フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

フランスの同性婚をめぐる攻防、そしてアンジェリーナ・ジョリーが象徴するもの

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2013年に入ってから堰を切ったかのように各国で同性間の結婚を合法とする法案が可決されている。4月10日にウルグアイで「結婚平等法案」が可決、4月17日にはニュージーランドで同性間結婚を認める法改正案が可決された。それがちょうど今月発効され、ニュージーランドはアジア太平洋地域では初めて、世界では13番目に同性婚が認められた国となった(今、同性婚の挙式ラッシュになっているそうだ)。

2012年5月、米国のオバマ大統領は、就任演説で同性婚を支持する発言をした。アメリカでは同性愛は宗教観とも深く関わり、政治的な場ではタブー視されてきた。しかし、大統領はそれを敢えて公的な場で表明することが重要と考えた。一歩間違えば政治生命を失いかねないような発言だったが、まさにそれはこれまでの歴史的な解放、すなわち、黒人解放、女性解放に次ぐ三番目の解放だった。

そして今年6月にはアメリカ連邦最高裁が、結婚は男女間のものとした連邦法の規定を違憲とし、カリフォルニア州での同性婚解禁にも道を開く判断を示した。オバマ大統領もそれを称賛し、レディガガもアメリカの同性愛者の歴史的な勝利に際して、国家を歌って祝った。

それは企業にまで波及した。フェイスブックの社員700人(ザッカーバーグCEOを含む15%以上の社員)がサンフランシスコで行われるゲイパレードに参加するというニュースも伝えられた。同社の今年のパレードへの意気込みは、世界をリードするアメリカのIT大企業が採用面だけでなく、企業の理念として同性愛者の権利を支持していることの表明だった。グーグルも負けじと1400人の社員をパレードに送り込んだ。

一方、フランスでは4月12日にフランスの上院で同性カップルに結婚と養子を持つ権利を与える法案が可決されたが、あまり大きな混乱のなかった他の国とは様子が異なっていた。同性婚の賛成派と反対派がそれぞれ数十万規模のデモを繰り広げ、フランス議会は議員たちが乱闘寸前になるまで過熱した。同性愛者に対する暴力事件が急増し、右派の文筆家が同性婚に対する抗議としてノートルダム寺院の祭壇でピストル自殺をするというショッキングな事件も起こった(三島由紀夫の影響もあったらしい)。忘れていけないのは、まさに国を二分する騒動が、政教分離の原則を推進し、私生活に関する問題に寛容な態度を示すフランスで起こったことだ。

フランスでの同性婚をめぐるこの分裂は、ある面では政治的対立をなぞっている。ニコラ・サルコジ前大統領が再選に失敗し、政界を引退したことで、フランスの主流右派は崩壊状態になったが、同性婚の問題は主流右派が社会党政権に反撃を加え、態勢を立て直す好機になった。加えて経済状況は悪化の一途をたどり、オランド大統領の支持率はどん底ときていた。思えば、サルコジ前政権と、サルコジ氏の再選に向けた選挙運動の中心的なテーマは「国家のアイデンティティー」だった。フランスで過去最大規模の勢力となった極右有権者たちは、この議論を再び俎上に載せようと手ぐすねを引いて待っていた。

一時的な政局にとどまらない面もある。教会と国家の分離は、フランスにおいて2世紀以上も前の共和制の黎明期までにさかのぼる血塗られた歴史だった。同性婚問題は、少数派だがフランス社会に深く根をおろしている、頑固な保守派カトリック教徒たちの存在を浮かび上がらせもした。

しかし、同性婚は歴史の流れに沿ったもので、いずれは全ての欧米諸国で成立することになるだろう。同性婚法案反対デモでは、保守主義者、カトリック原理主義者、極右ナショナリストらと一緒に、家族連れが行進する姿が見られた。これまでの世論調査では、フランス人の過半数が同性婚を支持しているが、同性愛者カップルによる養子縁組の権利については反対派が僅差で半数を上回っていることが繰り返し示されてきた。政府は医療的支援を受けた(同性愛者カップルによる)生殖も合法化することまで示唆しており、少し急ぎ過ぎた感が否めない。

