フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

Using Universal Language ガド・エルマレの挑戦

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ひとむかし前に読んだ「コメディアンの出世の花道」、とはこうだった。添え物の舞台の端役や映画・テレビのほんのちょい役を振り出しにこつこつ場をこなし、やがて番組欄や劇場の看板に名前が出るようになる。そのうちに決めゼリフの一つも流行らせてお茶の間の人気者に。メインのバラエティ番組を持ったら、コメディ映画の主演の話が来る。座長公演を成功させたころには、もう向かうところ敵なし。「一番オモシロい男」の肩書きをなびかせる。が、さりげなくシリアスな演技にも挑戦し、渋い性格俳優として出演を重ねるうちに、いつのまにか「お笑いの人」から「演技の人」へ、文化人へと転じていた―これがコメディアン出世すごろくの「あがり」、らしい。

今のフランスにも、若くして出世の花道を駆け上がり、「あがり」まで来てしまったコメディアンがいる。ガド・エルマレ、ユダヤ系モロッコ人、45才。アリーナクラスの会場で開くワンマンショーは常に即完売。主演のコメディ映画を何本かヒットさせた後、俳優として映画に挑戦。ソフィー・マルソーやオドレイ・トトゥといったフランスを代表する女優の相手役もつとめる一方、第二次大戦下の悲劇を取り上げた映画でシリアスな演技も披露。名匠ウディ・アレンがパリで撮った『ミッドナイト・イン・パリ』では、世界中の映画ファンに名前を覚えてもらえる役を演じるところまできた。もはや、立派なフランス映画人なんである。ジャケットをスカッと着こなす、アイスブルーの瞳の優男を、世の女たちは放っておくはずもない。先頃別れてしまったものの、モナコのカロリーヌ王女の娘でグレース・ケリーの美貌を引継いでいると噂されるシャーロット・カシラギとの間に男の子をもうけた。みんなが認めるフランスで一番おもしろい男、は、モナコ王室でも一番おかしい男でもあるのである。

40代ですべてを手に入れたと言っても過言ではないガド。今、彼は全く違う出世すごろくのスタートに立っている。今度の「あがり」、それは、「アメリカでスタンダップ・コメディアンとして成功すること」だ。

これは、途方もない、本当にありえない挑戦だ。まず言語の壁がある。どんなにすぐれたタレントも、英語がダメ、ではアメリカの芸能界では通用しない。(ブリジット・バルドーがアメリカでブレイクしなかったのは、英語でのコミュニケーションがままならなかったためとも言われている。)笑いの世界は、更に厳しい。アメリカでコメディアンとして成功するということは、スタンダップ・コミックで客をどっかんと笑わせられるということ。映像などのギミックを使えば場当たり的な笑いは取れるかもしれないが、舌先三寸だけの芸で笑わせられなければ本物とは認められない。言葉のニュアンスやイントネーション、コトバ遊び、訛りさえも巧みに使って、己の笑いの知性と感性をいかに上手く表現するかで勝負するのだ。

フランスで大受けしているガドの笑いのスタイルは、アメリカのそれとは大きく異なる。フランスでは、コメディアンのライブは舞台芸術に限りなく近い。舞台の上を動き回っておかしなキャラクターを演じ、歌だって歌ってみせる―まずエンターテイナーであることが求められる。こうしたお国柄のおかげで、ガドはその多才ぶりを最大限に活かす事ができた。本職のパントマイマーである父と子供の頃から舞台に立って鍛えた優雅な身のこなしと、身体能力を活かしたアドリブで観客を魅了し、楽器だってお手のもの。弾き語りで自作のウィットあふれる歌をちゃんと聴かせることができる。しかし、アメリカの観客はそんなに悠長でない。今、目の前で何かおもしろいことを言って即笑わせてくれなきゃあんたはダメ、なのだ。

自分をドラスティックに変えなければアメリカでは成功しない。ガドのゼロからの挑戦が始まる。まず英語の特訓。フランス語・アラビア語・ヘブライ語で人を笑わせてきた語学力の持ち主で、カナダの大学で学んだ経験もあり、英語アレルギーというわけではない、それでも発音から表現、スラングまで毎日何時間もレッスンを受け、頭からつま先まで英語に浸かった。おかげで「外国人なのにお上手ですね」というところから、リアルなアメリカ英語のマシンガントークに聞こえるところまでレベルアップしてしまった。

