フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

I went to Paris ― 80’sアメリカン・スウィートハートの回想

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モリー・リングウォルド。その名を聞くと胸がきゅんとなる中年が少なからず、います。80年代に幾つものアメリカ製ティーン・ムービー・クラシックでヒロインを演じた彼女。わかりやすいカワイこちゃんキャラではないけれど、人をひきつけるユニークでニュアンスある演技で当時の少年少女の心をわしづかみにしたのでした。あの頃、誰もが漠然と感じていました―「大人の役を演じるモリーはまたどんなに素敵だろう」と。しかし、レディとなったモリーをスクリーンで見ることはできませんでした。なぜって、モリーはハリウッドを去り、パリにいたのです。US版ヴォーグ誌で、彼女自らがその時の体験を綴っています(2013年6月号、”An Education”)。

プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角 [DVD]2歳から子役として芸能界入りし走り続けてきた彼女にとって、20代を過ぎた頃から、演じるということががさほど魅力的でなくなっていました。オファーされる役にも興味が持てないし、手にした名声も楽しめない。成功の証であるLAのマルホランド・ドライブの自宅も、おしゃれなホテルの部屋みたいでしっくりこない。ブルーなモリーに追い打ちをかけるように、悪い事がおこります。泥棒にあったのです(留守中の出来事であったのがせめてもの救いでした)。怖さのあまりその日から防弾扉(!)がはめ込まれた特注のクローゼットの中で、服と一緒に眠るはめに・・・。芸能界を離れ大学へ行く事を決断するのに、さほど時間はかかりませんでした。

同級生はちょうど大学を卒業した頃。一周遅れだけれど、今の私には新しい生き方が必要だと。ただキャンパスへ直行することはできませんでした。大学は新年度が始まる前の夏休み中で、彼女自身も映画の撮影でフランスに行かなければならかったのです。最後の映画出演を終えたら、帰国して秋にはカリフォルニアで大学生になる―新しい生活への期待を胸に、モリーは家を売り払い、6つのスーツケースとともにパリへ旅立ちます。

夏のがらんとしたパリ。ホテルではなく1区のアパルトマンに落ち着いて、最後となるはずの映画撮影に入ったモリーを、予想外の展開が待っていました。まず、スタッフの一人として撮影に参加していたフランス人、作家志望のアンリと恋に落ちてしまったのです。個性的な顔立ちに深いグリーンの瞳、集団から離れエルムの木陰でフランスの古典文学に読みふけっている彼を見かけて、モリーの方から近づきました。そして―パリの街そのもの、にも恋してしまったのです。

撮影が終了しアメリカへ戻る日が迫った夜、アンリと一緒に乗ったテュイルリー公園の大観覧車からみた夜景—パリ中の灯りという灯りが「モリー、行かないで!」とばかりにキラキラとまたたく光景を見て、彼女は心に決めます。アメリカには戻らない。パリに居よう、と。

小さい頃からいつも冷静に、無責任なふるまいをしないように生きてきた彼女にとって、それは大きな決断でした。でも、私はまだ20そこそこ。仕事にも家庭にもしばられていない自由な今でしかできないことじゃない? マレー地区のシルク・ディヴェールの小屋の向かいにあるアパルトマンを借り、大学には入学延期を伝え、アメリカにいる家族やエージェントに電話をかけました。「帰国しない。」と。冗談ばっかり、と誰もが笑って受け流したけれど、ママは大泣きしました。家でも撮影現場でいつも彼女を見守ってきた彼女にはわかったのです。あの子は本気なのだと。

ただパリで無為に過ごすだけではつまらない。モリーは取りあえず「目標」を決めることにします。演じることが嫌いになった訳ではないから、フランスで、フランス語で演じる役をオファーされるようになるまで、フランス語をマスターしよう。期限は2年間。高校はフランス系の学校だったし、フランス語の素養がないわけではない。がんばればきっとできるはず!週3日フランス語のクラスに通い、猛勉強する日々が始まりました。 オフの日は、究極のツアーガイドであるアンリがパリのあちこちに連れていってくれます。観光客が行かないようなパリの穴場を巡り、発音できそうにない名前の美味しい料理を頂く。ロマンチック美術館の庭でのティータイム、アラブ人街の喧噪・・何もかもが物珍しく、楽しい。何でも知っているアンリは、モリーの目を開かせようと、文学、歴史、政治から食とありとあらゆることを教えてくれました。 教わる内容もさることながら、モリーにとって新鮮だったのは、受け身でいることの開放感でした。子供みたいに全てアンリにおまかせしていればいい。小さい頃から現場の大人達に迷惑をかけないよう自分の判断で動いてきたモリーにとって、それはぞくぞくするほどエキゾチックな体験だったのです。

