フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

ムートンさんのリアルなマンガ体験

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一緒に『日本人が知りたいフランス人の当たり前』を書いた沖縄在住のジスラン・ムートンさんに日本のアニメ・マンガ体験を語っていただきました。ムートンさんはフランス北部、リールの出身で、中学生のときに日本のマンガに目覚め、日本語と日本文化を極めるためにリール大学の日本学科に登録(今年の4月からはフランス名誉領事に就任!)。その経緯を詳しくお聞きしました。この対談は『ふらんす』(2016年7月号~9月号)に掲載されたものに加筆修正したものです。

見れなかった『ドラゴンボール』の最終回

フレンチブルーム(以下 FB): ムートンさんが初めて日本のマンガと出会ったのはいつですか?
ムートン:中学2年生のときです。初めて親にマンガを買ってもらいました。それが、『ドラゴンボール』の42巻でした。ビデオゲームの店にレアなアイテムが置かれている棚があって、『ガンダム』の プラモデルや『聖闘士星矢』のフィギュアやビデオゲームと並んで、日本語のマンガが置かれていました。そこに日本語 版の『ドラゴンボール』の42巻があっ たんです。
FB:42巻は最終巻ですが、フランス人にとっては特別な意味があるんですよね。
ムートン:そうなんです。テレビで放映されていた『ドラゴンボール』が突然テレビから消えてしまいました。僕たちの夢を打ち砕いたのが、セゴレーヌ・ロワイヤル Ségolène Royalでした。『ドラゴンボール』が内容的にはマンガの41巻あたりだったので、肝心な最後のエピソードがテレビで見られませんでした。
FB : フランスの子供たちに相当な怒りを買ったことでしょうね。ロワイヤルさんはオランド大統領の元パートナーで、現政権の環境大臣です。1989年に『ザッピングする赤ちゃんには、もううんざり Le ras-le-bol des bébés zappeurs』という本を出版し、日本のマンガバッシングの急先鋒でした。不可解なオタクの象徴的な行動として、明るみに出たばかり の宮崎勤の事件にも言及しています。
ムートン:槍玉に上がったのが、日本のアニメを流し続けていた「クラブ・ドロテ」という番組です。僕も水曜日の朝はいつも見ていました。『ドラゴンボール』の他には『北斗の拳Ken le survivant』 『聖闘士星矢Les chevaliers du zodiaque』 『シティー・ハンター Nicky Larson』 『キャプテン翼 Olive et Tom』などが放映されていました。
FB:ロワイヤルさんは「クラブ・ドロテ」をバッシングすることで、保革共存政権の時代にTF1を民営化させたジャック・シラク率いる共和国連合(RPR)を攻撃したいという思惑もあったようですね。同時期にヨーロッパを席巻していた日本製品に対してバッシングも起こっていて、彼女はそれに便乗したわけです。
