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稀代の名優、渡瀬恒彦を追悼する―『時代屋の女房』から『ちりとてちん』まで―

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2017年3月14日に渡瀬恒彦が亡くなったというニュースは多くの映画ファン、TVドラマファンを驚愕させたことだろう。そう、渡瀬はこの映画とTVという二つの媒体において、伝説とも言える傑作の数々を生みだした数少ない俳優の一人である。日本は世界に誇れる最も優れた俳優の一人を失った訳であり、そのことはこれから徐々に明らかになっていくであろうし、我々はそのことを証し立てて行かなければならない。

時代屋の女房 [DVD]泣く子も黙る映画スター、渡哲也の弟として映画界に売り出された渡瀬恒彦。しかし、当初は役者にまったく興味がなかったらしい。しかし、不思議なもので、才能というものは本人の意思とはまるで無関係に開花していくものなのだ。兄が正統派スター街道をまっしぐらに進む中、弟はやくざ映画の中に活路を見いだし、役者としての特異な才能を次第に発揮していく。こうして、1970年代初頭の渡瀬のフィルモグラフィーは軒並みやくざ映画で埋め尽くされる。渡瀬はこの時期の頂点に位置する『暴走パニック大激突』(深作欣二、1976)において激しいカーアクションを鮮やかにこなし、文句なしに主役を張れる俳優であることを見事に証明する。

だが、この時期の渡瀬を「アクション俳優」と位置付けるのは軽率だ。70年代後半から80年代前半の作品で彼が演じた役は、いずれも高度な演技力・表現力が要求される難役であり、渡瀬はそれらを確実にこなすことで本格的な役者への道を突き進んでいく。1978年は『赤穂城断絶』(深作欣二)、『事件』(野村芳太郎)などでの名演が知られているが、それ以上に、『皇帝のいない八月』(山本薩夫)に主演した年として記憶されなければならない。クーデターを起こす自衛隊の若き将校の野望と苦悩を鬼気迫る様で渡瀬が演じるこの作品は、恐らく山本が撮った最高傑作であろうが、渡瀬の演技もここにおいて最高水準に達していることは疑い得ない。

その後、1979年の『戦国自衛隊』(斎藤光正)では反旗を翻して統制を乱す自衛隊員、1980年の『影の軍団 服部半蔵』(工藤栄一)では影に生きる忍者軍団の頭目など、いずれ劣らぬ話題作の中で渡瀬は個性的な演技を次々に披露する。そして、『復活の日』(深作欣二、1980)や『セーラー服と機関銃』(相米慎二、1981)などの野心的な監督の作品では、主人公を支える重要な役どころに渡瀬が配され、映画自体の空気を変えるまでの存在感を発揮する。特に、『セーラー服~』の最後、薬師丸ひろ子がマシンガンを乱射する場面の素晴らしさは、渡瀬が薬師丸の傍らにいるから成り立つのであり、その安定した役者としての立ち位置にはどのような映画マニアも納得させられずにはいられなかっただろう。

渡瀬恒彦出演 連続テレビ小説 ちりとてちん DVD-BOX1 苦あれば落語あり 全4枚セット【NHKスクエア限定商品】1980年代の初頭は『天城越え』(三村晴彦、1983)での老刑事役の評価が高いが、私は何を措いても『時代屋の女房』(森崎東、1983)だけは挙げずにはいられない。というか、個人的には『時代屋の女房』は戦後日本映画の最高峰であると筆者は考えている。それは、この映画においては、随所において冴えを見せる森崎の演出に加え、夏目雅子、津川雅彦、そして渡瀬による奇跡的なコラボレーションが実現されているからだ。ふらりと店にやって来た謎の美女を妻にし、またふらりと出ていった彼女の帰還を待ち続ける骨董屋の主人を演じる渡瀬は、哀愁を漂わせながらも飄々としており、実に素晴らしい。それは、彼以外にこの役を演じられる俳優がいるだろうか、と思わせるほどだ。未見の方は、是非ともご覧いただきたい。

その後も映画での活躍は続くが、渡瀬は特に1990年代以降、テレビの世界においても独特のポジションを築いていく。その多くは、刑事もの・推理ものの作品における主演であるが、それは、相棒と共に事件を解決するか(『十津川警部』シリーズ[相棒は伊東四朗]、『世直し公証人』シリーズ[相棒は蟹江敬三]など)、あるいは、見事なチームワークを実現して難事件に挑むか(『おみやさん』シリーズ、『警視庁捜査一課9係』シリーズなど)の二種類に分類される。しかし、これらのドラマは基本的には人間の心情への篤い信頼が物語の根幹にあり、渡瀬はその範疇を超えて作品に関わることをしなかったという点で、徹頭徹尾ヒューマニストであったと言うことが出来るだろう。

この、「相棒」と「チームワーク」という、渡瀬が最も重視したテーマが最良の形で実現したドラマがNHKの朝ドラ『ちりとてちん』(2007-2008)であり、ここに朝ドラ史上最高レベルの傑作が誕生することになる。脚本は鬼才、藤本有紀。渡瀬が演じるのは落語をすることを忘れた伝説の落語家。その彼に加え、師匠に何とかして食らいついて己の才能を開花させようと躍起になる二人の若い男女、そして弟子たちによって波乱万丈の物語が繰り広げられる。『ちりとてちん』は、宮藤官九郎脚本の『タイガー&ドラゴン』(2005)と並んで、落語を物語の根幹に据えた傑作ドラマとして今後も長く語り継がれるであろう。そして渡瀬の元から、貫地谷しほり、青木崇高という稀に見る才能を持つ二人の役者が誕生した作品としても。

このように見てみると、渡瀬恒彦という稀代の名優が映画・テレビの世界に残した遺産は計り知れず、その穴を埋めることは到底できない。しかし、我々は彼の作品を見返すことで、20世紀から21世紀にかけての日本の役者がどれほど高度な水準に達していたのかということを思い起こし、それを後世に伝えていくことはできるだろう。そして、それは「次の世代の渡瀬恒彦」への大きな糧となるのではないだろうか。

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普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中