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2016年のベスト映画 (+音楽)

text by / category : 映画

恒例の年末企画、2016年のベスト映画です。今年は管理人が忙しく映画のみの企画となりました。あえて今年の音楽を選びたいという選者には最後にひと言コメントしてもらいました。フランス映画を中心に選んでいますが、今年はアニメ映画を中心に日本映画も盛り上がりました。例年のように老舗映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』を参照してみましたが、大半が知らない映画で、来年日本で公開されるのを楽しみに待つしかなさそうです。

不知火検校(FBNライター)

1.ダゲレオタイプの女(黒沢清監督)
今年は黒沢清の新作が2本公開されるという僥倖に恵まれました。『クリーピー 偽りの隣人』では香川照之の怪演に驚かされましたが、『ダゲレオタイプの女』はそれを凌駕する傑作です。これは黒沢以外のスタッフ・キャストがほぼすべてフランス人なので、フランス映画と呼ぶべきものです。そればかりか、ここ数年の間にフランスで製作された映画の中では、最高の一本ではないでしょうか。O・グルメを始めとする3人の主要登場人物の造形の巧みさには誰もが舌を巻く筈です。いまさらながら黒沢が世界的レベルに到達した映画作家であるということを再認識させられました。
2.あの頃、エッフェル塔の下で(アルノー・デプレシャン監督)
1997年にデプレシャンの『そして僕は恋をする』という稀に見る傑作を観てしまった者は、その前日譚を描いたというこの作品を観に行かずにはいられなかったでしょう。M・アマルリック扮する主人公がどういう少年時代を過ごしていたのか、誰もが気になったのではないでしょうか。結果として見れば、『あの頃~』は『そして~』には到底及びませんが、デプレシャンという映画作家が、「映画」という媒体を通して実現しようとしている世界―それは単なるノスタルジーではありません―は理解できます。彼のような監督がいる限り、フランス映画にはまだ希望があるかもしれない、と思わされました。
3.緑はよみがえる(エルマンノ・オルミ監督)
今年最大の驚きは、オルミが2014年に撮った最新作『緑はよみがえる』が公開されたことです。2016年現在オルミは85歳ですが、この歳にして旺盛に作品を世に問うているのだからさすがです。ここには『木靴の樹』(1978)や『聖なる酔っ払いの伝説』(1988)の頃のような瑞々しさはありません。しかし、『ジョバンニ』(2001)以降のオルミ作品には歴史の悲劇に挑むかのような真摯さがあります。この『緑はよみがえる』は彼の父親が第一次世界大戦で体験した出来事をもとにしたものですが、静謐な画面からは事実を冷徹に見つめるオルミの峻厳なまなざしが感じられます。小品ながら、見逃してはならない作品です。
■その他、B・ボネロの『サン・ローラン』、M・プロヴォの『ヴィオレット―ある作家の肖像』などのフランス映画が健闘していましたが、50年振りにデジタルリマスターで蘇った『男と女』(C・ルルーシュ)には負けています。アメリカ映画では『トランボ―ハリウッドに最も嫌われた男』(ジェイ・ローチ)、『The Beatlesエイト・デイズ・ア・ウィーク』(ロン・ハワード)が収穫でした。日本映画が『シン・ゴジラ』(庵野秀明)と『君の名は。』(新海誠)の独走状態だったのは良いことだったのか、いまはまだ分かりません。

あの頃エッフェル塔の下で [DVD] リリーのすべて (字幕版)

丸山有美(まるやま・あみ)