ムートン: だから、42巻が目に入った時、日本語版とはいえ、どうしても欲しくなりました。親に頼むと「英語もまともに読めないくせに、まったく分からない日本語のマンガを買ってどうするの⁉」と 断られましたが、粘りに粘って何とか買ってもらえました。日本語は読めませんでしたが、マンガの絵によって『ドラゴンボール』のエンディングをようやく知ることができました。42巻はそういう思い入れがあるんです。
FB:暴力的だという理由などで、『ドラゴンボール』だけでなく、他のアニメも内容が部分的に削除されたり、放映中止 になったりして、子供たちはアニメを見る習慣に水を差されてしまいました。そしてアニメの代わりに原作のマンガが読まれるようになり、フランスにマンガの一大市場が形成されていくんですよね。
ムートン:僕が『ドラゴンボール』の最終巻を手に入れた翌年あたりから、日本のマンガが少しずつフランス語に訳されるようになりました。もちろん翻訳には時間がかかり、次の巻が出るまで3か月待たなくてはいけませんでしたが、その「楽しみ感」をいまだに覚えています。マンガの影響で、僕が選んだ高校は、大半が行く地元の高校ではなく、リールの Lycée Européen Montebelloでした。当時の北フランスで、唯一第3言語で日本語を選択できる高校でした。
FB:高校では日本語とバスケットボールに熱中していたと聞きましたが。フランスではバスケの人気も高いですよね。
ムートン:これもマンガと関係があるんです。僕自身マンガの中でいちばん影響を受けたのが『スラムダンク』です。小2からやっていた柔道をやめて、高2からバスケを初めたきっかけになりました。
FB:そうなんですね。ジネディーヌ・ジダンが『キャプテン翼』の愛読者だったことは有名ですが、1998年のWCフランス大会の優勝メンバーの多くがテレビで『キャプテン翼』を見ていた世代です。
ムートン:サッカーは元々人気があったのですが、国民的なスポーツになったのは90年代で、アニメの影響が背後にあったと言われていますね。
FB:1998年のワールドカップで優勝したチームは様々なルーツを持つメンバーによって構成され、多民族国家としてのフランスを印象付けました。去年、フランス人が書いた『水曜日のアニメが待ち遠しい』という本が出ましたが、その中で、日本のアニメは学校生活の中で移民の子供たちとのギスギスした関係の緩衝材になっていたという記述があり、目からうろこでした。出身や人種の差異が否応なしに意識される状況で、国営放送で流されていたアニメだけが、それを意識せずに友だちと語り合える話題になっていたようです。
ムートン:パリの郊外では特にそうだったんでしょうね。フランスにもともと住む中間層と他国からやってきた移民を混ぜ合わせるような都市政策が、一種の社会実験として進められていましたから。
FB:都市政策はうまくいきませんでしたが、図らずも子供たちのあいだでは、たまたま日本から移入されたアニメやマンガが文化的な差異を問わない関係を作る、第3者的な媒介物の役割を果たしていたわけです。
ムートン:とにかく、僕が高校を卒業した2002年のころは日本語を勉強したいフランス人が本当に大勢いました。

