フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

アエロトランの廃線をめぐって

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オルレアンからパリへ向かう電車に乗ると、右側に奇妙な高架がしばらく続く。一見するとモノレールに似ているが、凸型のコンクリート製の線路で、使用されている様子はなく、落書きだらけだ。駅らしい廃墟も見当たらない。ボース平原をひたすら横切って、ある地点でぷつりと途絶えてしまう。

じつは、これはアエロトラン aérotrain の実験線跡である。アエロトランとは、直訳すれば「空気列車」、空気圧で浮上して走る列車である。ジャン・ベルタン Jean Bertin という技術者が開発を主導し、1965年に制作会社が立ち上げられてからは、次々に試作品が投入された。最初の実験線はエソンヌ Essonne に作られたが、こちらの廃線はほとんど残っていないらしい。車窓から見えるオルレアンの実験線は、1969年に設置され、全長18kmに及ぶ。1974年3月5日には、430.4km/h の史上最高速度を記録した。

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アエロトランは、磁力で浮遊するリニアモーターカーと同様、線路との摩擦抵抗がないため、高速走行が可能であり、時のフランス政府によって、次世代高速鉄道の有力候補として真剣に検討された。パリの中心と空港を200km/h で結ぶ、という夢のようなプランがあったのだ。そして1974年には、スリジーとデファンスを結ぶ路線建設の契約が結ばれた。だが、政府はその1ヶ月後に、突如翻意する。1977年に、アエロトラン計画は、完全に白紙に戻された。

この計画に猛反対したのは、フランス国鉄 SNCF だった。危機感を覚えた指導部は、TGV の開発を加速させ、懸命のロビー活動を展開したようだ。そう考えると、20世紀の車体で走り続けるオルレアン発の電車から、アエロトランの廃線を眺めるというのは、歴史の皮肉を感じずにはいられない光景である。

アエロトランを観光用に再び走らせることはできないか、ということも検討されたらしい。しかし、1990年代に、相次いでかつての試作車が火災に遭い、消滅してしまった。幻の高速列車の記憶は、取り壊す費用がなくて放置されたままの廃線によって、かろうじて呼び起こされる状態である。愛好者の集まりがたまに催されているそうだが、おそらく大半のフランス人にとっては、「そんな話もあったね」というくらいのものではないだろうか。

たまたまオルレアンに滞在中だった僕のような外国人には、わざわざ調べてみなければ、何なのかさえ分からない。それでも、あの廃線に、ある時代のフランス人の夢が込められていたと思うと、もちろん懐かしくはないが、しみじみした気持ちにはなる。廃線は、失われた情熱とシステムの残骸である。つまり、本当に過去になってしまった時間の痕跡なのである。

fr.wikipedia.org/wiki/Aérotrain

www.aerotrain.fr

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1975 年大阪生まれ。トゥールーズとパリへの留学を経て、現在は金沢在住。 ライター名が示すように、エヴァリー・ブラザーズをはじめとする60年代アメリカンポップスが、音楽体験の原点となっています。そして、やはりライター名が示すように、スヌーピーとウッドストックが好きで、現在刊行中の『ピーナッツ全集』を読み進めるのを楽しみにしています。文学・映画・美術・音楽全般に興味あり。左投げ左打ち。ポジションはレフト。