1.『92歳のパリジェンヌ』(原題:La dernière leçon)仏映画
元フランス首相リオネル・ジョスパンの実妹ノエル・シャトレが、母との最後の日々を綴った小説の翻案。万人にとっての正解がない問題ながら、かつては助産婦として活躍し’68年の五月革命では女性の権利を求めて闘った女性マドレーヌが、老いと真摯に向き合い、生をまっとうするため、体の自由が利くうちの尊厳死を選んだことはごく自然なことに思える。この作品の中では生と死は必ずしも対義語ではない。世代や地域による死の捉え方の違いが示されているのも良かった。
2.『リリーのすべて』(原題: The Danish Girl)英・米・独映画
1920年代、世界で初めての性別適合手術を受けたリリー・エルベ(本名エイナル・ヴェゲネル)の半生を綴った小説が原作。己が本来あるべき姿を獲得しようとするリリーの思いはあまりにもまっすぐで強く、それに胸を打たれて、途中(元)妻ゲルダに対するリリーの身勝手な言動にずっとむかついていたはずが、鑑賞後には清々しい気持ちの方が勝っていた。とはいえどんなに傷つけられても(元)夫を支え続けるゲルダには終始感情移入しまくりであったのだが。なお、作中にも出てくる、リリーを描いたゲルダの絵は官能的で秀逸。「Gerda Wegener」で画像検索すべし。
3.『ひなぎく』(原題:Sedmikrásky)チェコ映画
女性監督ヴェラ・ヒティロヴァによる1966年の作品。ヒロインの二人は、社会的に不確かで最強に自由でいられる女の子の特権を享受しながら、それが長くは続かないことを心のどこかで知っている。作品中に散りばめられた本筋と一見関係ない要素の数々を深読みせずにはいられない。例えば、ミルクをたっぷり注ぎマッチョ男の雑誌の切り抜きを沈めたバスタブは少女を大人の女に変える象徴的な装置だ。ひとたび身を浸した後は社会の一員としてルールを強いられる。実験的な演出で共産政権下の社会を鮮やかに描いた監督に感服。そして、難しいことを抜きにこの映画はおしゃれでかわいい!
■続きまして、2016年の私的ベスト音楽をざざっとご紹介……。
■手前味噌ですが、昨年日本盤のライナーを書かせてもらったBrigitte(ブリジット)の「フレンチミリオンキス(原題:A bouche que veux-tu ? )」はよく聴いた一枚。60〜80年代を彷彿させるサウンドは懐かしいのに新しく、コケティッシュな Brigitte の二人の遊び心がいっぱい。同じく女性アーティストでは、カナダ出身でフランス語と英語で歌うCœur de pirate(クール・ドゥ・ピラート)もヘビロテ。2011年のアルバム「Blonde」に収められた Place de la République(レピュブリック広場)は繊細なピアノ、訥々とした歌がまるで静かに降り注ぐ雨のよう。2015年11月のパリ同時テロ後に人々がレピュブリック広場に集ったことは未だ記憶に新しい。あれ以降、この歌は自分の中のパリの街へ親しみを喚起させるものになった。
■下半期によく聴いたのは、LA FEMME(ラ・ファム)と PARADIS(パラディ)。LA FEMME の「Mystère」はフレンチニューウェーヴの今を代表するアルバムと言ってよさそう。とんがってる感が最高にかっこいい! シンセサウンドとフランス語の響きが心地よい PARADIS の「RECTO VERSO」は洗練と気取りのなさの配合が絶妙。肩の力の抜けたいい女の気分で踊りたくなる(え、私だけ!?)高揚感あり。
□丸山有美(まるやま・あみ) 編集者・翻訳者。『ふらんす』前編集長。制作ユニットあみちえ代表。

MYSTERERecto Verso [Analog]

サツキ(Small Circle of Friends)

