フランスからグローバリゼーションとオルタナティブを考える新しいフランス学

FRENCH BLOOM NET 年末企画(3) 2011年のベスト本

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佐々木俊尚『キュレーションの時代』(ちくま新書)

■twitterである人をフォローするということは、その人の視座にチェックインすること。その人のツィートが自分のタイムラインに流れこんできて、その人の視座で世界を見る。視座にチェックインすることは情報そのものを得るのではなく、その視座を得ることだ。それは過剰な情報をフィルタリングする方法を学ぶことでもある。
■ツィートをフォローしているうちにその人特有のコンテクストの付与の仕方がわかってくる。情報を見極めるリテラシーを自分だけで鍛えるのは難しい。モデルとなる視座にチェックインして、それを真似ながら自分の視座を作っていく。
■このような視座を提供する人間を近年キュレーターと呼ぶようだ。日本では博物館や美術館の学芸員の意味で使われている。芸術作品の情報を収集し、実際に作品を集め、一貫した何らかの意味を与えて企画展として成り立たせる仕事のことだ。これはノイジーな情報の海から、ひとつのコンテクストに沿って情報を拾い上げ、SNS 上で流通させる行為と重なり合う。
■もはや文学や芸術を頂点とするような文化的な階層があるのではない。すべてが情報として同じ平面上にある。文学も、マンガも、iPod も同じレベルの解読の対象だ。ハイカルチャー(=大学によって制度化された文化や教養)を至高の価値としてそれをトップダウンで伝達する教育は意味を失いつつあり、同一平面上にある多様な情報を読み込む個々人の視座が重要になる。このモデルは早くから提示されていたが(例えば東浩紀のデータベース・モデル)、ようやくそれがSNSなどによって具体化してきたということだろうか。FRENCH BLOOM NET は2004年に始まったときからすでにフランス関連情報のキュレーションをコンセプトにしたサイトです、と自画自賛してみる(笑)。
■キュレーションという考え方は、教育にも大きな影響を与えるだろう。つまり教育とは「個々人が独自の視座を確立し、キュレーション力を高めることを手助けすること」と再定義できる。価値観が次々と刷新されていく時代において、すでに学校で学ぶことは一時的な知識でしかない。個人が一生学び続けるスキルを得るために、学校は「学び方を学ぶ」場に変わる必要があるだろう。その際には個人の多様な関心や個人の置かれた多様な条件に対応できるデジタル教材や SNS は不可欠なものになる。10年に出た対談本だが『ウェブで学ぶ―オープンエデュケーションと知の革命』(ちくま新書) はウェブによる学びの進行形と可能性について示唆を与えてくれる。 (cyberbloom)

1. フォークナー『響きと怒り』(岩波文庫)
かつて講談社文庫版で読んだものの、ほとんど何のことか分からなかったのですが、今回は綿密な注釈のおかげでクリアに把握できました。それは数年前にジョイスの『ユリシーズ』を通読した際にも思ったことです。注釈のおかげで技法が理解でき、技法を把握しながら読むと、人物の内面の動きがよく分かり、感動が深まる、というようなことがあるのです。第1章はいまだに難解ですが、第2章の自殺直前のクエンティンの放浪は、シルヴィア・プラスの『ベル・ジャー』を思わせて、ぐっときました。
2. ジョゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ『神話の力(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
神話学の泰斗にジャーナリストが素朴な質問をぶつけまくる。キャンベルの驚異的な博識と鋭い洞察が刺激的な対談集です。「死がなければ誕生はありえない。このことの意味は、すべての世代は、次の世代の到来を可能にするために死なねばならない、ということです。子供が生まれたら、そのときからあなたは死者です。生まれた子供は新しい生命であり、あなたはその生命の単なる保護者に過ぎない。」ごく当たり前のことを言っているのですが、はっきり言ってもらえてすっきりしました。
3. 神野直彦『「分かち合い」の経済学』(岩波新書)
著者は、「小さな政府」は本来、家庭内の無償労働を基礎とした社会のセキュリティネットが機能している段階でこそ意味があり、「人間の絆」という社会資本が摩滅している現代日本では、むしろ財政による援助、しかも現金ではなく現物(サービス)支給が必要であるとして、新自由主義を批判します。この本を読んで、ここ30年でなぜ日本の家庭が崩壊したのか、納得できた気がしました。無償の労働が無価値であると言われて育った世代にとって、育児や介護は「なぜ自分がこんなことをしなければならないのか」という被害の意識でしか捉えられません。だから育児は「時間の無駄」であり、「自分の可能性(=労働価値の生産性)」を放棄しているかのような焦りに捕われるのです。その苛立ちが虐待となって表れる。虐待は単なる人格の未熟ではなく、社会の価値観に深く根ざした問題なのだと思います。 (bird dog)