同性婚は抗えない歴史の流れだと言うが、どういう意味で抗えないのだろうか。現代社会では、個人は人生を自分の判断によって主体的に選び取り、その結果を自分で引き受けなければならない。これまで職業が人生の最も重要な選択であり、自己実現とも結びついていたが、現在はそれだけにとどまらない、様々な選択の機会に直面することになる。「結婚する・しない」「子供を産む・産まない」(最近では卵子凍結で産む時期をコントロール)から、自身のセクシャリティー、自身の死期(安楽死やガン治療など)にまでそれは広がっている。そして現代社会は個人の人生の選択のための法整備を粛々と推し進めていくのだ。

ところで、数年前に、デンマークの議会で性倫理に関する新しい法が審議されるというニュースがあり、記事にしたことがある。デンマークは精子提供の最も多い国として知られる。すでに提供者の髪や瞳の色とか学歴などが細かくカタログ化され、選びやすいようになっている。提供者の子供の頃の顔写真まであって、どういう子供が生まれるか想像もできるのだ。もちろん議会ではそれを禁じようというのではなく、現状を的確に把握し、どうやって具体的に法を適応していくかを議論していた。

最も興味深かったのは精子提供を受ける「選択的」シングルマザーの存在だった。つまり子供は欲しいが、男は要らないという女性たちだ。このような男性との関係性の否定は、「男は種にすぎない、男の庇護も、男とのコミュニケーションも要らない」と言っているわけで、男は容姿や学歴などの属性のデータによってのみ測られる。これは同性婚とはまた別の形だが、従来の家族観の対極にあるものだろう。

個人が人生を主体的に選び取り、その選択の責任を負う状況を社会学者のアンソニー・ギデンズは「再帰的近代」と呼んだが、それが政治に及ぼす影響を政治学者の吉田徹氏が次のように述べている。

「これまで選択のガイドを果たしていた宗教も、かつてのように与えられるのではなく、選択される対象にすぎなくなっている。それゆえキリスト教、イスラム教を問わず、個人が宗教に過剰な生きがいを求める結果、原理主義が進行している。つまり個人はアイデンティティを与えられるのではなく、それを能動的に選び取っていかなければならない。その時点で、どのように生きるべきかという規範的な回答を求めて、政治にその実現を要求していくようになる。だから現代政治では同性愛や避妊・中絶、安楽死といった道徳的な問題の求心力がますます重みを増すようになっている。同性婚もこうした潮流の中でとらえられるべきだろう」。

吉田氏によると、その象徴的な存在がアンジェリーナ・ジョリーだ。彼女が世界的なアイコンになっているのは、かつてバイセクシャルだったことを公言し、ブラッド・ピットと事実婚を選び、途上国から3人の養子を引き取り、慈善活動に邁進し、遺伝子検査の結果からガンになる可能性が高いとして乳房切除した。つまり「過剰なまでに主体的に人生を選び取る人生」を彼女自身が体現しているからだ。

これまでは自然の摂理として、あるいは社会的な通念として否応なしに受け入れられていたものが、選択の問題になる。それは個人の人生を大きく左右し、自分だけでなく、家族に対しても重大な責任を負うことになる。私たちはアンジェリーナ・ジョリーのように自分の選択に対して自信たっぷりに振る舞えるだろうか。むしろ判断をめぐって右往左往し、想像もつかない後悔に苛まれることにならないだろうか。選択は多くの場合リスクをともなうものだ。リスクに対しては徹底した情報公開やインフォームド・コンセントが欠かせないが、それを吟味・解釈するにも情報収集や勉強が必要だ。そこにも情報格差が生まれ、選択できない不幸感も醸成されるだろう。またアンジェリーナ・ジョリーがハリウッドで最も稼ぐ女優であることが示すように、選択には破格の対価を伴う場合も多く、万人に開かれているわけではない。お金のある者が優位な生の条件を獲得できるのは世の常だが、それが精子とか遺伝子とかというレベルにまで及ぶと優生学的な効果を生んでしまうだろう。

私たちは情報のグローバル化のおかげで世界の人たちの様々な人生の選択を目の当たりにしているが、日本はどうなのだろうか。自民党は伝統的な家族観から離れるつもりはないようだが、「稼ぎ手の男性と専業主婦に子供2人」という標準世帯とみなされてきたモデルは今や3割にも満たない。同性婚という争点は日本では全く現実味がないように見えるが、自民党ですら同性婚に関する勉強会を立ち上げることにしたと言う。人生が個人の選択にまかされていることに関しては欧州と変わりはないはずだが、日本で人と違った選択をすることに対して今のところ制度的に全くフォローがない。

□吉田徹 「欧米で進む同性婚の合法化」 in 『エコノミスト』(2013年7月9日号)を参照

 

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