1.ダゲレオタイプの女 La Femme de la plaque argentique
監督 黒沢清 日本・フランス・ベルギー合作
昔マンレイにはまり、その過程でカメラを辿る本で見た言葉。「ダゲレオタイプ daguerréotype」。父がカメラマンということも手伝い子供の頃「ソラリゼーション」の話や「ダゲレオ」の話を聞いていても、その時点で身につくわけもなく、その時知る事となる写真撮影法。久々に見た『ダゲレオタイプ』の文字は、フランス映画と思うも日本人監督あの黒沢清監督でした。オカルティックとかホラーというより、鮮烈にメンタルが収拾つかなくなるほどの物語。ふと「パトリス・ルコント」の「橋の上の娘 La Fille sur le Pont」を思い出します。フランス映画って不条理で刹那だな….。いえいえ、日本人監督だった。そう。映像に映る、背景、植物、室内家具から装飾。時代考証も含め、主題とそれを彩る人の風景が奥深いコントラストで迫る。「あっこれ、黒の使い方がうまいんだ」。映像に落とし込まれた影や、衣装、顔。そして、ダゲレオタイプで映し出されたマリー。黒のグラデーションになった灰色が無機質に見えて何層にも心情を表す。私が思う、フランス作品の不条理な喪失感と、日本の芯から冷える怖さとが合わさった黒沢清監督の映像テクニックを見た思いです。監督の『ダゲレオタイプ』を主題に選んだ着想力が豊かでこれからがさらに楽しみです。
2.裸足の季節 Mustang
監督 デニズ・ガムゼ・エルギュベン フランス・トルコ・ドイツ合作
今年の夏、トルコ軍のシリア侵攻が始まったニュースをnetで知る頃、リリースツアーで訪れていた佐賀の映画館「CIEMA」で北トルコが舞台の『裸足の季節 Mustang』を観ました。シンクロする場面など無いけれど終始、現実とVirtualを行きつ戻りつ観ました。心にアレッポのコトが残ったままだったからです。トルコの日常、人々の一端が浮かぶ映像。前評判通り『ヴァージン・スーサイズ』をよぎるも、物語が進むとベクトルの違いが波紋の様に伝わります。其々の人種には積み重ねられた歴史、慣習があることを承知で語るのなら『彼女達のジュブナイル感は想像以上に過酷で美しかった。』その言葉につきます。淡々と進む、ストーリーはスクリーンの景色に溶け深く心に沈みこむ。エンドロールの中「どうか彼女達の未来がもっと健やかであるよう」願っていました。その後、エルギュヴェン監督の言葉をnetで目にします。「5人の少女を、5つの頭を持った怪物」「トルコを訪れる度に、驚くほどの閉鎖感」「トルコは1930年代という早い時代に女性に参政権を与えた国の1つだったのに、哀しい」この三つの言葉が刺さり今でも抜けません。今、日本に住む自分にとって、如何にフィードバック出来るか?と想い続けています。そういえば彼女達の着る服(衣装)は、彼女達には哀しいドレスでも時代が生んだオーセンティックで素敵なモノばかりでした。涼しく、快適な映画館で見る自分を思うと、人間って、状況で如何様にも解釈する我儘な生き物なんだね。自分を思うと残念極まりないけれど…。
http://www.bitters.co.jp/hadashi/
3.nonane – telefone
「ChanceTheRapper – Lost」に参加していたシカゴの女性ラッパー「Noname」のアルバム。「ChanceTheRapper」は、リリースに関してフィジカルリリース(商業リリース)しない、Free DLやSoundCloudからダウンロードするというミックステープ仕様を続け、現在では名だたるアーティストと共演。その間2012年のデビューから4年という速さで、グラミーをも動かす存在に…。(グラミー賞は米国内で商業リリースされた音楽作品」を受賞対象)そのコミュニティの一人、女性ラッパーのNonameのフリーアルバム。それが個人的2016年ベストアルバムになりました。全ての曲に、愛らしさと強さと若さに満ちたアルバム。そこにはオーセンティックな味わいもあって、アルバム8月のリリース直後から繰り返しエンドレスで部屋で流れていました。アルバム制作話を読むと、シカゴの才能ある若者たちが、チームを組み「それぞれのエゴ無しに作品作りあげた」とありました。それはまさに「友達パワー」だったと。最近、そういう青臭い話に惹かれます。そこまでのパワーを持って、アーティストと組み音楽を作る環境やコミュニティー。たぶん、何かで?知らぬ間に?本質的に備わっていた「ブランディング」能力に長けていたのかな。もちろんそこには才能という文字も潜んでいますが。きっとそんなことに、新しさを感じられずにはいられない魅力に満ちてます。音楽だけではないそう、アートワークも大好きっ。それってけっこう重要です。
http://www.nonamehiding.com
4. Bar Music 2016 Weaver of Love Selection
渋谷にある『Bar Music』。その店名を冠したコンピレーション・アルバムも、2013年からスタートして、早4枚目。今年一年頻繁にお店に通った身としては(レギュラーも2ヶ月に一度)、耳にしていた曲も多くて、 アルバムを通して聴いていると、さながら店内に居る気分に浸ることができます。曲のセレクトに毎回Bar Music、延いては中村君っぽさを感じるんだけど、今回は一貫した空気が流れているようで、単なる年間ベストではない事が伺えます。そして少しでもその「頭の中」に触れたくて、また『Bar Music』の扉を開くのです。ちなみに11曲目「Mathieu Boogaerts」はフランス人。ヴァネッサ・パラディにも楽曲を提供してる人。そして国内盤初CD化!素敵。
http://barmusic-coffee.blogspot.jp/
https://twitter.com/BarMusic_Coffee
□Small Circle of Friends : ムトウサツキとアズマリキの二人組。1993年、united future organizationのレーベル”Browns wood(日本フォノグラム)”よりデビュー。以来、11枚のフル・アルバムをリリース。代表曲に「波よせて」などがある。2005年にはインストゥルメンタルに特化したサイド・プロジェクト「STUDIO75」もスター トし、英国の人気DJであるジャイルス・ピーターソンもラジオ・プログラムにてプレイするなど、世界的な評価も得た。自身のレーベル「75Records」より今年11枚目のアルバムをリリース。2017年には「STUDIO75」の4thALもリリース予定。未だ音楽を更新中の毎日です。
www.scof75.com