笑いのレパートリーもそっくり入れ替えた。これまでの栄光は取りあえず忘れ(代表的なネタを翻訳して観客の前で披露してみせたけど、クスリともさせられなかった)、アメリカで生活する中でおもしろいと感じたあれこれからネタを紡ぎ、舞台にかける「英語の台本」を作って行く。ガイジンの目に映る「ココが変だよ」的なアメリカの一面を切り取ったネタは、笑いを取りやすい。が、わかっていないガイジンだからウケていたということもけっこうある。例えば、レストランの空調。冷蔵庫のように冷えた店で、サーブされたのはよーく冷えたミネラルウォーターだった・・・フランスでなら大爆笑(ありえないサービス!)だが、アメリカ人にとっては「?」。どこのレストランでもそうでしょ?。トライ・アンド・エラーの繰り返しで、まだまだ手探りの状態だ。

こんな大変な努力をしているのだけれど、その成果を披露できるのはごくこじんまりとした場所でしかない。アメリカツアーの舞台は、60人も入れば大入りといったライブハウス(さすがに多少とも名の知れた店ではあるが)。わずか数十ドルで、目の前でスーパースターの芸を楽しめる幸運に喜色満面のフランス語圏出身の客も、何割かはいる。しかしその大半は彼の事を耳にした事すらない、一晩のお楽しみを求めてやってきた地元のアメリカ人だ。追加のビールの注文やら客同士のおしゃべりが入り交じった喧噪の中、慣れないマイクを片手に、受けるかどうかわからないネタを試す。(まだアドリブができないから、事前に用意した材料だけで勝負しないといけない。)フランスでは、ショーの後は美味しいディナーと酒を楽しんでいたのに、今は真っすぐ宿に帰って独り反省会。常にベストな自分を客の前にさらしたいから、プライベートもストイックになる。

そんなにしてまで、なぜ、と思うのだけれども、だからこそ得られる物がガドにはあるらしい。例えば、無名であるからこそ味わえる自由。夜の街を独り、警備もパパラッチもツーショットをせがむファンの嬌声にもつきまとわれず、好きなだけ歩くことができる幸せ。そして、客席から笑いを勝ち取ったときの喜び。「海のものとも山のものともわからない男である自分に振り向いてくれた女性と恋に落ちる」とようなもの、とは本人の弁だけれど、ただ、それだけではないのでは、と思う。

ガドがアメリカでの挑戦することを考えるようになったのは、アメリカ・コメディ界の大御所ジェリー・サインフェルドと知り合ってからだ。訪仏した大スターを歓迎すべく集まった業界人でごった返すホテルの部屋を一瞥して、「お笑いの人って君だろ」とガドにジェリーがまっすぐ話しかけてきたことから始まったやり取りはとても楽しいものだった。とにかく、わかりあえた。言葉によるコミュニケーションは十分ではなかったかもしれないけれど、おかしさの感覚をごく自然に共有し、笑い合えた―この体験は大きな意味をもつものだったらしい。

笑い、という言葉でくくられる事柄はばくぜんとしていて、おそろしく多岐に渡っている。文化や者の考え方が違えば、笑いの対象だって違ってくる。あざけりや蔑みと言ったマイナスの感情をともなったものだってある(現にフランスでは、反ユダヤを掲げるコメディアンと、そのホロコーストをネタにするギャグに笑い転げる観客がいる)。その一方で、誰からも心からの爆笑を引き出す純度100%の笑いもある。国境を、文化を超えて通じ合うことができる笑い、“ユニバーサル・ランゲージ”とも言える笑いををフランスではない場所で試し、立派な使い手であると証明してみせることにガドは魅了されたのかもしれない。女流スタンダップが珍しかった頃、あるアメリカのコメディエンヌがテレビのショーの中でこう言っていたのを思い出す。「中西部の片田舎の、テレビの前にどっかり座ったむっつりしたおっさんを、膝を打って「ガッハッハ」と大笑いさせてみたいのよ!」。これと同じ心意気こそが、彼を突き動かしているのではないだろうか。

アメリカのコメディ界も変わりつつあり、よそ者が成功する例も出てきた。長く愛されている人気お笑い番組の2代目ホストは、アフリカで大成功した南アフリカ出身のコメディアンだ。上手く行けば、ガドにもチャンスは巡ってくるかもしれない。NBAを代表するプレイヤーになったトニー・パーカーのように、本気でアメリカ人に愛されるフランス人になれる、かも、しれない。

フランスでのガドはこんな感じです。

英語の授業のテキストにまつわる、フランス人にとっての懐かしあるあるネタ
www.youtube.com/watch?v=11jG7lkwDwU

ピアノ弾き語りでも笑いをとります
www.youtube.com/watch?v=BytyApX3wso

テレビで英語でスタンダップコメディを披露するガド
www.youtube.com/watch?v=zqBo1rfElTE
www.youtube.com/watch?v=9pMLZ08RCkE

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大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。 門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。