ナボコフ『カメラ・オブスクーラ』
■『ロリータ』の原型となった作品だが、それを知らなくても十分面白い。タイトルが示すがごとく「見ること」というテーマを巧みに織り込んだスリリングな展開を追うのが楽しかった。 (exquise)

Kate Atkinson著 Behind the Scenes at the Museum
■第一次大戦前から現代に至るまでのイギリスのとある家族の歴史を、まさに受精したばかりの受精卵が語り始めるというユニークな冒頭。推理物でも語り巧者であるアトキンソンが編み上げた物語。
■クールで毒舌な語りではあるが、平凡な家庭にも様々な悲喜劇があふれていることに気付かされる。それでもまた家族の物語は続いて行く。
■語りの巧みさとイギリスの現代史を同時に楽しめる一冊。 (黒カナリア)

■実はちゃんと読んでは無いんですが、大体内容を知っている本で『移り気な太陽』(桜井邦朋著)はどうでしょう?気候変動の謎を太陽物理学者の視点から解説した本ですd(^_^o)是非~
■先日ご紹介した本(↑)ですが去年の11月に出版されたものでした…今年に入ってから業界の書評で知ったので勘違いしてました。同じような切り口の本として、代わりに『太陽活動の謎』NHK出版を紹介します~ (@across_the_view)

■敢えていうなら桐島かれん『ホームスイートホーム』がなかなかのエッセイで思わぬ掘り出しものでした!かれんさんの筋の通ったノマド的生活スタイルと文章は憧れ… (@aya_rambutan)

1.上杉隆『ウィキリークス以後の日本―自由報道協会(仮)とメディア革命』 (光文社新書)
■日本ではエビゾウが殴られた事件ばかりが連日取りざたされたため、イマイチ大きく報道されることがなかったウィキリークス事件。日々海外ニュースをチェックする者としては、世界のメディアと日本のメディアの関心事に大きなズレがあることを改めて確認させられた。
■そもそもアサンジ率いるウィキリークスは、アメリカを筆頭とする欧米諸国からは国家機密を漏洩させ、国家機能を麻痺させるメディア・テロリスト集団と定義される一方で、一般市民側の利益に立つべきジャーナリズムサイドからはむしろ権力側が隠蔽したい情報を暴き白日の下に曝すジャーナリズムの真髄と賞賛された。
■当局がアサンジを敵対視し、なりふり構わずその活動の息の根を止めようとするのはある意味当然である。そして国家の暴力から民衆を守るという大義名分があるジャーナリズムの世界ではアサンジはむしろ英雄視されるということもまた当然なことだろう。
■問題は日本の大手メディアのみが、こうした世界の潮流に抗ってウィキリークスの活動を非難し、判で押したように一貫して「暴露サイト」などと汚らわしいものであるかのように扱い続けたことである。つまり日本には「ジャーナリズム」というモノは存在せず、国家当局の御用メディアしか存在していないのである。3・11以降の一連の報道を見ていても、そのことが良く理解できる。
■幸い上杉氏のようなフリーランスのジャーナリストが Ustream などを利用して一人一人の命に関わる貴重な情報を流してくれたような環境が整いつつある。我々はもう騙されないための武器を手に入れたのだ。そう、ウィキリークス事件は、このこととシンクロする象徴的な事件だったのだ。
2.鈴木智彦『ヤクザと原発―福島第一潜入記』
■これもフリージャーナリストである著者が体を張って福島原発作業員として潜入した記録である。そもそもこうしたことを一般市民に伝えるのはジャーナリズムの使命であるはずだ。しかしながら日本の大手メディアに属する人間は、誰一人このような仕事をしなかった。それはそうだろう、社命に従い原発から50キロ圏内には踏み込まず、現場の状況などわかるはずもないのだから。彼らは所詮新聞社という大企業に勤める、偏差値エリートの単なるサラリーマンであって、権力側に自己同一化するのもむべなるかな、である。
■そもそも欺瞞に満ちた原発というシステムを支えてきたのは「ヤクザ」という闇の側の人々であったことを鈴木氏は鮮やかに描き出す。「ヤクザ」と「原発」の関係は大手メディアにとってはタブーであり、それゆえ問題は顕在化せず、実際にこのような事故が起こるまで原発の危険性が人々に直視されることはなかった。汚いものを、それを引き受けざるを得ない人々に押し付け、そしてそれを「無きもの」として扱うことを可能としたのは、まさに日本の「御用メディア」の機能不全のおかげであった。 ■このことを理解すれば、日本の閉塞した状況がどこから来るのか、なぜ今わざわざ暴力団排除「条例」が施行されるのか、本質的な問題が自ずと理解できるようになるだろう。 (noisette)

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