Bar Music 2016 ~Weaver of Love Selection~Silence

まゆこ(映画チア部)

1.『ハッピーアワー』
5時間17分の長尺、集中力が持つか不安でしたが、一瞬も飽きることなく、本当に幸せな映画体験になりました。綿密に練られた脚本の力、素人と思えない演者の堂々とした佇まい、登場人物の存在の生々しさに驚き、それを支えた演出の繊細さと徹底ぶりを感じます。映画の中の現実に、自分がじんわり馴染んでいく感覚で、全ての人物に愛おしい気持ちを抱いていました。もっと観ていたかった、何度でも観たいと思う大切な1本です。
2. 『シング・ストリート 未来への歌』
音楽が生まれる瞬間の感動が見事に映像化されていて、言葉にできない高揚感を味わえます。劇中の少年たちのバンドの曲作りが、超現実的にスムーズな所がとても好きです。その中の1曲のPV撮影の場面で、家にも学校にも悩みを抱える主人公の、「現実がこうならいいのに」という願望が描かれます。音楽は儚い夢を見せるものでもあるんだなぁと、楽しく華やかな画面を見つめながら、切なさで胸が一杯になった素敵なシーンです。
3. 『ダゲレオタイプの女』
ホラーやメロドラマの要素もありつつ、重厚な、まさに芸術としての映画、という印象を受けました。黒沢清監督らしい、計算し尽くされた画面に視線や意識を誘導され、階段、柱、鏡、何気ない人物の動作、何もかもが意味ありげに見えてきます。時代から取り残されたようなフランスの古い屋敷の雰囲気と、女優コンスタンス・ルソーの絵画的な美しさが、現実と幻想の境が曖昧に溶かされた不思議な物語を、一層魅力的にみせています。
□映画チア部:神戸・元町映画館を拠点に関西のミニシアターの魅力を伝えるべく結成された学生による学生のための宣伝隊。メンバーは全員関西の学生です!
‪HP→movie- cheer.wixsite.com/movie-cheer2015 < https://t.co/m12kjXNXn7>‬‬‬
Twitter(@movie_cheer2015)→ twitter.com/movie_cheer2015
Instagram→ instagram.com/movie_cheer2015

シング・ストリート 未来へのうた [DVD]ハドソン川の奇跡 ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]

exquise(FBNライター)

