴染みはあるものの、彼が好んで描いた踊り子達と違って、彼女の何が絵描きのアンリさんの筆を取らせたのか謎だった。存在したのは明らかなのだがそれがどんなものかわからない、ジグソーパズルから欠け落ちたピースの穴のような存在。

この映画の作り手は、思い切った手に打って出た。興味深い枝葉(舞台照明に関係する化学薬品系発明を行ったりキュリー夫妻とも交流したリケ女の一面、ルーマニア王室との親密な交際など)はばっさり落とし、花形文化人との華麗な交遊もカット。一点だけに焦点を絞った。まずダンス・パフォーマンスありき。ヒロイン像は踊ることを巡るストーリーでのみ描けばよい。結果として、浮かび上がったのが己が信じる美に奉じるストイックで不器用な「アート女子」としてのロイ・フラーだ。

女優を夢見る山出しで変わり者のヤンキー・ガールは、舞台での失敗をヒントに誰も思いつかなかった「ダンス」を創作し、彼女の美をわかってくれる場を求めて盗んだ金で大西洋を渡る。このとき25才。パリの興行主の目から見ればとうが経ちすぎた新人芸人。しかもその出し物はこれをダンスと呼べるのかという代物だ。

真っ白なシーツから顔を出したような衣装に身を包み、腕に仕込んだ竹の棒で袖がずりおちないようしっかり固定し、色を変えてゆく投光器の光を全身に浴びながら音楽にあわせて旋回する。上下左右斜めと両腕を振り回し長い袖の長いドレープをはためかせ、ひたすらぐるぐるぐるぐる。踊りというより体操のようだ。尻込む回りをよそに、ロイは寝食を忘れ初演を目指しひたすら手直しにいそしむ。衣装の色を微妙に染め直し、体の動きを試行錯誤し、練習に励む。全ては、舞台の上で最高の効果を上げるため。私の思い描いた美しいヴィジョンを観客の前に現すため―。この成功一歩手前の場面が全篇の中で特にわくわくさせられるところだ。初舞台を終え、暑さと体力の消耗で衣装の襞に埋まるように倒れ込むロイの横顔は美しい。

名声と金を手にし、したいことができる身となったロイは、望みを次々かなえてゆく。稽古場を手に入れ、後のモダンダンスに通じるような自由な動きで舞う女性舞踊団を設立、彼女の考える美を共に探求する仲間を育てようとする。孤独に生きてきた彼女がとうとう手に入れた「私の居場所」だった。しかし、成功は激しい消耗と肉体の酷使が続くことを意味した。ステージをこなす度に腕も腰も、熱と強烈な光に曝される目も痛めつけられる。痛みをごまかすために氷の塊を抱き、黒眼鏡で過ごす生活を余儀なくされ、美の殿堂オペラ座からオファーが来たときには体の悲鳴は押し殺すことができないほど大きくなっていた。

そして満足に踊れなくなったロイと入れ替わるように、洗練された容姿とギミックなしのナチュラルなダンスを売り物にする踊る若いアメリカ人が登場し、世間の関心は新しいスターへ移って行く。その人、イサドラ・ダンカンは、ロイの庇護を受けていたダンサーだった。新しいスターを見守るかわいそうなヒロイン―伝記映画ではよくあるパターンはここでも描かれている。

が、それだけでおわらせないのがこの映画。最大の見せ場はなんといっても完全に再現されたロイ・フラーの舞台だ。闇の中から様々な色の光を浴びて浮かび上がる彼女の舞は、息を飲むほどに美しい。ゆらめくドレープの波はまさに変幻自在、CGの派手な人工ファンタジーに食傷した目もこれにはびっくり。当時の人が賞賛した通り、まさに「夢の花」なんである。100年以上前の観客と同じ興奮をわかちあい、本気でロイ・フラーに拍手すことができるなんて!まさに、映画ならではのモーメント。この数分間にだけでも大人一枚のお金を払う価値あり。

今回の再現が実現できたのは、ロイ・フラーがこの夢のひとときのからくりの一部を明確な文章にし、特許を取っていたからだ。裸足の舞姫イサドラ・ダンカンの踊りがモノクロの写真やフィルムでしか拝むことができず、何が人々を熱狂させたのかおぼつかないのと対称的だ。自分一代だけのものとして仕舞い込まず、後の世の人とも美の体験を分かち合おうとしたロイ・フラーのユニークさに敬服する。

全体にヨーロッパ調耽美趣味に流れ過ぎ、わけがわからなくなってしまうのがこの映画の泣き所。タフなダンス・パフォーマンスも込みで揺れ動くロイ・フラーを骨太に演じきったソーコ(綴りはSoko、本名ステファニー・ソコリンスキ。シンガーが本業)の存在なしには成立しえなかったのではないか。ギャスパー・ウリエル演じる没落貴族のねっちょりとした存在感も好き嫌いがわかれるところ。イサドラ・ダンカンを演じたリリー・ローズ・デップはご愛嬌という感じだ。

意外な拾い物は、駆け出しのころからロイを支えた女性、ガブリエルを演じたメラニー・ティエリー。演技もさることながら、当時の男前な女性の魅力を物腰やしぐさのレベルでも見せてくれる(煙草のくわえ方なぞかっこいい)。長いスカートとコルセットの時代の働く女の衣装を颯爽と着こなし、ファッションに関心のある向きも満足されるのでは。久しぶりにフランス女性の繊細な美しさを堪能した。

トレイラーはこちらで見れます。
youtu.be/D2Io9hEl7TA

 

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大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。 門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。