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リール大学の日本学科と「遮断機」体験

FB:ムートンさんがリール大学の日本学科に登録した 2002年の前の年に、今やアカデミー賞 アーティストであるダフト・パンクが松本零士とコラボしたアルバム『ディスカバリー』(2001)を発表しました。私自身が『宇宙戦艦ヤマト』の洗礼を受けたアニメの第1世代で、松本とダフトのコラボに驚いたのですが、ダフトのふたりは小さいころ『キャプテンハーロック』をテレビで見ていて、松本零士の熱烈なファンだったんですね。
ムートン:ちょうどそのころの授業風景の1コマを紹介しましょう。大学1年生の文法の最初の授業でした。授業が始 まる前の教室で、コスプレ風にセットした髪にアクセサリーをつけたMさん(女性)が日本のアニソンを歌っているところに、ちょうど厳しい表情をした日本人の男の先生が入って来ました。そしてフランス語で、“Vous, là, asseyez-vous et taisez-vous, le cours va commencer !(” そこのあなた、席についてだまりなさい。授業を始めます。)といきなり彼女を叱りつけ、険悪な雰囲気になりました。リール大学の日本学科の先生たちは全員日本人で、フランスで博士号を取得している優秀な方々でしたが、なぜ20歳のフランス人がオタクになっているのか、なぜそれが日本語を勉強するモチベーションになっているのか、理解できなかったんでしょうね。一方Mさんはアニメの歌で覚えた日本語だけで卒業できると思い込んでいたようで、文法の授業だけでなく、漢字の授業でも挫折し、結局半年で日本語の勉強を辞めてしまいました。
FB:モチベーションとしては悪くないのに残念ですね。日本学科ではどんな授業が印象に残っていますか?
ムートン:2年生のときの漢字の由来を 学ぶ授業が面白かったですね。先生から 「珍」という字の音読みを教えてもらったとき、例に挙げた熟語はなぜか「珍味」でした。“En français : un mets rare et délicieux” と先生が言った瞬間に、僕の友だちがすかさず手をあげて、“Ah ouais ? Comme des nuggets de condor ?” (コンドルのナゲットみたいな?)とツッコみました。高度なフランス人のツッ コミに反応できなかった先生が可哀想でしたが、おかげで「珍味」の読み方と意味が僕の記憶に深く刻まれました。
FB:フランスで初めて放映された日本 のアニメが「Goldorak=UFOロボ・グ レンダイザー」だったのは有名です。SF的な作品は共感も抽象的なものだったと思うのですが、日本の日常生活が舞台になっている作品も放映されるようになりました。特に日本の独特な学校文化 (制服、部活、先輩……)を扱ったアニメをフランスの子供たちはどのように見ていたのか、ずっと不思議に思っていました。
ムートン:『ルーキーズ』『GTO』『スラムダンク』が僕の大好きなマンガなのですが、これらは日本の高校が舞台になっています。マンガを読んでいても舞台設定にはあまり違和感はなく、むしろ日本の高校生活が本当に楽しそうで、そこで勉強したいと思うようになりました。結局、高校のときは親に反対されて、留学できませんでしたが。
FB:つまり、マンガの中の光景はまる で自分自身の体験のように意識に刷り込まれていったわけですね。フランスから来た留学生が日本語で「大学の先輩が ……」と、やたらと先輩という言葉を使いたがっていました。先輩という言葉を使うことにあこがれがあったようです。
ムートン:フランスには先輩後輩という人間関係はないですよね。
FB: 先回も紹介した『水曜日のアニメが待ち遠しい』の著者が書いていた「遮断機の体験」も面白くて、初めて日本に来て、町を歩いていたとき、遮断機の音が耳に飛び込んできて、その瞬間、頭が混乱しつつも、とても懐かしい感覚に襲われたと書いています。フランスに日本のような遮断機が存在するわけがなく、日本のアニメを通して植えつけられた記憶だったわけです。ムートンさんもそういう体験がありましたか?
ムートン:僕にとっての遮断機の音は、 暴走族のバイクの音ですね(笑) 。『GTO』なんかに暴走族の話がよく出てきたので、暴走族が町中を暴走しているのを初めて聞いたとき何だか感動してしまいました。マンガの影響で暴走族の人に対して好奇心を抱くようになったんですが、日本で知り合った元暴走族の人はみんないい人ばかりでした。
FB:マンガを通してヤンキー文化にも精通したんですね。
ムートン:沖縄の地元に溶け込むのにとても役に立っていますよ! それと、初めて日本に来た2001年のときに「懐かしい!」と思ったのが自動販売機です。
FB:フランスにも自販機はありますが、 日本の自販機は独特な進化をしていますよね。スラヴォイ・ジジェクも指摘していた「ピンポイントで欲望を満たす」日本の消費文化の象徴です。
ムートン:『ルーキーズ』では、冬に温かいポタージュを飲もうとして自販機にお金を入れたら、出てきたポタージュは冷たくてびっくり!というエピソードが あり、日本の自販機に興味津々でした。『スラムダンク』では、試合中や練習のときに主人公がポカリスエットを飲んでいたので、日本に行ってポカリをガブ飲みしながらバスケをやることも夢でした。
FB:マンガやアニメがフランスの子供たちの中で、それこそピンポイントな欲望を生み出していたことがわかります。日本に来て遮断機や暴走族に感じた「懐かしさのめまい」は特異な体験ではなく、マンガやアニメを浴びるように消費した ムートンさんの世代の多くが経験しうることだったんですね。

Ça fait 22 ans que j’ai 15 ans !