■今年は「映画好き」というにはお恥ずかしいほど、観た映画の数が少なかったので、1作だけ挙げます。
Untitled (Human mask)(ピエール・ユイグ)
放置された居酒屋のなかを不安げに移動する、能面のようなマスクをつけた長い髪の少女は、実は少女の格好をした猿であり、さらにその場所は東日本大震災の避難指定地にあることを推測させるこの作品は、今年秋に見に行ったアート・イベント「岡山芸術交流2016」に出品されていた、フランス人アーティストによる20分ほどのショート・フィルムで、「映画」というジャンルに入れるには無理があるかもしれないが、グロテスクで滑稽に見えつつも美しく切なく、一方で人間の生活に巻き込まれた動物(猿は実際に人間の格好をして居酒屋で接客していたそうである)や、被災地に取り残されたペットや家畜たちを思い出させて非常にいたたまれない気持ちにさせる映像作品だった。いい悪いを別にして(だってこの映像自体でも、「アート」という名のもとに動物を人間の世界に巻き込んでいるわけだから)、妙に記憶に残った。

タチバナ(FBNライター)

1.『ボーダーライン』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/アメリカ映画)
チカーノ・ノワールと呼ばれたりするらしい。メキシコの現状を踏まえつつジャンル・ムービーとして仕上がった味わい深い一作。フアレスという町の捉えどころのない禍々しさといい、ベニチオ・デル・トロの存在感といい、今年一番のトラウマ映画かもしれない。本作の監督は、ワジディ・ムアワッドの戯曲を基にした格調高い『灼熱の魂』から長年お蔵入りの脚本を映像化した『プリズナーズ』、そしてテッド・チャンの言語SF原作の『メッセージ』と不朽の名作の続編『ブレードランナー2049』のような来たるべき新作まで、難物を手がける手腕に定評がある。しばらくは目が離せない。
2.『シリア・モナムール』(オサーマ・モハンメド&ウィアーム・シマブ・ベデルカーン監督/フランス・シリア映画)
シリアからパリへ亡命した映画作家オサーマと、シリアの前線でカメラを廻し続けるクルド人シマヴの物語に、1001人のシリア人がSNSに投稿した映像が結び合わさった作品。スマホの動画の断片群から成るアーカイヴ、『二十四時間の情事(ヒロシマ・モナムール)』や『どですかでん』など映画や文学の間テクスト性、さらに実在の男女が『千一夜物語』をなぞるかのように繰り広げる内省と対話が、本作の重層的な構造をなしている。ファウンド・フッテージとアート・フィルムの融合と言ってしまっては褒めすぎだろう。ときに過剰なまでに荒く(粗く)、ときに不謹慎なまでに美しい。西欧の文化・芸能をことさらに参照し、オリエンタリズムを逆手に取った仕掛けからは、野心的で食わせ物のにおいがプンプンする。今年出くわした最高の問題作。
3.『エヴォリューション』(ルシール・アザリロヴィック監督/フランス映画)
女性たちと少年たちしかいない孤島を舞台にしたダークファンタジー。海洋の大自然とレトロでアンティークなガジェットたち。両者が荒涼とした火山島で出会うことで、近未来とも世紀末とも知れない独特の物語世界を演出する。島民たちの奇怪な生態と顛末を綴ってゆくそのフェティッシュな映像美にただただうっとり。ずっと眺めていたい。今年もっとも愛着を抱いた作品。ちなみにロケ地は、ウエルベックがみずから撮影した写真を添えて出版した小説『ランサローテ島』の舞台にもなったあの島だ。海と病院の映像が中心の本作だが、いかにも写真家クロナンタル(Laurent Kronental )好みの退廃的な団地群が登場する。
■画家ベクシンスキーの半生を描いたポーランド映画『最後の家族』や篠崎誠監督の怪作『SHARING』も捨てがたいが惜しくも選外。ラジー賞は、ひそかに期待したテレンス・マリック監督の『聖杯たちの騎士』。今年の印象深い出来事は、文化庁から満額二千万円の文化芸術振興費補助金を得た2本の邦画(『君の名は。』と『この世界の片隅に』)がともに下半期の話題をさらったこと。

cespetitsriens(FBNライター)

