フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

『ミモザの島に消えた母』―ミステリーの伝統と映画史の記憶の中で―

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とかく、フランス人はミステリー好きな国民である。テレビでは毎週金曜日の午後、3~4時間ぶっ続けで「ミステリーもの」のテレビドラマを放送する(そのような番組をフランス語ではpolarと呼ぶ)。普通は一本終わったら別の傾向のドラマが始まりそうなものだが、二本連続で探偵ものが続くという律義さには驚かされる。時には一つのチャンネルだけでなく、複数のチャンネルで放送していることがある。一体、こんな番組を見ている人がいるのだろうかと思うが、放送が続いているところを見るとやはり需要はあるのだろう。

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当然、そういう国にはすぐれたミステリー作家が誕生する。フランスでこのジャンルのもっとも有名な作家と言えば、モーリス・ルブランを除けば、ボワロー=ナルスジャックということになるのではないか。彼らは知名度では劣るものの、エラリー・クイーンと同様に、二人の作家が共同執筆でミステリー小説を書き、世界的な成功を収めた稀有な例である。当然、映画界が彼らの作品を見逃すはずがなく、その原作からH=G・クルーゾーの『悪魔のような女』(1955)、ヒッチコックの『めまい』(1958)のような秀作が産み出されることになるが、それら以外にも彼らの作品は現在に至るまで繰り返し映画やテレビドラマとして映像化され続けている。

映画作家そのものがミステリーに魅せられ、それ以外の作品は撮れなくなるという場合もある。英語圏ならばヒッチコックが有名だが、フランスではクロード・シャブロルであり、晩年のシャブロルはまさに「ミステリーの巨匠」として映画界に君臨した。シャブロルの近辺で言えば、脚本家として巨匠の域に達したパスカル・ボニゼールもまたミステリー好きであり、アガサ・クリスティの原作を基にした映画『華麗なるアリバイ』を、豪華キャスト(ミュウ・ミュウ、ランベール・ウィルソン、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ)を起用して2008年に自分自身で監督している。また、おなじクリスティ原作では『ゼロ時間の謎』が2007年にパスカル・トマによって映画化され、話題になったことも記憶に新しい。

さて、そんなミステリー好きのフランスから、また一本の映画が届いた。この『ミモザの島に消えた母』という作品も、範疇としては間違いなくミステリー映画ということになろう。原作は『サラの鍵』の作者タチアナ・ド・ロネによる小説『ブーメラン』。主人公のアントワーヌは30年前に不可解な死を遂げた母のことが忘れられず、いまも精神が安定しない人物である。あるとき、母の死の本当の原因を探るため、妹と共に故郷を訪ねるところから物語は始まる。当時の使用人夫妻との再会を機に、様々なところに「謎」を見出すアントワーヌ。そして、父や祖母との葛藤、病院に勤める恋人の協力などを通して、家族の中でこれまでひた隠しにされて来た「ある秘密」にたどり着く、という物語だ。

しかしながら、この作品の醍醐味は「謎解き」にあるわけでは必ずしもないだろう。謎は作品の半ばでほぼ明らかになってしまうからだ。『ミモザの島に消えた母』で謎解き以上に印象に残るのは、主人公のみならず、多くの人間が死者の記憶に引きずられ、そこから抜け出せずにいる、という部分だ。その点から言えば、パスカル・フェランの秀作『死者とのちょっとした取引』(1994)が思い出される。フェランの作品はミステリーでも何でもないのだが、この世を超えた世界との交流に恐れと希望を感じる人物を、ごくありふれた日常の中に描き出した特異な作品だった。この「ありふれた日常」と「死者」の結びつき方に、『ミモザ』と共通する精神があるように思う。

また、この映画で最も心に迫る場面があるとすれば、それは、主人公とその妹が若かりし頃の母親の姿が映された動画を見つめる最後の場面であろう。それは、本来ならば見てはいけいない「禁断の情景」が映されたものなのかも知れない。しかし、そこに映し出された歓喜の様子を見せる自分たちの母親の姿に、二人の子供は深い感銘を受けているように見える。ここには、クリント・イーストウッド監督の『マディソン郡の橋』(1995)で、若き日の母が体験した「ある一日」の詳細を知った子供たちが、歓喜のなかで亡き母親を称え、祝福の乾杯をする最後の場面と通底するものがあるように感じられる。

このような点からすると、この『ミモザの島に消えた母』という映画は、一見するとミステリーの外観を装いながら、実は、その範疇を逸脱する作品を作り出そうとしているように思える。言わば、あるジャンルと別のジャンルの狭間にあるような作品であり、人が映画に期待するものを意識的に裏切ることで、逆に見えて来る「思いもよらぬ真実」に辿り着こうとしているのかもしれない。それを実現するために、ビュル・オジエのようなベテラン女優は当然のことながら、主演のローラン・フィエットとメラニー・ロランが極めて高度な演技を披露しているということは強調しておかなければならないだろう。

公式サイト mimosa-movie.com/

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普段はフランス詩と演劇を研究しているが、実は日本映画とアメリカ映画をこよなく愛する関東生まれの神戸人。
現在、みちのくで修行の旅を続行中