フランス語で話す時も、アンリが側にいてくれれば安心でした。まだフランス語での会話に自信がもてず、ハイトーンで子供っぽい自分の声も嫌いだったモリーにとって、アンリは頼れる通訳でした。インテリばかりのアンリの友達(「とっても知的」なアンリの元カノは、モリーのことを影で「デブのヤンキー」呼んでいました)とも、スムーズに付き合えます。だまってニコニコしていい「生徒」でいればいい、アンリが支えてくれる。そして、アンリなしには回らないライフスタイルにモリーは落ち込んでいったのです。

一緒に過ごすうちに、アンリが難しいパートナーであることに、モリーは気付かされてゆきます。気分屋さんで、嫉妬深くて、頑固で、気に入らないことは頑としてうけつけない。「通訳」をするときも、モリーの言いたい事が意に添わないとだまってしまう。特に困ったのが、モリーの過去の栄光に対する激しい嫉妬でした。モリーにも変えようがない事実を前にいらだつアンリに戸惑いつつも、仕方がないことなのかとあまり考えないようにして、パリでの日々が過ぎてゆきます。 フランス語会話のレベルが「流暢」と呼んでもいいぐらいになり、デリダを読みふけるアンリの側で『プチ・ニコラ』をめくる生活に退屈しはじめたころ、モリーのもとについにフランス映画への出演オファーが舞い込みます。目標達成まであと一歩のところにきたのです。

初日はのっけから、疎遠となった父と向き合いエモーショナルに演じる難しいシーン。フランス語のセリフ回しは完璧で、カットの声がかかった途端、スタッフ全員が思わず拍手するほどの出来映えでした。久しぶりの現場ではりきるモリーに、思わぬ難題が降りかかります。 シャワーに入っているモリーをシャワーブースの外から撮影するシーンで、着用するはずだったスキンカラーのボディースーツが役に立たない事が判明したのです。ボディスーツの色のせいで、ブースの曇りガラス越しでもフェイクを着ているのが丸ばれなのでした。シーンを成立させるには、脱ぐしかない。曇りガラス越しだとヌードであることはほとんどわからないと説得されたものの、撮影で裸にあることはこれまで一度もなかったのです。ママは、どんなにいい映画でも裸のシーンがあればオファーを断ってきました。モリーを守ろうと努力してきたママの顔がちらつき、頭の中が真っ白になります。 混乱を前にまず動いたのが、監督でした。50代半ばの彼女は、男ばかりのクルーに、「ほらみんな後ろむいて!」と叫ぶと、服を脱ぎ捨て自らシャワーブースに入ったのです。「どう、モリー、問題ないでしょ?」その瞬間、モリーの役者魂にスイッチが入ります。モリーは笑顔で服を脱ぎ捨て、シャワーシーンの撮影が始まりました。 控え室に戻ると、怒り狂ったアンリが待っていました。「お前の裸見たさに人はよろこんで金を払うのに、お前ときたらただでそれをやった!」ありとあらゆるののしり言葉(しかも意味がわからなかったら困るので、ご丁寧に後で英語で言い直して)をノンストップで浴び、バスローブ姿で震えながら、モリーは、ひとつの終わりを噛み締めます。女優として、一人の女性として、私らしくいるために、アンリと別れよう。子供のようにアンリに依存しコントロールされて生きることはもうできない、と。それは、パリでの自由時間の終わりを決めた瞬間でした。

その晩、アンリに、いつもよりずっと低い声で申し渡しました。「撮影現場には二度と足を踏み入れないで」。そして撮影終了後、マレー地区のアパルトマンを引き払い、ニューヨークへ去りました。パリへ来たときと同じ、6つのスーツケースと一緒に…。

あれから十数年。アメリカで結婚し母となり、俳優業以外にジャズシンガーとしても歩み始めたモリーにとって、今でもパリは特別な場所。食事の作法から、物の見方から、パリで吸収した事の一つ一つがが彼女を形作るものになっています。サラダ一つとってもそう。メインディッシュの前に頂く食べものにすることができなくなってしまいました。学位のようなわかりやすい成果はないけれど、今輝くモリーは、パリでの日々なしにはないのです。10数年を経て、家族旅行で訪れたマレー地区で、モリーは娘にこう言ったそうです。「ママはここで大人になったのよ」と。

ハリウッド時代のモリーを見てみたい方はこちらでどうぞ。 http:/youtu.be/fvhTCUDHbvs

言わずと知れた映画『勝手にしやがれ』のワンシーン。フランスのインテリは、アメリカの女の子にこのジーン・セバーグのセリフをしゃべらせる誘惑にかられるようで、モリーも散々言わされたそうです。正確なニュアンスを知りようのない女の子が、外国のアクセントであの汚い言葉を口にすると、たまらんそうで。趣味悪いですね…。 youtu.be/Bfr-qUXjl80

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GOYAAKOD=Get Off Your Ass And Knock On Doors.

大阪市内のオフィスで働く勤め人。アメリカの雑誌を読むのが趣味。 門外漢の気楽な立場から、フランスやフランス文化について見知った事、思うことなどをお届けします。