■今年も新旧たくさんの映画を鑑賞しましたが、情けないことに映画館で新作フランス映画を観ないまま年末を迎えてしまいました。ベスト3を選ぶのは難しいので、「今年映画館で観た洋画で、忘れてしまいそうだけれど忘れたくない、いつか必ずもう一度観たい映画ベスト3」というお題で決めてみました。(偶然にも三作品とも小説が原作ですが、全て未読だったので先入観無しに楽しめたのかもしれません。)
1.『ブルックリン』
アイルランド人作家コルム・トビーンによる同名の小説が原作。1950年代、アイルランドからニューヨークに移住した女性の物語。閉塞感に満ちた田舎町を離れ、大都会で自らの人生を切り開いていく彼女の姿がまぶしい。自立と幸福を探求していく過程にはきっと男女問わず共感できる点があるはず。パートナーとなる男性との出会い、二人が関係を深めていく場面にも胸が熱くなる。人間性の描写が繊細でリアルで、好感が持てた作品。
http://www.foxmovies-jp.com/brooklyn-movie/movies/
2.『キャロル』
『太陽がいっぱい』で知られるパトリシア・ハイスミスによる同名の小説が原作。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラがヒロインを演じる同性愛の物語。舞台は1950年代のニューヨーク、同性愛者が堂々と生きるのが困難だった頃。この種の映画の場合、同性愛者ではない人間からすると「なぜそういう意味で同性を好きになれたの?」という疑問を抱くことが多いだろう。が、この映画では何と言ってもケイトの圧倒的な魅力の前では全てが吹っ飛ぶ。彼女のエレガンスと美は一見の価値あり。また、彼氏がいても何となく満たされていないルーニーの生娘感も説得力があった。禁断の愛、というだけではなく、ルーニー演じる若者の成長物語としても輝きがあった作品。
http://carol-movie.com/
3.『われらが背きし者』
ジョン・ル・カレ原作の同名スパイ小説が原作。モロッコでヴァカンスを過ごすイギリス人大学教授と妻が、ロシアンマフィアの亡命劇に巻き込まれる物語。主役を演じるユアン・マクレガーが渋い。そしてマフィアたちの権力闘争という派手な展開ながらも、テーマとなっているのはユアンと妻の夫婦の絆の再生であり、ロシアンマフィアファミリーの絆と家族愛の物語なのだ。そのシンプルな愛のあり方に胸を打たれた作品。
http://wareragasomukishimono-movie.jp/

ブルックリン 2枚組ブルーレイ&DVD(初回生産限定) [Blu-ray]キャロル(字幕版)

黒カナリア(FBNライター)