FB: リール大学の日本学科でムートンさんと一緒に学んでいた友人たちは今どんなことをしているんですか?
ムートン:今日本で生活しているのは5、 6人だけですね。いずれも翻訳家か教員になっています。日本に関わる仕事をしているのは一握りですね。恩師に会いに母校へ行くと、今でも就職率が低いことが話題になります。
FB:それは厳しいですね。
ムートン:それでも、日本文化に触れ、マンガやゲームに対して特別な思いを抱いたからこそ、今があるっていう同級生が結構いるんですね。以前フランスでビデオゲーム評論家&ジャーナリストをやっていて、現在日本でマンガの翻訳家をやっている友人が、「15歳のまま22年経った! Ça fait 22 ans que j’ai 15 ans !」という名言を吐いています。
FB:それは本質を突いた表現ですよね。 Ça fait…que~(~して…になる)という仏語表現も覚えたいですね。ここで問題になっているのは、まず10代という思春期なんですよね。フランスに「テレラマTélérama」というテレビ週刊誌が あって、日本のアニメを執拗に批判して きましたが、そこでアニメと思春期の関係について論じています。
ムートン:セゴレーヌ・ロワイヤルに次ぐ、子供時代の敵かたきですね。
FB:まず「テレラマ」の議論では、子供というカテゴリーを12歳という線でふたつに分けています。これはフランスではコレージュ(中学校)にあがる年齢です。この年齢から子供たちは、adolescent と呼ばれる時期に移行し、子供 enfant から区別されます。adolescent は訳しにくい言葉ですが、「ティーンエイジャー」がいちばんぴったりくるでしょうか。そして、アニメは12歳以下の子供のためのものであり、その場合は何よりも教育的でなければならず、表現も一定の節度を越えてはならない。一方で、12歳以上の子供は十分成長しているのだから、アニメなど幼稚なものを見る必要はないと、彼らは主張していました。
ムートン:12歳以下の子供に対して想定されているのは、『象のババール』のような、小さな子供向けのヨーロッパ産のおとぎ話でした。だけど、そんな作品は12歳を過ぎ、多感な時期を迎えた子供にとって全く面白くないわけです。
FB:人間は、思春期に聴いた音楽は一生聞き続けるというデータがあるようです。神経科学の成果によると、脳の前頭前野は思春期の直前に大きく活動して、アイデンティティを形成しようとする。そのため思春期に受ける文化的な刺激は大きな印象を残すんだそうです。
ムートン:よくわかります。アニメやマンガにも同じことが言えるのかもしれませんね。
FB:「テレラマ」がとりわけ憂慮したのは、思春期の子供たちに対する影響です。その時期は、あくまで大人になる準備段階であり、大人になるための教化、良識ある市民の育成が最優先されます。娯楽に関しては、子供は大人が与えるもので満足すべきであり、彼ら固有の文化など必要ないわけです。
ムートン:だからかつてのフランスの子供たちは早く大人になろうとしました。フランス人の若者が自立心旺盛だったのもそのせいです。フランスの若者は10 代の半ばくらいから政治的な問題に関心を持ち、実際に政治活動を始める若者も多いですね。
FB:日本のサブカルの影響がフランスの市民社会を根本から揺るがし、子供たちを別の価値を持った世界に引きずり込むように思えたので、大人たちは過剰に警戒したのでしょう。
ムートン:一方で、オタク文化は若者を子供扱いしないし、全く説教臭くありませんでした。そのうえで思春期の夢やロマンをふくらませることのできる若者文化は他にはなかったんです。
FB:フランスの子供たちは日本のサブカルを通して、多感な時期にふさわしい自分たちの文化を発見したということですね。それは、大人と完全に切り離され、 大人を目指して急き立てられる必要のない、子供たちだけの居場所なんですね。それゆえに、モラトリアムを限りなく引き伸ばしたいという危険な欲望にもかられるわけですが。それこそ22年も!
ムートン:確かに、70年代後半、特に僕と同世代の80年代前半生まれのフランス人を見ていたら、大人になっても子供時代を断ち切れず、まだマンガを読んだり、ゲームをやったりしている人が多いと思います。それに関して僕は楽観的です。むしろ、マンガやアニメやゲームのおかげで、いい大人になれた人がたくさんいると逆に訴えたい。
FB:もちろん、大人になってもマンガしか読まずゲームばかりしているのは問題ですが、それをコミュニケーションの持ち札として使いこなし、遊び心も知っている懐の深い大人ということですよね。
ムートン:僕は子供のときに、僕のおじいさんが村の友人たちと一緒に酒飲みながらトランプ(beloteという有名な2対 2のトランプゲーム)に興じているのを見て、「いいなぁ~!僕も大人になったらああやって楽しみたいなあ!」と思っていました。憧れましたが、それは確固とした大人の文化で、子供はそこに入れなかった。でもアニメやマンガは大人と子供が共有できます。「子供が生まれて初めて一緒に『もののけ姫』が見れて感動した!とか「一緒にマリオができるようになって楽しい!」と言っている友だちが多いですよ。
FB:子育ての醍醐味のひとつですよね。これは同時に友だち親子の出現でもあるわけですが。私も先日、中2の息子と『シン・ゴジラ』を見に行って、『エヴァンゲリオン』との類似点について語り合いましたよ!

 

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当サイト の管理人。大学でフランス語を教えています。
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