フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

日本のアニメ・マンガで出会うフランス(2)―水城せとな『失恋ショコラティエ』

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『失恋ショコラティエ』は第2回 anan マンガ大賞受賞作であり、各種メディアでも取り上げられた話題作で、現在4巻まで発売中。水城せとなはすでにいくつもの代表作を持つ人気作家で、この作品や『放課後保健室』などの仏語訳も発売されており、2008年のジャパンエキスポに招待された実績があるなどフランスでもファンを獲得している模様です(仏語版はアマゾン・フランスで入手可能)。

『失恋ショコラティエ』には、タイトルどおり「スイーツ+恋愛」という女の子が大好きな二大要素を盛り込んだ楽しい作品です! …と一言では済ませたくない魅力があります。もちろんチョコレートと恋愛がテーマではあるのですが、「そもそも恋愛って何だろう?」と一歩踏み込んだ問いかけが根底にあり、それはまた水城作品の持ち味でもあります。

ストーリーは… チョコレートが大好きなサエコにふられた爽太は、フランスへと修業に旅立つ。帰国後、実家のケーキ屋を改装してチョコレート店をオープンし、彼女と再会を果たす。人妻となったサエコをあきらめられない爽太、そんな爽太に密かに思いを寄せる従業員の薫子。そして爽太の店で働くフランス人のオリヴィエは、爽太の妹に恋をする。

小悪魔的に爽太をひたすら翻弄するサエコですが、4巻では結婚生活に不満を感じていることが明らかになってしまいました。爽太はサエコとどうなりたいのかよくわからないまま、とにかく彼女を振り向かせようとあの手この手で頑張ってきたわけですが、サエコ側の状況がはっきりしたことで、今後新たな展開が予想されます。

スイーツの要素に注目すると、それはそれはおいしそうなチョコレートが次々に登場するので、読むと必ずどこかに買いに走りたくなります。サエコのチョコレートマニアぶりに感心させられ、チョコレートの奥深さに興味津々。ただ日本では、高級チョコレートブームは続いていますが、フランスのようなチョコレート文化は存在していないと言えるでしょう。爽太が開いたようなチョコレート店が近所にあればどれだけ嬉しいか。水城氏のブログでもチョコレート話やフランスグルメ旅行記が読めるので、おすすめです。

フランスネタだと、オタクであるオリヴィエの言動もおかしい。ヴァカンス中も南仏で日本アニメの録画を見ているライフスタイルが、何ともリアリティーあります。

恋愛の要素に注目すると、ふられてもへこたれない爽太の心理描写が興味深い。全く消えない恋の感情とどう付き合っていくのか、なかなか読み応えあります。サエコに対する想いは一途で執着的ですが、他の女性と一時的な関係を持ってしまう軽さもあり、そこがリアルとも言えます。そして、爽太が「妖精さん」と形容するサエコを見た薫子が「めちゃめちゃフツーじゃん…」と呟く場面は、薫子の嫉妬心が多少あるにせよ、従来の恋愛マンガではあまり見られなかったパターンではないでしょうか。もちろん絵柄としてはサエコは明らかに可愛らしい女性として描かれていますが、彼女に対する爽太と薫子の評価の差は、恋心の不思議さをうまく表しているように思えます。

恋愛ってなんだろう? …水城作品には、この根源的な問いがあらためて感じられます。従来の恋愛マンガであれば、主人公の男女が恋に落ちて当たり前、紆余曲折はあれどいかに想いを伝えて二人が結ばれるか、という過程が問題になるでしょう。昨今流行っている「恋愛できない女子」というテーマも、そもそも恋愛というものが当たり前のように存在しそして経験すべきものである、という前提で成立しているように思われます。仕事や趣味に生きる女性が「自分には恋愛なんかいらない」と主張するパターンもおなじみですが、これもまた恋愛は本当は必要なもの、という視点から発せられているのではないでしょうか。

サエコと薫子というふたりの女性は、非常に対照的なキャラクターです。サエコは恋愛すること及び自分が恋愛対象になることについて何の疑問もなく、一方アラサーの薫子は自分には恋愛は無理かもしれない、などと考えている状態。

そこで、以前読んだ次のような一節を思い出しました。

「キリスト教の尼さんじゃないけど、自分のからだが罪深いと思ってるとかね、それから、こんなにオッパイが大きくなっちゃってイヤだと思ってるとかね、自分は肉体とか容姿を売りものにして生きてるんじゃなくてアタマで生きてるんだと思ってるとかね——、そういう女はいっぱいいるんだろうけど、それは全部、自分のからだが人から注目されるっていう前提で考えてるっていうことでしょ。  女はまず絶対、その前提だけは外さないんだよね。  だって化粧するもんね。しない女はする女よりもっと、しないことの意味とかキョーレツな自意識とかあるし。見られたい特定の男がいるとかそういうことじゃなくて、もっとずっと深いところで、女は見られるものだと思うように育っていくんだよね。  タツヤみたいなのっていうのは、そうじゃなかったもん。  自分のからだが人から見られることがありうるなんて、おれと知り合うまで一度も考えたことがなかった——」 (保坂和志『季節の記憶』、中央公論新社)

これは同性愛者である男性が発したせりふなのですが、女性の意識を鋭く指摘しています。サエコのように女としての魅力を最大限に行使する女性、そしてなんだかんだと理屈を並べて恋愛しない薫子は、実は女としての強い自意識の持ち主。どちらに転んでも、それぞれ苦難がありそうです。

ここで男性にとっての恋愛について言及する準備は全くできていませんが、『失恋ショコラティエ』はきっと男性も楽しめるのでは、と思います。実際、男性読者の支持も多く得ているようです。

『失恋ショコラティエ』がどのような結末を迎え、そして登場人物たちが恋愛についてどのような哲学を打ち立てていくのか。水城氏の新作『脳内ポイズンベリー』も、まだ1巻のみの発売ですが、恋愛に対する個性的なアプローチが見られて新鮮です。さらに恋愛についてディープに考えてみたい人には、『窮鼠はチーズの夢を見る』シリーズもおすすめ。こちらの作品はフランスでも何かの賞を獲ったとか。ただし男性同士の性愛描写がありますので、苦手な人はご注意ください。人間関係のひとつとしての恋愛のあり方に、思いが至ります。

cespetitsriens

 

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