■今年はミニシアター系の、声高にではなく淡々と世界の「いま」を語る秀作が多かった。
1.「この世界の片隅に」
第二次大戦中広島、と言われるとわかったような気になってしまう。父が広島出身のせいか、自分も子供のころ住んでいたからか、見る前から勝手に分かった気がしていた。しかし、ふんわりとした広島弁でヒロインが語り始めた途端、いい意味で裏切られた。やわらかい色で描き出されるのどかな呉、広島。今なら間違いなく「天然」とあだ名されるヒロインの独特で優しい世界。人には見えない座敷童が見え、そのぼろぼろの姿に、仕立ててもらったばかりの着物を置いて行ってしまう、なんとも心優しい「すず」。広島から呉へ、望まれて顔も知らぬ男に嫁ぎ、それでもことの他優しい男を次第に愛するようになり、日に日に苦しくなる食料事情も知恵と工夫で楽しく乗り切る。しかしそんな人々のつつましやかな毎日も、思いのたけも、何より大事なものも戦争は奪っていく。つらくて苦しくて呼吸もできないーそれでも・・・それでも。クラウドファンディングで作られたというのが心強く感じられる、作り手たちの思いが結集した、はかないけど強い、美しい一本。
2.『ハドソン川の奇跡』
あの911の後、沈み込んだNYを沸き立たせた奇跡の裏側。一人の死者も出すことなくハドソン川に旅客機を不時着させ、ヒーローに祭り上げられた機長が、実はその裏で航空事故調査会の厳しい諮問を受けていたーそれを淡々と、職務に徹した機長の姿を通して描いた作品。キャプテン・フィリップ以来苦悩する姿が板についてきたトム・ハンクスが、ヒーロー扱いされても、あくまでもプロとして判断し、乗客の命を守り、諮問にも冷静に応じる。それにしても、ヒューマン・エラーの要素を考慮に入れるの忘れるかねえ、とそこは驚きますが…機長、副機長、乗務員、そして救助に当たったフェリーの乗組員、救助隊、みんなが見事に危機に際して冷静に対処した、アメリカの良き一面が、2016年の今では、すでに遠く、ほろ苦い一本。
3.『イレブンミニッツ』
好きかと言われたらいや、全然。いけすかない作品かもしれない。犬の視点、は面白いけど、神の視点、と言われたら、むむむ。すべての人がどこかでつながっていて、ほんの一瞬で世界は変わる、でもそれも神から見たらほんの小さなちりひとつにも満たない。それを見ている我々はどこへ行くのか…誰に見られているのか。むろんイレブンは911のイレブンでもある。何度となく挟み込まれるぎりぎりを飛行する旅客記。たった11分でこうであるはずだった、人の世界は全く違う様相を提示する。個人的にはことのきっかけを生み出してしまう、まさにゲスの極みなエロプロデューサーが、本当に笑ってしまうほどゲスくて、それも男社会な映画産業への皮肉になっているのだけれど、今年の後半を席巻したどこかの大統領候補を筆頭にこの世にあふれる懲りない男たちの代表のよう。見たらすっきりとは全然しないけれどもあっとは驚くかもしれない。斬新ではある。鼻につくけど。

イレブン・ミニッツ [Blu-ray]サウルの息子(字幕版)

GOYAAKOD(FBNライター)

■このような文を寄せるのもおこがましいほど劇場と縁遠いまま、今年も終わろうとしています。スクリーンで見た数少ない作品から、順不同であえて選ぶとするならば・・・。
1.サウルの息子
人間の想像力には限界がある。だからこそ躊躇してはいけない。そんな決意のもとに作られたであろうこの映画は、言葉を尽くしても部分的、抽象的にしか捉えきれない絶滅収容所を正面から見据えています。ガス室の掃除夫サウルの視界を通して細部まで描かれるフルカラーの「殺人工場」の日常を「やりすぎ」と切って捨てるのはたやすい。しかし、それが確かにあったのだということを観客に凝視させる力がこの映画にはあります。そこに寝起きし懊悩しつつ働く数知れぬ人々の姿は、遠い過去の存在を一気に現実へ引き戻します。サウルが人らしい気持を今一度取り戻したために起こした波紋は彼を追いつめますが、ラストシーンで彼が浮かべる微笑みに救いと希望を見ました。サウルはあの場所で息絶えた人々の象徴でもあるのです。つらいけれど、見るべき映画だと思います。
2.In Jackson Heights
3.牡蠣工場

アメリカ、日本のドキュメンタリーを2つ。ニューヨークの活気溢れる下町と日本ののどかな漁港、全く違う場所の今の暮らしを撮った作品ですが、両作品に共通するのは、様々な背景を持つ人々が共に暮らしている現場に密着していること。よそ者も外国人もよんどころない理由で一緒に牡蠣工場を回し、LGBTも移民も地の人々もそれぞれ立場を主張しながらこの街での暮らしを大事にしている。ネットを飛び交うきれいごと、根拠なき敵意から離れ、お天道様の下、いろいろあるけど一緒にやっていくことはできるんじゃないの?という希望をほんのりと感じさせてくれました。
■2016年公開のフランス映画とは縁を結べませんでした。今この時期に見て頂きたいと思うのが前にもご紹介した『サンバ』。来年大きく舵を切ってしまうかもしれないフランスの現実を見つめているだけでなく、人としてつながってゆくことの可能性を探った、素直な映画です。こういうクリスマスを過ごす人もいるのね、と登場人物がつぶやく場面が印象に残っています。

メニルモンタン 2つの秋と3つの冬 [DVD]愛しき人生のつくりかた [DVD]

cyberbloom(FBN管理人)

1. 『メニルモンタン、2つの秋と3つの冬』
この作品は、ちゃんとレビューを書こうと思っていが、上映期間が終わり、DVDも出てしまった。ギョーム・ブラックの『女っ気なし』で注目を浴びたヴァンサン・マケーニュ主演のロスジェネ映画。マケーニュ演じるアルマン33歳、恋人のアメリ27歳、監督のべべデールも36歳。現在の30歳代は、フランスで社会の中での自分の居場所がわからない世代、一種のロスジェネとみなされているようだ。この映画では主人公たちがカメラに向かって告白する形式になっている。観客は彼らの内面のつぶやきを直接聞くことになるが、それは肝心の相手には伝わらない。この映画は音楽の使い方も面白いが、映画をしめくくるBertrand Betsch の名曲、 “Les vents contraires” (逆風)がロスジェネの心情と重なり合いながら、心に染みる。「僕たちは逆風に立ち向かっている。僕たちは泥の中で裸で戦っている。僕たちはガラスの破片の上を歩いている。だけど、僕たちはまだ立っている。僕たちは何とか持ちこたえている…」
2.『92歳のパリジェンヌ』『愛しき人生のつくりかた』
このふたつの映画は老いた女性が「死に場所」と「死に時」を求めるストーリーで、高齢化社会のフランスの現実を反映している。『92歳』では母親が3か月後に命を絶つと自ら宣告し、尊厳死という行為を受け入れられない子供たちの苦悩、そして『愛しき人生』では、母親を愛しているのに金勘定が先に立ち、親を養老院に入れ、アパルトマンまでを売り払ってしまう息子の葛藤が描かれる。それでもフランスでは決して親をひきとり、同居するという選択にはならないのが、日本とは大きく違うところ。しかしフランスと同様、高齢化社会は日本でも若い世代に大きくのしかかる。一方で『92歳』も『愛しき』もプチブルあるいはそれ以上の家庭が舞台となっており、尊厳死のような「自己決定」は意識の高い家族とそれなりの経済力が前提になるという事実も意識せざるを得ない。3本の中に挙げられなかった『ティエリー・トグルドーの憂鬱』で、障害者の高校生を抱えながら失業するという主人公のシャレにならない現実を見せつけられたあとではなおさらのこと。
3. 『若き詩人』
今年のFBNの活動として、9月10日に神戸の元町映画館で『若き詩人』のダミアン・マニヴェル監督を招いてトークショウを開催。個人的にもいろいろ話を聞く機会があった。『若き詩人』の舞台は地中海に面した美しい港町セト(サント・マリー・ド・ラ・メールの近く)。主人公の若い男レミは、詩人を目指して自然と街と人々にインスピレーションを求めながら、偉大なる先人と対話しながら詩作に励む。セトは詩人のポール・ヴァレリーの生まれた町で、映画に出てくる美しい墓地はヴァレリーが詩に書いた「海辺の墓地 Le Cimetière marin 」そのものである。この「海辺の墓地」には、堀辰雄と宮崎駿にインスピレーションを与えた「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」 (風立ちぬ、いざ生きめやも)という一節が含まれているが、マニヴェル監督にそのあたりを突っ込んでみた。彼はあまりヴァレリーには関心がないようだったが、宮崎駿の作品では「風の谷のナウシカ」が一番好きだと言っていた。マニヴェル監督は現在、日本の五十嵐耕平監督と共同で映画製作を進めていて、2月には弘前でロケの予定。極寒の弘前のロケ、大丈夫かな。


 



posted date: 2016/Dec/25 / category: 映画
cyberbloom

当サイト の管理人。大学でフランス語を教えています。
FRENCH BLOOM NET を始めたのは2004年。映画、音楽、教育、生活、etc・・・ 様々なジャンルでフランス情報を発信しています。

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